第283話 世界樹の槌
『世界樹様の迷宮』2-2エリアにて――
「はぁ!」
気合一閃。
ミコトさんがトードに向かって、力一杯ハンマーを振り回した。
「げこ」
ミコトさんのフルスイングを受け、倒れ込むトード。
ミコトさんはさらに追撃を加えるべく――
「やー!」
ハンマーを振りかぶってから、勢いよく叩きつけた。
「この、てい、やぁ、ていてい」
さらに追撃を加えるミコトさん。
トードに向かって、ぺったんぺったんやっている。
……傍から見ると、相当えげつない画になっているな。
長い黒髪の美女が、何度も何度も全力でハンマーを振り下ろす様は、傍から見るとかなり怖い。
「ふう……」
「お疲れ様ですミコトさん」
無事にトードを倒したミコトさんに、僕は後ろから声を掛けた。
「ありがとうアレク君。まぁトードくらいならね、楽勝だよ」
「さすがですミコトさん」
あんまり楽勝って感じにも見えなかったけどな……。
現在ミコトさんのレベルは2。もしかしたら、トードの相手はまだ少し厳しいのかもしれない。
「楽勝ではあったけど……この槌がなかったら、もう少し苦戦していたかもしれないね」
「あー、そうですか。どうやらしっかりミコトさんの役に立っているようで、何よりです」
「うん。いい武器だと思う、さすがは――世界樹の槌だ」
世界樹の槌。――その名の通り、世界樹の枝で作った槌だ。
ユグドラシルさんから貰った世界樹の枝を、僕が槌に加工して、ミコトさんにプレゼントした物である。
「だけど、私が貰ってよかったのかな?」
「いいんですいいんです。ユグドラシルさんもいいって言ってくれましたし」
僕の世界旅行が決まり、そのお祝いとしてユグドラシルさんから貰った枝だが、当初は何を作ろうか、いろいろと悩んでいた。
武器か、防具か、遊具か、人形か……。ひとしきり悩んだ後、とりあえず無難なところで世界樹の槌を作ってみた。
大体五ヶ月ほどの製作期間を経て、ようやく完成した世界樹の槌だが、ちょうどすぐその後にミコトさんの『槌』スキル取得が発覚したのだ。
なんだかタイミングもよかったので、ユグドラシルさんに確認してから、ミコトさんにプレゼントさせてもらった。
「僕には世界樹の剣もありますし、槌ならアレクシスハンマー1号もありますからね。世界樹の槌はミコトさんが使ってください」
「そうか、ありがとうアレク君」
「いえいえ」
ちなみにだが、現在僕はアレクシスハンマー1号を装備している。
僕も槌を使うことで、槌士としてのお手本をミコトさんに見せる――――なんてつもりもなく、槌士二人というパーティ編成に、なんとなくロマンを感じただけである。
「……それに正直なところ、世界樹の槌は扱いに困っていた部分があるんですよ」
「ん? そうなのか?」
「やはり僕としては、ホムセンの大きなハンマーを使いたいって気持ちが――」
「ああ、あの感慨深いハンマーか」
「え? あぁはい、そのハンマーです」
そうね、そのハンマー。思い出のハンマーで、未だ持ち上がらない感慨深いハンマー。
……でもその名称って、ミコトさんに話したことはなかった気がするんだけど?
もしかしたら、僕の独り言か何かを天界で聞いていたのだろうか……?
当然僕は覚えていないけど、いつものようにぶつぶつ独り言をつぶやいていたのかもしれない……。
「ん? だけど感慨深いハンマーより、おそらく世界樹の槌の方が……」
「そうですね、たぶん世界樹の槌の方が強力だと思います。……だからまぁ、いいんですよ。僕はいずれアレクシスハンマー1号を卒業して、あの感慨深いハンマーを使います。だからミコトさんは、世界樹の槌を使ってください」
「そうか……」
世界樹の槌も作ってみたいけど、やっぱり感慨深いハンマーを使いたい――そんな、ちょっぴり複雑な気持ちを抱えていたのだ。
だからある意味、これでよかったのだ。とても綺麗に収まったのだ。
「あ、それよりミコトさん、ドロップです」
少し話している間に、ミコトさんが倒したトードはダンジョンに吸収され、その場所にはドロップアイテムだけが残されていた。
今回のドロップは――トードの皮が一枚。
「まぁ、たぶんミコトさんもいらないとは思いますが……」
「あー……。さすがにいらないかな……」
ここでポップするトードは、全てがカラートードだ。ナナさんがデザインした柄が描かれたトードで、倒すとその柄の皮をドロップする。
そしてその皮は、水着の素材として使用されるのが基本的な用途だったりするのだけど……。
「なんか僕も見た瞬間、『やべえのが来たな』とは思ったんです」
「うん。私も少し怖かった」
元のトードとドロップする皮の柄が同じなので、僕はさっきのトードを見た瞬間、カラートードガチャは失敗だと悟った。そのくらい見た目がやべえトードだった。
「なんなんですかねこれ……えっと、何? 人? 筋肉?」
「男の人の筋肉かな……?」
ドロップした皮を改めて確認したところ、男性の上半身っぽい絵柄が描かれている。ムキムキの上半身だ。
そんなものが柄となっているトードが突然現れたのだから、そりゃあ怖いよね……。
「んん……? あ、そういうことか……」
「うん?」
「デザインしたナナさんの意図が読めました」
僕はトード皮を両手で持ち、トード皮のムキムキ上半身を、自分の上半身に重ねた。
これで僕は――上半身裸のマッチョに見えるはずだ。
「こういうことですよ」
「……ふふ」
ちょっと受けた。
「こんな感じで、着たらムキムキに見えるTシャツを作れとナナさんは言っているんですよ」
「ナナさんはいろいろ考えるなぁ……」
「そうですねぇ」
まぁナナさんもナナさんなりに、ダンジョンを盛り上げようと試行錯誤している……のかもしれない。
「というわけで、意図がわかった筋肉柄ですが、どうします?」
「いや、やっぱりいらないかな……」
「そうですよね……」
まぁそうだろう。脳筋キャラの未来が見え隠れしているミコトさんではあるけれど、だからってこんなTシャツを着たいとは思わないはずだ。
「もう少し可愛いのがほしいな」
「どう考えてもこの柄は可愛くないですね……」
実はミコトさんも水着用トード皮を探している最中だったりするのだけど、どう考えてもミコトさんの希望とはかけ離れている。可愛いとは対極に位置する柄だろう。
「ふむ……。ではこの筋肉柄は、僕が貰ってもいいですか?」
「え? ああ、それは構わないけど……」
「せっかくなんで、これでTシャツを作ってみようかと思います」
「そうか、作るのか……」
ちゃんと背中と腕の部分もあるし、しっかり組み合わせて完成させよう。
なるべくピチッとフィットする感じに仕上げた方がよさそうかな? とりあえずジェレッドパパに相談してみようか。
そして、完成したら――
「父に着せましょうか」
「……ふふ」
父が筋肉Tシャツを着た姿を想像したのだろうか、ミコトさんがちょっと受けた。
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