第301話 『レンタルスキル』
昨日はローデットさんと一緒に、流れる湖でぷかぷかした。
そして湖エリアで夕食を食べてから教会へ向かい、そこでの鑑定により――新たなスキルアーツを取得していたことが発覚した。
それから自宅に戻り、買い食いしてしまったために母の夕食があまり食べられず、母が軽く拗ねたりといった事件も勃発したわけだが……まぁそれはさておき。
その翌日。僕は村の訓練場にて、女神のミコトさんと、大ネズミのトラウィスティアさんを召喚した。
「さてミコトさん。実は今回、僕は新たなスキルアーツを――というか、ひょっとするとミコトさんも見ていましたか?」
「うん」
「あ、そうでしたか」
どうやらミコトさんも天界から見ていたらしい。
トラウィスティアさんはその場にいたし、ミコトさんも見ていたとなると、改めて二人に説明する必要はなさそうだ。
「昔――」
「はい?」
「アレク君は教会をキャバクラ扱いしていると、ディースが言っていたと思う」
「えっと……」
「そのとき私は、ディースが何を言っているのかわからなかった。……だけど最近、その意味がわかってきた気がする」
「…………」
どうやらバレてしまったらしい……。
昨日もそうだし、普段からちょっと変わった教会の使い方を僕がしていることに、ミコトさんも気が付いてしまったらしい……。
「ああいうのはどうかと思う。神聖な教会をキャバクラ扱いは、どうかと思う」
神聖さの塊のようなミコトさんに、苦言を呈されてしまった。
「いや、その、僕は別に、そんな邪な感情を抱きながら教会に通っていたわけでは……」
「そうだろうか……?」
「ま、まぁそれは置いておいてですね――」
「むぅ……」
強引に話を変えた僕に対し、少し不満げな表情を見せるミコトさん。
そういえばミコトさんは、こういうのに厳しい人だったな。基本的に真面目でお堅い人だった……。
「キー」
「あ、うん。昨日も言ったように、今日は新しいスキルアーツの検証だね」
トラウィスティアさんも僕の話題変更に協力してくれたので、感謝しながら言葉を返す。
「……まぁいいけど、つまり『レンタルスキル』とやらの実験をするってことだね?」
「そうです。ミコトさんとトラウィスティアさんに、その協力をしてもらいたいんです」
『レンタルスキル』――それが、新たに僕が取得したスキルアーツだ。
昨日は時間も遅かったので、検証することができなかったけれど、今日は二人に協力してもらって、これがどんなアーツで何ができるのかを解明していこう。
「ローデットさんも言っていましたが、おそらく名称から想像するに――」
鑑定後、ローデットさんの話も聞いて、僕が出した結論は――
「スキルをレンタルするスキル」
「スキルをレンタスするスキル?」
「……そうです」
どことなく早口言葉っぽくなった僕の台詞。復唱したミコトさんが若干噛んだような気がしたけど、あえて触れずにスルーした。
「たぶんですが、二人の所持スキルを僕が借りられるんじゃないかなって思っています」
もしかしたら強奪系の技だったりかとも思ったけれど、『召喚』スキルのアーツだと考えると、それはたぶん違うだろう。
おそらくは、召喚獣のスキルを召喚主が使えるというスキルアーツだと予想する。
「というか、アレク君もわからないのかな?」
「あー。どうやらまだわからないようです」
今回僕は『レンタルスキル』のことを鑑定するまで気付けなかったわけだが、スキルアーツの取得や、その能力に気付くまでには、結構なバラツキがある。
取得した瞬間、閃いたかのように理解できることもあれば、しばらくしてからなんとなく気付くこともある。そのあたり結構バラバラだ。
「そのうち時間が経てばわかってくるとは思うんですけどね、今はまだ自分でもよくわかっていない状態です」
「なるほど」
というわけで、待っていればそのうちわかることではあるのだが、僕としてはやっぱり早く効果が知りたい。
「さて、それではこれから、二人のスキルをレンタルさせていただきたいのですが――ミコトさんのスキルは、『神』スキルと『槌』スキル」
「うん」
「トラウィスティアさんのスキルは、『大ネズミ』スキルと『剣』スキル」
「キー」
「『槌』と『剣』は僕も持っているので、レンタルしてもわかりづらいかもですね」
もしかしたらレンタルしてレベル2相当の剣捌きや槌捌きができるようになるかもしれないけど、とりあえずこの二つは置いておこう。
「というか……『神』スキルってどんななんです?」
実はミコトさんが『神』スキルを使っているところを、僕は見たことがない。
戦闘でもミコトさんは、もっぱら槌をぶん回しているだけだ。『神』スキルとはどんなスキルなのか、僕は知らない。
「うーん……。神っぽい奇跡を起こせるスキルのようだね」
「神っぽい……?」
紛れもなく神であるミコトさんが言うと、なんだか少し不思議なワードだ。
「ちょっと見てもいいですか?」
「え……」
「あれ? いえ、無理にとは言いませんが……」
「いや、なんでもない。使ってみよう」
少しだけ嫌がる素振りを見せたので撤回しようかと思ったけれど、使ってくれるらしい。
というか、そんな使いたくないスキルなの……?
「じゃあアレク君、あとトラウィスティアも、空を見てくれ」
「え? あ、はい」
「キー」
ミコトさんの指示に従い空を見上げると、僕らの頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。
「『神』スキルを使えば、今から雨でも雪でも降らせることができる。そんな天候操作――天変地異を起こすことができる」
「へぇ!」
え、それはすごいな。こんないい天気なのに雨を――というか夏なのに雪とか降らすことができるのか……。それは確かに神っぽいかもしれない……。
「じゃあ、始めよう」
「よろしくお願いします」
「キー」
ミコトさんは僕らに頷いてから空を見上げ、手のひらを天に向けた。
そして、天候操作を――
「……ぐぬ」
「……え?」
天候操作を始めてから二秒で地面に膝を付いたミコトさん。何やら苦しげに唸っている。
「あの……?」
「すまないアレク君……。ちょっと気持ち悪くなってしまった……」
「…………」
この様子を見る限り、魔力切れだろうか……?
そういえばミコトさんは、現在『魔力値』1だったか。
なるほど、それでミコトさんは『神』スキルの使用を渋っていたわけだ……。
「うぅぅ……。ん? あぁ、ありがとうトラウィスティア……」
「キー」
四つん這いでへばっているミコトさんに、トラウィスティアさんが何かを手渡した。
あれは、魔力を回復する丸薬かな?
さらにトラウィスティアさんは自分のマジックバッグから水の魔道具とコップを取り出し、ミコトさんがお薬を飲む準備を始めている。
さすがトラウィスティアさん。空気が読めて、とても気が利く召喚獣である。
「というわけで、どうもこのスキルは魔力を多く消費するらしい。……あ、だけどアレク君。あれを見てくれ」
「え? いや、どうもなっていませんが……?」
魔力が回復して復活したミコトさんに言われて空を見上げるが、上空は相変わらずの青空だ。雨も雪も降っていない。
「ほら、あそこ」
「えぇ? んん……? あ……」
ミコトさんが指差した先を確認すると――とても小さい雲が、うっすら見えるような……見えないような。
「ね?」
「はぁ……」
いや、『ね?』って言われてもな……。
「というわけで、これが『神』スキルだ。構わないから、どんどん借りていってくれ」
「はぁ、ありがとうございます」
今のところ、あんまり『神』スキルの全貌は見えてこないのだけど……。
けどまぁそう言ってくれるなら、ありがたく拝借させていただこうか。
「それでは、試しにミコトさんの『神』スキルをレンタルしてみますね」
「うん。アレク君の『魔力値』なら、もっと雲を集められるはずだ。もしかしたら雨までいけるかもしれない」
現在僕の『魔力値』は15。それほど高いってわけでもないけど、ミコトさんよりかは粘れるはずだ。
よし。それじゃあ始めよう。ずいぶん前置きが長くなってしまったが、いよいよ『レンタルスキル』のお披露目だ。
「ではいきます! ――『レンタルスキル』!」
頭の中で、雲が集まってくる様子や、土砂降りの雨をイメージしながら空に向かって手を広げ――僕は力強く呪文を叫んだ。
「ど、どうだ……? お、おぉぉ、すごいぞアレク君。ずいぶん長いこと『神』スキルを……。魔力は大丈夫か? つらくないか?」
「…………」
「アレク君……?」
「あ、すみません。全然減ってないです。というか失敗したようです」
「あれ?」
体から魔力が抜ける感じもしないし、スキルアーツが発動した雰囲気もない。当然雨も雪も降っていない。
「なんでしょう。全然ですね。何がダメなんだろう……」
「キー?」
「あ、なるほど。呪文が違うのかな?」
トラウィスティアさんが言うように、『レンタルスキル』ってだけじゃダメなのかね。
例えばミコトさんの召喚は『召喚:ミコト』といったように、対象を指定しなければ発動しない。それと似た感じだろうか?
「えぇと、じゃあ――『レンタルスキル神スキル』」
試しに僕は、ちょっと違う呪文を唱えてみるが――
「どうだ?」
「ダメっぽいです」
なんの手応えもない。この呪文じゃないようだ。
ふーむ……。いくつかバリエーションを試してみようか。
「『神スキルレンタルスキル』『レンタルスキルミコト神スキル』『ミコト神スキルレンタル』『ミコトレンタル』『レンタルミコト』」
というわけで、空を見ながら適当な呪文を乱れ打ちしてみたが…………どれも外れなようだ。魔力は減らないし、空にも変化がない。
「……ダメっぽいです」
「ふむ。これだけ試してダメだということは……もしかしたら、逆なんじゃないかな?」
「逆?」
「アレク君のスキルを、私達が借りられるっていうパターンはどうだろう?」
「え? ……あ、そうか、その可能性もありますね」
僕が二人からレンタルするんじゃなくて、二人が僕からレンタルするパターンか。確かにそれもありそう。
「なるほど。そうですね、その可能性も考えて試してみましょう。ちょっと協力してくれますか?」
「あぁ、もちろんだ」
「キー」
それから僕は、ミコトさんとトラウィスティアさんに木工道具と木材を渡して――
「『レンタルスキル』『木工』スキル」
「『レンタルスキル』ミコト『木工』スキル」
「レンタル『木工』大ネズミ」
「ミコトに『木工』スキルをレンタル」
「私は『木工』スキルを大ネズミにレンタルします」
などと様々な呪文をみんなで試してみたが――――どれも空振りに終わった。
僕達は丸一日かけて検証を行ったが……結局この日、『レンタルスキル』が発動することはなかった……。
なんなのだいったい……。
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