第31話 生産職の語らい
ジェレッドパパにもリバーシを作ってもらえるよう、僕は説得を始めた。
この約束は、なんとしても取り付けなければならない。どうにかジェレッドパパに手伝ってもらい、そして僕は無限リバーシ地獄から抜け出すんだ。
……ちなみにこれは、あくまで『ジェレッドパパに地獄から救い出してもらう』だけで、決して『ジェレッドパパも地獄へ引きずり込む』わけではない。そこだけは勘違いしないでほしい。
「ジェレッドパパさんなら、僕よりもっと早く上手に作れますよね?」
「そりゃまぁ、作れると思うけどよ」
「ああいうのを作るのが、ジェレッドパパさんの仕事じゃないですか」
「違ぇよ。武器作んのが俺の仕事だよ」
おっと、鍛冶屋のプライドを傷つけてしまった。
……そういえばジェレッドパパって、実際の腕はどうなんだろうか? 父も剣をしっかりメンテナンスするときはここに頼んでいるらしいし、悪くはないんだろうけど……。
あ、そうするとこの店は『剣聖』御用達か。のぼりでも立てたらいいんじゃないかな? ふたりとも嫌がりそうだけど。
「ええ、まぁ装備も大事ですけどね? ただ今はフルプレートアーマーよりもリバーシの方が、村での需要が高いんですって」
「んなこと、わかんねぇだろうがよ」
いや、それはわかるだろ……。そんな重装備のエルフ見たことないよ、基本エルフは遠距離でチクチクするもんだ。
「というかですね……もういろいろ無理なんです。どうやっても生産が追いついていなくて、僕も限界なんです」
「あー……」
「僕の方は『安くて低品質で納品が遅い』、ジェレッドパパさんは『ちょっと高くて高品質で納品が早い』――これで棲み分けできると思います」
というか、別に棲み分けしなくていいんだけど……。別に僕はリバーシ作りで生計を立てる気はないんだし。
一応村の人々からリバーシ代はもらっているけど、全部友人価格だ。そして、ほぼ全額両親に預けている。
「別にリバーシを作り続けろって話でもないんですよ。あんなのたくさんもっていてもしかたないですからね、村の人達にある程度行き渡るまでですよ」
「……ちっ。しょうがねぇな。わかったよ、作ってやるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
よかった……。二人で頑張れば、近い将来無限リバーシ地獄から開放されるに違いない。
まぁ、二人掛かりでもしばらくは無限リバーシ地獄が続くだろう、それは仕方がない。二人で地獄に落ちようジェレッドパパ。
……うん。やっぱりどう考えても僕がジェレッドパパを道連れにしただけだよね。ジェレッドパパには申し訳ない……。
ちなみに、正直僕はもうリバーシが嫌いになりかけているんだけど、おそらくジェレッドパパもリバーシが嫌いになると予想される、申し訳ない……。
「まぁ坊主には恩があるからな」
「恩……ですか?」
「ジェレッドのことだ。……まぁ、なんつーか、友だちになってくれてありがとな」
なんだろう、ジェレッドパパがちょっとデレている。
「いえ、それは別に感謝されるようなことでは――」
「そうかもしんねぇけどよ。……あいつも俺に似て口下手なとこがある。坊主が上手くやってくれたんだろう?」
「ええ、まぁ……」
そういや、若干面倒くさかった気がする。
「ずいぶん時間がかかったけどな、勧めてよかったぜ」
「はい? なんのことですか?」
「当然俺も坊主達のことは知ってたからな。運良く同世代のダチができるかもしれねぇんだ。『話しかけてみな』って勧めたのが……いつだ? あいつが三歳くれぇか?」
「三歳……? 確かジェレッド君に話しかけられたのは、五歳のときだったと記憶していますが……?」
「口下手なんだよ……」
口下手すぎるだろう……。二年もかかって……しかも第一声は『お前、いっつも女と遊んでるな!』だったぞ。
「そんな奴だけどよ、これからも頼むわ」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。あぁ、リバーシの方もお願いしますね」
「おう、しょうがねぇ。やってやるよ」
「じゃあ、えぇと、一応これがサンプルです」
僕はマジックバッグからリバーシ一式を取り出して、カウンターへ置く。
「あん? 別にいらねぇよ。ジェレッドが貰ったやつがあんだろ」
「そうですか? 一応サンプルはサンプルとして用意した方がいいと思ったんですけど?」
「いいよ。まだ待ってる奴が大勢いんだろ、そいつらにくれてやれ」
「はぁ、わかりました」
僕はカウンターに置いたリバーシを回収しようとするが……なにやらジェレッドパパがリバーシをじっと見ている。
「どうかしました?」
「ジェレッドが貰ったやつと比べると……ちょっと腕が上がってんなお前。短い間で大したもんだ」
「あ、本当ですか? いやぁ、プロに褒められると嬉しいですね、ありがとうございます」
サンプル用に持参したリバーシは昨日作ったものだ。どうやら僕は、短期間で技術が向上したらしい。
……まぁ、沢山作ったからね。そりゃあ上達もするか。
いったい通算で何個目のリバーシなんだろう……。そしてあと何回リバーシを作ればいいんだろう……。ゼロは僕に何も言ってはくれない……。
「そういえば、僕は毎日リバーシを作っているわけですけど……いいんですかね?」
「何がだ?」
「いやほら……僕ら森を愛するエルフじゃないですか? そんなエルフが木を切り倒して道具や玩具を作っていいんですかね?」
実は前から気になっていたことだ。僕は既に結構な量の木材をリバーシに変えてしまったわけだが、いいんだろうか……?
リバーシはこれからも作るだろうし、なんといっても僕には『木工』スキルがある。リバーシ以外でも木材を消費するだろう。大丈夫かな? 怒られない?
……とりあえず木材を大量に使っていそうなジェレッドパパに聞くところが、僕のちょっぴり卑怯なところだ。『大丈夫だよ』って言ってほしいの……。
「はーん。なんかお前は妙なとこで真面目だな。まぁ無駄に使ってるわけでもねぇし、いいんじゃねぇか? それに植林? ってのもちゃんとやってるらしいしな」
「はぁ、そうなんですか。少し安心しました」
植林とかやっているんだ、さすが森と共に生きるエルフ。
「けどよ、そういうのをしっかり考えるのは悪いことじゃねぇと思うぜ? まぁ俺達は使うばっかだしな、申し訳ねぇ気持ちになるのはわかるわ」
ジェレッドパパが、サラリと僕のことまで生産職扱いしてきた。いやまぁいいんだけど……。
「では、そろそろ帰ります。リバーシを待っている人にも伝えますので、そうしたらジェレッドパパさんの方にも注文が入ると思います。これからしばらく、よろしくお願いします」
「おう。……なんか坊主に仕事を斡旋してもらってるみてぇなのが気になるな」
実際七歳児に仕事を回してもらっているわけだしね……。
さておき、これでリバーシが村に行き渡るだろう。
……しかし、つくづく将棋を作ればよかったな。
現在、村では空前のリバーシブームだ、将棋は当分世に出せない、出すわけにはいかない。
人気が出ないだろうし、下手したらリバーシのパチもんとして扱われてしまうかもしれない。そう考えると将棋はまだ封印しておかなければならない。
あぁ、僕が飛車を振れる日はいったいいつになるのだろうか……。
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