第306話 森の勇者
棒切れで僕をこてんぱんにしたジスレアさんは、とりあえず僕を『ヒール』で癒やした後、中断していた朝食の準備を再開した。
お鍋にジスレア水を注ぎ直してから、IHの魔道具を起動し、食材を放り込んでいく。
メニューはいつも通り、道すがらで採取した野草や、討伐した魔物のお肉である。
ちなみに今朝の魔物肉は、昨日僕が討伐し、解体したボアのお肉。
つまり今日の朝食は、イノシシの鍋――ぼたん鍋だ。朝からぼたん鍋なのだ。
なかなかにヘビーな朝食にも感じるが、食事は一日二回なので、わりと普通に食べられる。逆にしっかり食べておかないと体がもたない。
というわけで朝からぼたん鍋をつつきながら、のんびり雑談を交わす僕とジスレアさん。
話題は、つい先ほどの剣術稽古についてだ――
「それにしてもジスレアさんは、剣も使えるんですね。知りませんでした」
「そこまで得意でもないけれど、ある程度は使える」
「はぁ……」
そこまで得意でもない人に、棒切れでボコられた僕はいったい……。
「やっぱり剣は、セルジャンやリザベルトの方が上手い」
「へー」
そりゃあ父とか剣聖さんだしね、そりゃあね。
……でも、レリーナママが剣を使えるってのは初耳なのだけど?
「一緒に旅をしていたときは、剣での模擬戦もよくしていた」
「あぁ、そうなん…………はい? 旅?」
「昔、四人で旅をしていた」
「四人……?」
「セルジャン、ミリアム、リザベルト、私の四人」
「えっと……え? そうなんですか……?」
なにそれ、知らない……。
父と母とレリーナママとジスレアさんの四人で旅を……?
「四人パーティで、人界や魔界を旅していた。知らなかった?」
「初めて聞きました……」
父や母からも聞いたことがない。初耳だ。……なんか今日は初耳が多い。
「あぁ、もしかしたら名前を教えたくなかったのかもしれない」
「名前ですか?」
「『森の勇者パーティ』なんて呼ばれていた」
「……はい?」
森の勇者パーティ……? え、それは……えぇ?
……いやいやいや、さっきからいったいなんなのだ。なんかもう情報量が多すぎる。初耳が多すぎる。
「その、森の勇者というのは……」
「セルジャンのこと」
「父が……勇者?」
僕の父は、勇者だったのか……。
いやはや、衝撃の事実だ……。父が剣聖だったときも驚いたけど、それ以上の衝撃だ。まさか父が勇者だったとは……。
ひょっとするとこれは、父が村長だったとき以上の衝撃かもしれない。
「やっぱりそれも知らなかった?」
「初耳です……」
今日は本当にずいぶんと初耳が多い日である。
しかしまぁ、とりあえず一番だな。『父が勇者』は、今日一番の初耳だ。
「セルジャンは『勇者』と呼ばれるのを、『剣聖』以上に恥ずかしがっていたから、それで教えたくなかったのかもしれない」
「なるほど……。いえ、誇らしい呼び名な気もしますけど……」
というか、父がそんなにも隠したがっていた秘密を、あっさりと息子の僕にバラしてしまうのはどうなのだろう……。
さておき、『勇者』をそこまで恥ずかしがることもないだろう。誇らしいことだ。たぶん。
そりゃあ前世基準で考えると、ちょっとあれだけどね。なかなかに恥ずかしい人な気もするけどね。恥ずかしいというか、痛いかな? 相当痛い人だ。『職業剣聖』以上に痛い人かもしれない。
「そんな勇者セルジャンのパーティだったせいで、森の勇者パーティなんて呼ばれていた」
「はー、そうだったんですね……。父が勇者だったから、そんな名前が……」
「うん。まぁ『勇者だった』というか、今でも勇者だと思う。たぶんそんな称号が付いていたはず」
「はー、現役の勇者なんですね」
そうなんだ。現役なんだ……。
現役の勇者セルジャンか。現役の森の勇者セルジャン…………ふふ。
いかんな、ちょっと面白い。
いじろう。これはもう、いじる以外ないだろう。
あぁ、なんだか悔しいな。村に戻るまであと二年もある。二年も勇者セルジャンをいじれないだなんて。
「……あれ?」
「ん?」
「『森の勇者パーティ』なんて名前が付くほどですから、四人はかなり長く旅をしていたわけですよね?」
「まぁ、そこそこ」
「え、じゃあ、もしかしてジスレアさんは…………父のことが好きだったりしたんですか?」
「うん?」
男性の父一人に対して、女性三人のパーティ。
つまりは――ハーレムパーティ。
ということは……そういうことなんじゃないの?
三人の見目麗しい女性陣と、イチャイチャしながら旅をしていたわけでしょう?
……なんか許せんな父。爆発したらいいのに。
「セルジャンのことを、私が……?」
「はい」
「いや、別に」
「あれ?」
「セルジャンのことを、そんなふうに考えたことはない」
「あれれ?」
あれ? ないの? そうなんだ、てっきりそうだとばかり……。
というか、考えたことすらないのか……。なんだか父がフラれたみたいになってしまった。少し父に申し訳ない。
いやだけど、そんなハーレムパーティを組んでいたというのに、そういう感情をもたれないって……。
――あ、しかもレリーナママなんて、レリーナパパと結婚しているじゃないか。
……なんてことだ。せっかくのハーレムパーティだというのに、一人からは何も思われず、一人は別の人と結婚してしまうだなんて……。
なんというかそれは、あまりにも――
「あまりにも夢が――」
そこまで言いかけて、僕は慌てて自分の口を押さえた。
「ん? どうしたの?」
「……いえ、なんでもないです」
あ、危ないところだった……。
ついうっかり――『あまりにも夢がない』なんて言葉を口に出してしまいそうだった。
それはいけない。その発言はあまりにも危険すぎる。
なんといっても、父は母と無事に結ばれて結婚しているんだ。母と無事に結婚したのに『夢がないな』は、これ以上ない失言だ。
……うん。夢があった。これ以上ないくらい、夢があったとも。
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