第291話 いつかまた、田舎でのんびりスローライフを
なんだか不吉な予言をしてきたミコトさんに別れを告げ、ミコトさんには天界へ帰ってもらった。
次にミコトさんと会うのは天界となるだろう。旅の途中でレベル30のチートルーレットが行われるはずなので、村の人達よりは早く再会できるかな?
ミコトさんを送還した後は、ユグドラシルさんと一緒にリビングへ向かい、みんなで朝食を取った。
これからしばらく母の手料理を食べることもできない。そう思って、しっかり味わって食べた。
その後、一度自分の部屋へ戻り、なんやかんやいろいろ詰め込んだ世界旅行用のマジックバッグを背負ってから――
みんなに最後の挨拶をするため、再びリビングへ戻ってきた。
「それじゃあ、行ってくるね」
僕が家族とユグドラシルさんにそう告げると、なんとなくしんみりした空気が流れる。
まぁね、二年だからね……。みんなも寂しがってくれているようだし、僕だって寂しい……。
とはいえ、ここで僕がめそめそするわけにはいかない。そんなことになったら、みんなも心配するだろう。心配させたまま旅立つわけにはいかない。
そう考えた僕が、どうにかキリッとした顔を作っていると――
「二年間。頑張ってきなさい」
「あ、うん……。ありがとう母さん。頑張ってくるよ」
母から優しくハグをされてしまった。なんだか感動のシーンだ……。
「うん、アレクならきっと大丈夫だよ。頑張ってねアレク……。怪我に気を付けて、ジスレアさんの言うことをよく聞くようにね……」
「ありがとう父……」
ちょっとめそめそしている父からもハグをされた。
うぅむ……。そんな雰囲気を出されると、こっちまで泣きそうになってしまう……。
「なるほどなるほど。そういう流れですね? では、ファイトですアレク坊っちゃん」
「……ありがとうナナさん」
母と父の流れを踏襲して、ナナさんまでハグしてきた。
……なんだろう。ナナさんのテンションで、しんみりした空気が微妙に薄れたな。
「む、わしもか。うむ。頑張ってくるのじゃ」
「あ、はい。ありがとうございますユグドラシルさん」
ユグドラシルさんにまでハグされた。
ちょっと照れる。父や母はもとより、もうナナさんもだいぶ家族って感じなので照れはないのだが、ユグドラシルさんはなんかちょっと照れる。
いやしかし、母やユグドラシルさんやナナさんとハグをしたわけだけど……。
なるほど、確かに相対的に考えると……ナナさんは爆乳なのかもしれない。
といっても、さすがに比較対象がエルフの母や幼女のユグドラシルさんなので、それはあまりにも比べる相手が――
「今、母はひどい侮辱を受けた気がします」
「…………」
……すみません。
◇
家族やユグドラシルさんとの別れを済ませ、家の外に出ると――
「うぉ……」
いきなり盛大な歓声と拍手を受けた。僕の見送りに集まってくれたメイユ村とルクミーヌ村の住民達だ。
家にいるときから、なんだか家の周りがえらい賑わっていると感じてはいたが、実際とんでもないことになっているな……。
「あ、ありがとー。みんなありがとー」
とりあえず僕は両手を振って声援に応える。
「今日は集まってくれてありがとー。頑張ってくるよー。みんなありがとー」
遠くの人達にも見えるように、ぴょんぴょんと跳ねながら手を振る僕。
いやはや、まさかここまでお祭り騒ぎになっているとは……。
相当な数の村人が集まってくれそうだと予想はしていたけど……どんな雰囲気になるかは予想できていなかった。
もうちょっとしんみりとした空気になるかと思ったけれど、まるっきり真逆の空気だ。
僕が二年間村を離れることに、村人全員で喜んでいる――そう解釈してしまうと何やら複雑な気分ではあるが……まぁ湿っぽいのよりはいいだろう。
「あぁ、こんにちは。えぇえぇ、ついに今日出発ですね。あ、はい。ありがとうございます。――あ、お久しぶりです。ええそうなんです、二年ほど、ええはい」
というわけで、僕は集まってくれた人達と握手をしながら一言二言言葉を交わし、別れの挨拶をこなしていく。
「そうなんですよ、ワイルドボアを倒しまして。そうです、その掟が……。いえいえ僕なんてそんな。いやいや、ありがとうございます。――あ、どうもどうも。この度は本当に」
あれ? なんとなく個別に挨拶するムーブを初めてしまったけど……全員となると、かなり大変だぞこれ。
「……うん?」
もう始めてしまったので、半ばやけになりながら一人一人に挨拶をしていると――
少し離れた位置、分厚い人垣のとある一角だけ、何やらぽつんと開けた空間があった。
あそこには人がいない。あれはなんだろう?
少し気になったので、引き続きいろんな人達に挨拶をしながらその場所へ近付いていくと――
「やぁアレクちゃん」
「ご無沙汰しておりますアレクシスさん」
「ムー! ムー!」
レリーナファミリーだった。
レリーナママとレリーナパパと……縄でぐるぐる巻きにされて、簀巻き状態のレリーナちゃんがいた。
レリーナちゃんは猿ぐつわをさせられており、ムームー言いながらバッタンバッタンしている。
……近くに人が寄り付かないのも納得である。
「あの、これはいったい……」
「ああ、これかい? いくら外出禁止ったって、アレクちゃんの旅立ちすら見られないのはさすがに可哀想だろう? だから特別に、挨拶くらいはさせようかと思ったんだよ」
「はぁ、なるほど……。いえ、それはわかりましたが、この状態は……」
「なんかろくでもないことをいろいろ準備していたからさ。そんなことをさせないようにね」
「はぁ……」
何の準備をしていたんだレリーナちゃん……。
「とにかくさ、おめでとう……って言っていいのかね? まぁ、頑張っておいでよアレクちゃん」
「あ、はい。ありがとうございます。リザベルトさん」
「私からも、旅の無事をお祈りしておりますアレクシスさん」
「ありがとうございます。レリーナパパさん」
「…………」
僕はレリーナ夫妻に笑顔で感謝を伝えた。
……まぁ、なんだかレリーナパパは微妙な顔をしているけど。
「ムー! ムー! ムー!」
「あ、うん。えぇと……」
このムームー言っているレリーナちゃんは、どうしたものかな……。
「レリーナはさ、アレクちゃんが心配なんだよ」
「ムー」
「人界の女やジスレアに誑かされやしないかって、心配してるのさ」
「ムームー」
やっぱりそんなことを心配をしているのか……。
もっと他に心配すべきこともあると思うのだけど……。
「まぁ安心おしよレリーナ。アレクちゃんの顔を見れば、大丈夫だってわかるだろう?」
「ムー?」
突然レリーナママから、よくわからないフリをくらった。
よくわからないが、とりあえずキリッとした顔を作ってみる。
「ほら、この顔を見ればわかるだろう? どっちかっていったら――アレクちゃんが誑かす側さ」
「ムー!!」
レリーナママの言葉を聞き、鬼の形相で再度バッタンバッタンし始めたレリーナちゃん。
そしてケラケラと笑うレリーナママに、オロオロするレリーナパパ。
なんだろうこれ。どう反応したらいいんだろう……。
冗談を言い合う仲のいい家族とも表現できそうだけど、レリーナちゃんの動きや表情は、そこそこトラウマレベルに達しているのだけど……。
というか僕は別に、女性を誑かしたりしないけどね……?
◇
どうにかこうにかレリーナちゃんをなだめすかし、『心配はいらないから』、『帰ってきたら一緒に船に乗ろう』と約束して別れた。
そして引き続き、いろんな人に挨拶をして回る。
「アレク! 頑張ってね!」
「フルールさん、来てくれたんですね」
「もちろんだよ。私もやっぱり寂しいけど……応援するよ!」
「はい、ありがとうございます!」
「船作りは任せて。私が責任をもって仕上げておくから!」
「すみません。最後まで付き合えずに……」
「いいのいいの。私がちゃんと作っておくから! ――ナイスボートを!」
「……ありがとうございます」
といった感じでフルールさんも応援してくれたのだけど……なんかちょっと不吉なことを言われた気もするね。
「おっすー……」
「あ、ディアナちゃん……。ありがとう、見送りに来てくれたんだね」
「――二年ね」
「え? あ、うん。二年」
「それ以上、待ってあげないんだから」
「……えっと、うん。二年だね」
……なんかラブコメっぽいな。ラブコメっぽい雰囲気を醸し出された気がする。
この短い時間で、そんなラブコメ空間を作り出すとは……さすがはディアナちゃん。
「こんにちはー」
「あぁ、ローデットさん。わざわざありがとうございます」
「いえいえー。今日からアレクさんが二年も旅に出ると聞いたら、居ても立っても居られなくなりましてー」
「そうですか、いやぁ、それはなんとも……」
「できるだけ早く帰ってきてくださいねー、待っていますからー」
「はい。ありがとうございます」
出不精のローデットさんが見送りに来てくれただけでも嬉しいのに、そんなことを言ってくれるなんて……。
いやはや照れてしまうね。ここでもあれだな――ラブコメだな。
ディアナちゃんに続き、ここでもラブコメだ。照れてしまう。
「おう。頑張ってこいよ」
「ジェレッドパパさん、ありがとうございます」
「こいつは餞別だ。取っとけ」
「ああ、すみません。ありがとうござ――ありがとうございます」
ジェレッドパパから――鍛治用のトンカチ貰った。
予想外すぎて、一瞬戸惑ってしまった……。
いや、これから旅だというのに、こんな物を貰ってもな……。
旅の最中に振るうことがあるのだろうか? ひょっとして旅の間に『火魔法』が伸びたりしたら、そんなこともある……?
まぁいいか、とりあえずありがたく頂戴しよう。
「アレク。いよいよだね」
「あぁ来てくださったんですね、ありがとうございます。そうですね、いよいよ出発です」
「きっとこの旅で得た経験は、アレクの大きな財産になるはずだ」
「はい。そうなるように頑張ります」
「そして、いつかはその経験を活かして――ルクミーヌの村長をやってもらいたいな」
「はぁ……」
というわけで、ルクミーヌ村の美人村長さんも見送りに来てくれた。
そして、いつものようにルクミーヌ村の次期村長を打診された。
なんでそんなにルクミーヌ村長を勧めるのか……。
もし本当に村長をやるとしても、メイユ村の方だと思うんだけどな……。
◇
一人一人に挨拶をしながら、ちょっとずつ村の外へ向かって移動していたのだが、ようやくその作業も終わりを迎えた。
「みなさん、今日はありがとうございましたー。これから僕は、世界を見る旅に出ますー」
僕は振り返り、みんなに向けて最後の言葉を送った。
「次この村に帰ってくるときは、ひと回り大きく成長して戻ってきたいと思いますー。みんなーありがとー。頑張ってくるよー」
大きな声でそう伝えて、手を振りながら村の外へ向かって歩く。
そして村の人達もみんな、手を振って僕を送り出してくれた。
……ありがたいね。とてもありがたい。ユグドラシルさんも言ってくれたけど、本当にみんなから愛されていたんだと実感する。
――また戻ってこよう。
旅では何があるかわからなくて、いつになるかわからないけど……いつの日か、必ずこの村に戻ってこよう。
大好きなこの村で、大好きなみんなと、また楽しくのんびり過ごそう。
いつかまた――田舎でのんびりスローライフを!
……ところで、出発の挨拶も終わり、うっかり村の外へ向けて一人で歩き始めちゃったけど……ジスレアさんはどこだろう?
この雰囲気だと、もう村に戻るわけにはいかないんだけど、どうしよう……。
あと、なんかもう一人くらい挨拶すべき親友がいた気がするのだけど、気のせいだろうか……?
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