第296話 木工シリーズ第六十八弾『飴』
「うーん……」
――悩んでいた。
僕もいろいろと悩み多い少年ではあるのだが、今日も今日とて悩んでいた。
「どうなんだろうね……。いや、大丈夫とは言われても――」
「アーレクー」
「ん? 開いてるよー」
「おーっす」
この声は――ディアナちゃんか。
部屋の外から聞こえてきた声に返事をするやいなや、ルクミーヌ村のディアナちゃんが元気よく部屋に入ってきた。
「とりあえずバランスボール――何それ?」
「ん? あぁ、これはねぇ……」
僕が手に持っていた棒を見て、疑問を投げかけてきたディアナちゃん。
……というかバランスボールがどうしたんだ?
そんなことを思っていたら、ディアナちゃんは部屋に転がっていたバランスボールを発見して、ポヨンポヨンと上で弾み始めた。
案外バランスボールは好評だね。とはいえ、それは流行られても困るやつなんだけどねぇ……。
「で、その棒は何?」
「これね、飴なんだ」
「へー。誰が作ったの? 賢者さん? ナナ?」
まぁ飴なんて砂糖と水で作れるわけで、賢者さんでもナナさんでも作ることはできる。
だがしかし、この飴はその二人が作ったものではない。
この飴は――
「僕が作ったんだ」
「へー」
生返事をしながら、ポヨンポヨン跳ねるディアナちゃん。
「……反応薄くない?」
「そんなこと言われても」
なんかもうちょっとリアクションがほしかった。
……まぁ砂糖と水で作れる物だし、そんなもんか。
「といっても、ただの飴じゃないんだ」
「そうなの?」
「実は――『ニス塗布』で作った飴なんだ!」
「……ん?」
ポヨンポヨン跳ねながら、キョトンとするディアナちゃん。
「僕が『ニス塗布』で作ったんだ」
「『ニス塗布』で?」
「『ニス塗布』で」
「それは……飴なの?」
「どうなんだろうね……?」
ちょっと僕にもわからない。飴というよりは、やっぱりニスなんじゃないかな……。
「食べられないでしょそんなの」
「いや、一応食べられるらしいんだ。……あ、でも、それもちょっとわかんないんだけど」
「アタシはアレクが何を言っているのかわかんない」
「うーむ……」
なんと説明したものか……。
とりあえず、順を追って話そうか。
「普段から僕は『ニス塗布』をよく使うじゃない? 例えば、今ディアナちゃんが乗っているバランスボールもそうだし」
「そうね」
返事をしながらお尻だけでバランスボールに乗るディアナちゃん。
……その技は案外危険なので気を付けてね?
「浮き輪だったりバランスボールだったりと、なんだか最近は進化した使い方もしているけど……普通に使っていたりもするんだ」
「普通って?」
「完成した木工製品の表面にささーっと塗って、保護するためのニス。普通のニス」
「普通のニス……あぁ、要はこれのこと?」
「そうそう」
ディアナちゃんがバランスボールに乗ったままポヨンポヨンと弾みながら移動してきて、部屋のテーブルを指差した。
このテーブルにもしっかりニスが塗られている。いわゆる普通のニスだ。
「この間、普通のニスを使っていて思ったんだ――『なんか飴っぽいな』って」
「飴っぽい……?」
「でね? 試しに木の棒に向かって、『飴になれ、飴になれ』って念じながら『ニス塗布』を掛けてみたんだ」
「なんかいきなり突拍子もないことを始めたね……」
まぁそうねぇ。それはそうなんだけど、そんな突拍子もない僕の願いを、なんだかんだ叶え続けてくれた『ニス塗布』だったから……。
「それでニスを塗布してみて、試しにチロッと舐めてみたら――甘いの」
「甘いんだ……。本当にそれで甘くなるんだ……」
「僕もびっくり」
今回ばかりは、さすがの『ニス塗布』でも無理じゃないかと思った。
とはいえ、無理だと思ったらたぶん成功しないので、どうにかその気持ちを打ち消し、絶対にできるはずだと信じて塗布したところ――たぶん成功した。
「でもさ、そんなの食べて大丈夫なの……?」
「そこなんだよね、一応毒はないらしいんだけど……」
農家をやっている人で、そういうのを調べられる人がいたのでお願いしてみたところ、毒性はないらしい。
「だけど調べてもらったら、『このニスに毒はないみたいだけど……』って言われてさ」
「そりゃあ普通ニスに毒はないよね」
「うん……」
それで、やっぱり食べられないんじゃないかって気がした。
ニスはニスなわけで、毒がなかろうとニスは食べられない物だ。
「結局食べて大丈夫なのかわからなくて……。それでね、ひとつ考えたんだ。自分で食べてみる前に――」
「剣聖さんに食べさせたの?」
「…………」
突然何を言うんだディアナちゃん……。どういう発想だ……。
「そんなことはしないよ……。父で実験するだなんて、僕はそんなこと……」
「えー? でも、このバランスボールだってそうでしょ?」
「バランスボール? あ、いや……それとはちょっと違くない?」
確かにバランスボールの耐久実験では父に協力してもらったけど、それは違くない?
いくら同じ実験だとはいえ、バランスボールに乗ってポヨンポヨンしてもらう実験と、正体不明の飴を舐めさせる実験は、実験としての質が違う気がするんだけど……?
「そういうことじゃなくて……。というか父でもないよ、僕が協力してもらったのはレリーナパパさんで――」
「レリパパに食べさせたの?」
「違うってば……」
父やレリーナパパに対する扱いがひどいなディアナちゃん。下手したら僕以上にひどい。
「レリーナパパさんに、この飴を鑑定してもらうようにお願いしたんだ」
「鑑定? レリパパに?」
「商人のレリーナパパさんは行動範囲も交友関係も広いから、『鑑定』スキル持ちの知り合いもいるみたいなんだ」
「あぁそういうこと」
そういうことなのだ。そういうわけでレリーナパパを通じて、その人に僕の飴だかニスだかを鑑定してもらったのだ。
「それで、結果はどうだったの?」
「鑑定の結果――ニスであり、飴でもあるらしい」
そんな結果が出たらしい。
「結局どっちなの……?」
「ニスであり、飴でもあるんだ」
「どっちなんよ……」
「どっちでもあるらしいんだってば……」
むしろ僕としては、飴寄りの判定も出たことが意外だった。
普通に『甘いニス』とか判定されるかと思っていた。
「それで、とりあえず鑑定では『食用可』だってさ」
「ふーん。やっぱり食べられるんだ?」
「そうみたい。びっくりだよね」
こうして『ニス塗布』は、またしても僕の無茶振りに応えてくれたわけだ。
というか、改めて考えると相当な無茶振りだよね、ニスなのに飴になれとか……。
それで本当に飴になっちゃうんだから、我がスキルながらおかしいよね……。
「味はどうなの?」
「ん? いや、そこまでちゃんとは食べてなくて……」
「そうなの? 食べないの?」
「んー。とりあえずこの飴は新しく作ったやつなんだけど、どうにも躊躇しちゃってさ……」
この鑑定結果を受けて、僕はもう一度『ニス塗布』を用いた飴――アレク飴を作ってみた。
だがしかし、なかなか食べる勇気が出ない。『でもやっぱりニスなんでしょ?』って気持ちが抜けなくて……。
それに、前回作ったアレク飴はちゃんと飴になれたらしいが――新しく作ったアレク飴も、同様にちゃんと飴になれたかはわからない。
もしかしたら今回は失敗したかもしれない。今回もしっかり『飴になれ、飴になれ』と念じはしたが……ひょっとすると念が足りず、あんまり飴になれなかったかもしれない……。
そんな不安が頭をよぎり、どうにも躊躇してしまう僕なのである。
「ふーん。頂戴」
「ん?」
「それ、頂戴よ」
「え……」
食べるの……? いや、まぁたぶん大丈夫だとは思うんだけど……。
「でもほら、僕がスキルで出した飴だよ? なんかちょっと抵抗ない……?」
「そう? 別に問題ないでしょ。ほら、『水魔法』と同じじゃん?」
「そうなのかな……」
確かに母やナナさんも、料理に『水魔法』の水を使っている。それと似たようなものなのだろうか?
というか僕的には、その水もまだちょっと抵抗があったりするんだけど……。
「ほらほら」
「あー」
僕がまごまごしている間に、ディアナちゃんにアレク飴を取られてしまった。
「いや、ディアナちゃん――」
「じゃあ、いただきまーす」
そう言って、ディアナちゃんは大きく口を開け、アレク飴を頬張ろうと――
「だぁ!」
「のぉっ」
僕は慌ててディアナちゃんからアレク飴を取り返した。
「……いや、なんなん?」
「なんか止めないとまずい気がした」
「何がよ……」
何がっていうか…………形状かな。
なんの気無しに作ったせいで、ちょっと太めの棒を用意してしまったのだ。その棒の先端に、僕のニスだか飴だかを塗布してしまった。
これをディアナちゃんに舐めさせるのは……なんかダメな気がした。
それは、なんか違う。それはダメだ。そういうのは、僕の芸風ではないんだ……。
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