第288話 愛されキャラのアレク君
「外出禁止?」
「そんな感じになっちゃったみたいです」
「ふーむ」
世界旅行、出発前夜。
いよいよ明日に迫った僕の世界旅行。その出発を前にして、今日はユグドラシルさんが激励に駆け付けてくれた。
そんなユグドラシルさんと、僕は旅の荷造りをしながら雑談を交わしていた。
話題は、つい一週間ほど前にあった事件についてだ。
「結果的にはジスレアさんもレリーナちゃんも、怪我ひとつなかったんですけどね」
「リザベルトか、運がよかったのう」
「そうですねぇ」
リザベルトさん――レリーナママが、娘のレリーナちゃんをとっ捕まえてくれたのだ。
後になって話を聞いたのだけど、やはりレリーナちゃんは僕の家を出てから、そのまま真っ直ぐジスレア診療所へ向かって進んでいたらしい。
しかしそこで、偶然通りがかったレリーナママに発見されたそうだ。
右手に凶器を持ち、狂気をはらんだ表情で村を駆ける隠密状態の娘を見て、とりあえずとっ捕まえたとのことだ。
そして話を聞いたところ、未遂ではあるが、犯行をほのめかす供述を始めたので、そのまま連行したという。
ちなみにレリーナちゃんを追いかけていたはずの僕は、そんなレリーナ親子に気が付かず、一人でジスレア診療所へ転がり込み、ジスレアさんに事情を話してから、ビクビクしながら来ることのないレリーナちゃんを待っていた。
なんだか寿命が縮まりそうなくらい、とても恐ろしい時間だった。
まぁ僕のことはともかく、そんなレリーナママの活躍により、結果的にはジスレアさんもレリーナちゃんも――あ、あとついでに父も、怪我ひとつなく事件は終わった。
「それでレリーナは、二週間の外出禁止処分か」
「何事もなく終わったとはいえ、しようとしていた事が事なので……」
むしろそう考えると、処分が軽すぎるんじゃないかって気がしなくもないが……。
「では、ここ一週間レリーナは外に出られなかったのか?」
「そうですね、自宅にずっとこもりっぱなしでした」
「ふーむ。お主が村にいる最後の一週間も出歩けなかったと考えると、少し不憫ではあるが……」
「ですねぇ。さすがに不憫なので、僕の方から何度か会いに行ったりしていました」
ちなみに、その際レリーナママから『安心おしよアレクちゃん。外には出させないからね、後から追われるような心配もないよ』との言葉を受けた。
うっかりしていたけれど、確かにその可能性はあったな……。
むしろレリーナちゃんならば、そのように行動すると考えるのが自然だったか……。
「そういえばレリーナちゃんといろいろ話していたのですが、結構危うかったようです」
「ん? まぁのう、確かにあの娘は危ういのう……」
「いえ、そうではなく……僕が報告するより前に、危うく旅のことがバレるところだったらしいです」
「そうなのか?」
「はい。ジスレアさんが何度かレリーナちゃんに、『アレクと旅に出て――』とか、『二人でいろんな場所へ――』なんて話を、ちょくちょく漏らしていたらしいです……」
「バレるバレないではなく、はっきりバラしておるではないか……」
「そうなんですよね……」
そんな感じで、うっかりレリーナちゃんに喋ってしまったことが何度かあったらしい。
「それを聞いてレリーナちゃんは、『こいつ、またおかしな勘違いしている』と考えていたらしいです。まさか本当に旅をする予定だったとは思わずに……」
「なるほどのう……」
旅が事実だと知った後で、レリーナちゃんは大層後悔していた。どういうことなのか、きっちり吐かせておけばよかったと悔やんでいた。
僕が以前反応したキーワードのこともしっかり覚えていたし、なかなか危うい状況だったようだ。
「とりあえずそんな感じで、ちょくちょくレリーナちゃんと面会しつつ、他の人達にも旅の報告していた一週間でした」
それに加えて旅の準備もしていたからね、何気に忙しい日々を送っていた気がする。
「ふむ。他の村人に報告か。どんな反応だったのじゃろうか?」
「反応ですか? そうですねぇ、みんな結構バラバラでしたが……とりあえずレリーナファミリーやジェレッドファミリーは、普通に応援してくれましたね、頑張ってきなさいと」
どちらのファミリーも、しっかり僕のことを応援してくれた。
……あ、レリーナちゃん以外ね。レリーナちゃんには大反対された。
「フルールさんやローデットさんは、寂しがってくれました」
「ふむふむ」
「ちょっとだけ意外だったのはローデットさんですね。なんだか妙に寂しがってくれました。できるだけ早く戻ってきてほしいとか、そんなことを言われました」
「む? ローデットが? あ、いや、それは……」
「はい?」
「……うむ。いや、なんでもない」
「はぁ」
何やら言葉を濁すユグドラシルさん。なんだというのだ。
「それでディアナちゃんは――いろいろですね」
「いろいろ?」
「なんで言わなかったのか怒られたり、自分も行きたいと駄々をこねられたり、しばらく会えないことを寂しがってもらえたり、それでも旅のことを応援してくれたり、いろいろあって……最終的に肩パンされました」
「……まぁ、いろいろ思うところがあったのじゃろう」
そんな複雑な感情を、肩パンという形で僕にぶつけてきたディアナちゃん。
かなり強めの肩パンで、結構痛かったのだけど、もしかしたら激励の気持ちも込めていたのだろうか。
「大体こんな感じですかね、こんな感じでみんなに挨拶していました。今挙げた人達以外も、知り合いには全員挨拶をしてきたので、なかなか大変でした」
「全員? 全員というと……それはどうやって挨拶したのじゃ?」
「はい? えっと、まぁ普通に一軒一軒自宅を訪ねましたけど?」
「もう少しやりようがあったと思うが……」
「やっぱりみんなに集まってもらった方がよかったですかね……?」
確かに大変だった。この村の人達はほぼ全員が知り合いなので、結果として僕は全ての住宅を訪ねて回ることになったのだ。かなり大変だった。
とはいえ、僕が挨拶したいのに招集をかけるってのも、なんかちょっと違和感があったので……。
そんなわけで僕はメイユ村の住宅を一軒一軒訪ね回り、ルクミーヌ村の方もディアナファミリーや美人村長さんを筆頭に、知り合いに声を掛けて回った。
「メイユの人もルクミーヌの人も、みんな出発前には見送りに来てくれるそうです」
「そうか、お主は多くの人々に愛されておるのう」
「あー、そうなんですかね……? だったらまぁ、嬉しいですね」
そうであるなら嬉しいね。嬉しい。
みんなの愛されキャラのアレク君か……うん、悪くない。
実際ユグドラシルさんも、わざわざこうして激励に駆け付けてくれたわけだしさ。さすがは剣聖と賢者の息子にして神々の寵児アレク君といったところか。
「そういえば僕が旅をしている間、ユグドラシルさんはどうしますか?」
「む?」
「その間も、ユグドラシルさんはメイユ村には来られますかね?」
「ふーむ」
普段は二週間に一度くらいのペースで村に訪れるユグドラシルさんだが、僕が旅行中はどうなのだろう?
「確かに僕がいない村に来る意味があるのかというユグドラシルさんの意見もわかります」
「そんなことは言っておらんが……」
「なにせ、村人全員から愛されるほどの人気者である、この僕がいないわけですからね」
「一瞬で増長しおったなお主……」
「あるいは火が消えたように、物悲しい雰囲気の村になっているかも知れません」
「村では火気厳禁じゃが?」
「…………」
なんか予想外の部分でツッコミをくらったな。
そうか、エルフの村は、元から火が消えた村だったのか。
「まぁそれは冗談ですが、母や村の人達も寂しがると思うので、ちょこちょこでも来てくれたら僕も嬉しいです」
「そうじゃのう。ときどきは訪れるはずじゃ。ナナに聞けば、お主の近況もわかるのじゃろう?」
「そうですね。ナナさんとは旅行中もDメールでやり取りをする予定なので、僕の最新情報もわかるはずです」
……ふむ。やはりユグドラシルさんも、遠く離れて会うことのできない僕が気になるようだ。
いやーまいるわー。愛されすぎてまいるわー。
「やはりわしも、お主のことが気になって仕方がない」
「ぬぁ!?」
なんと……!
冗談めかして心の中で適当なことを言っていたけど、本当にそうなのか! そんな感じなのかユグドラシルさん!
「き、気になりますか……?」
「お主が旅行中にどんな騒動を起こすか、正直気になって仕方がない」
「……はい?」
「人界で、お主が何かとんでもない事態を引き起こすのではないかと、どうにも心配じゃ」
「…………」
なんか違う……。なんか僕が思っていたのと違う……。
うわー……。これは恥ずかしいな。かなり恥ずかしい勘違いをしてしまった。
しかも、相当ベタなやつじゃないか? ラブコメとかでよくある、相当ベタな勘違いをしてしまった。
あー、やっちまったな……これはやっちまった……。
「ん? どうしたアレク?」
「『みんなから愛される人気者』などと、自惚れていた自分を恥じております……」
「一瞬で増長したと思ったら、一瞬で謙虚になったのう……」
「穴があったら入りたい……」
「なんなのじゃいったい……」
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