第282話 修行パート4
ジスレアさんが考える、僕の移動力不足解消法。
その一案とは――
「大ネズミのヘズラトに乗ったらどうだろう」
――というものだった。
「ヘズラト君ですか?」
「ナナがよく乗っているでしょう? それで、アレクもあんなふうに移動したらいいと思ったんだ」
「いや、それは……どうなんでしょう」
……ジスレアさんの提案には、いくつか問題があると思う。
そもそもの話として、確かにナナさんはヘズラト君に乗って移動することも多いけど――実はそこまで速くなかったりする。
いくらナナさんが『騎乗』スキル持ちだとはいえ、ヘズラト君の『素早さ』は2しかない。たったの2だ。僕より遅いのだ。
なので、どうやったってスピードは出ない。なにせ僕より遅いのだから。
それでもナナさんがヘズラト君を移動の足に使っているのは、単純にそれ自体を楽しんでいるだけなのだそうだ。
「正直ヘズラト君もそこまで速くは……。それに僕は『騎乗』スキルを持っていませんし……」
「だけどヘズラトは、『騎乗』スキルを覚えられそうなんでしょ?」
「あぁ、確かにユグドラシルさんがそんなことを言っていましたね」
「さすがにあと二ヶ月で『騎乗』スキルを取得するのは無理かもしれないけど、ナナがたくさん乗って、私も乗れば、そこそこ学習できるかもしれない」
「ん? ジスレアさんも?」
「私も『騎乗』スキルは持っている」
「あ、そうなんですか」
へー、それは知らなかったな。ジスレアさんも『騎乗』スキル持ちなのか。
……というか、これから一緒に旅をするパートナーの所持スキルすら知らないってのは、わりと問題じゃあなかろうか。
「あと二ヶ月で、できるだけヘズラトに『騎乗』スキルを覚えてもらおう」
「なるほど……」
「それにヘズラトはまだレベル1。これからどんどんレベルアップしていく。そうしたら、すぐにアレクの『素早さ』を追い越す」
「…………」
「あ……。えぇと、追い越す可能性もあるかと思う」
「そうですねぇ……」
一応は僕に気を使ってくれているようだけど……なんだかジスレアさんは、僕の方の『素早さ』を伸ばすことに関しては完全に諦めている節がある。
よくよく考えればこの計画だってそうだ。この計画で、もしかしたら僕の移動力不足を解消することができるかもしれないけれど、結局僕がクソザコナメクジであることは解消されないじゃないか。
「んー……。まぁとりあえず試しに呼んでみますか。一回僕も乗ってみます」
「うん。それがいい」
「では、『召喚:大ネズミ』」
「キー」
というわけでヘズラト君に登場してもらった。
ヘズラト君はいつものように辺りを確認してから、ジスレアさんに丁寧にお辞儀をした。
「さてヘズラト君、今日僕はジスレアさんと修行をしていたんだけど――もうすぐ出発する世界旅行において、僕がヘズラト君に乗って移動したらどうかっていう話になったんだ」
「キー……?」
「あ、うん。だけどヘズラト君はこれから『騎乗』スキルを手に入れたり、レベルも上がっていったり、とても優秀な騎獣になる可能性があるんじゃないかって」
「キー」
「そうなんだ。それで、試しに僕を乗せてみせてほしいんだけど」
「キー」
「ありがとうヘズラト君。――というわけです、ジスレアさん」
「……うん。まぁ話していることは大体わかった」
傍から見たら、大きなネズミ相手にひたすら独り言を喋っている少年だったりするんだけど、一応大体の会話の流れはわかったらしい。
「それじゃあさっそく――あ、大丈夫だよヘズラト君、僕が付けるから」
「キー」
ヘズラト君が自分のマジックバッグから鞍を取り出し、自ら装着しようとしていたので、僕が手伝って取り付けた。
「ヘズラトが自分でもっているんだ?」
「そうですね。まぁどう考えてもヘズラト君以外は使いませんから」
ジェレッドパパに作ってもらい、ナナさんにプレゼントした鞍だが――結局ヘズラト君がもっていた方がいいんじゃないかという話になった。
それでヘズラト君に鞍を渡し、そのときに鞍を入れるマジックバッグやら、ついでに筆記用具やらお財布やらをプレゼントした経緯があったりする。
「よし、それじゃあ乗るね?」
「キー」
僕は鐙に足を掛け、鞍の前側に付いている取っ手を掴んでから、鞍にまたがった。
「どうかなヘズラト君?」
「キー」
「うーん、そうか……。ちょっと歩いてみてくれる?」
僕の声に従い、てくてくと歩くヘズラト君。
「どうかな?」
「キー」
「うーん……」
「アレク、ヘズラトはなんて言っている?」
「あ、はい。『なんの問題もありません。アレク様を乗せて、どこまでも駆けていけます』と、言っています」
ヘズラト君はそう言っている。
そうは言っているんだけど――
「……言葉ではそう言っていますが、やっぱり少し大変そうです」
「そうなんだ……」
相変わらず空気を読むことに定評があるヘズラト君。全然平気なふうを装っているけど、言葉の影に、少しだけしんどそうな雰囲気を感じた。
ナナさん騎乗時は普通に歩いているし、普通に走れているヘズラト君だが、やはり『騎乗』スキルがないと厳しいようだ。
だとすると、やっぱりこれは――
「キー」
「ヘズラト君……。うん。そう言ってくれるのは僕も嬉しいよ」
「キー」
「けどそれは……」
「キー、キー」
「ヘズラト君!」
なんていい子なんだヘズラト君!
「ごめんアレク、会話を訳してくれると……」
「あ、すみません」
またしても大きなネズミ相手に独り言をつぶやく少年になっていた。
さすがにさっきの会話は、ジスレアさんもわからなかったらしい。
「要約すると――『私もアレク様の旅に付いていきたい。アレク様を背に乗せて、一緒に旅をしたい。あと二ヶ月、私にチャンスをください』なんてことを言ってくれました」
「そうか、ヘズラトはいい子だね」
「ええ本当に……」
本当にいい子。いい子すぎて怖いくらいだ。何故ヘズラト君は、こんなにも真面目で賢くて献身的で空気が読めるいい子なのだろう? ……召喚主に似たのかな?
「ではそうですね……旅の出発まではジスレアさんやナナさんに乗ってもらって、ヘズラト君の『騎乗』スキル訓練を手伝っていただけますでしょうか」
「任せて」
「よろしくお願いします。……できたら僕の方も、『騎乗』スキル取得を目指したいところなんですが」
僕自身が『騎乗』スキルを取得してもいいんだ。そうしたらヘズラト君も楽に僕を乗せられる。
そういう意味では、僕もヘズラト君に乗りたい気持ちがあるんだけど……。
とはいえ、『騎乗』スキルを持っていない僕とヘズラト君が二人でグダグダっと訓練をするよりも、スキル持ちのジスレアさんとナナさんに、しっかりヘズラト君を鍛えてもらった方がいいだろう。
「んー。どうやら僕は、旅の出発までヘズラト君に乗ることはなさそうですねぇ」
「ちょっと思ったんだけど……私も乗ったらどうだろう?」
「はい? どういうことですか?」
「二人乗り」
「二人乗り……? え、ヘズラト君に? 僕とジスレアさんがですか?」
「そう」
「えっと……」
え、どうなんだそれ……。
普通に考えたら、僕一人でもしんどい状態のヘズラト君にジスレアさんまで乗ったら、ヘズラト君が潰れてしまう。
だがしかし、ジスレアさんは『騎乗』スキル持ち。
確かにナナさんがヘズラト君に乗ったときも、ヘズラト君は若干素早くなっていた気がする。『騎乗』スキルの効果で、若干だがヘズラト君の機動力は上がっていた。
そう考えると、たとえ二人乗りだろうがジスレアさんにも乗ってもらった方が、ヘズラト君は楽になる? そうしたらヘズラト君も僕も、同時に訓練できる……?
「なるほど……。少し試してみましょうか。いいかなヘズラト君?」
「キー」
「大丈夫そうです」
「うん。それじゃあ――」
ジスレアさんは僕の肩に手を置き、颯爽とヘズラト君に騎乗した。
いや、さすがに狭いな。ヘズラト君はそこまで大きいわけでもないし、どう考えてもスペース的に無理がある。
ヘズラト君から落ちないように、僕とジスレアさんは相当密着していないとダメそうだ。密着していないと……。
いやー、なんだろうなー。困るわー。大変だわこれはー。
「どうかな?」
「え? あ、えーと、いい感じです」
「うん? ヘズラトがどうか聞きたい」
「あ、そうか、そうですよね」
そうだそうだ、僕の感想よりも、ヘズラト君の感想を聞かねば。
というか、僕の感想もよくわからないことになっていた。
本音と建前、心の声と実際の声が、いろいろ混ざってよくわからないことになっていた。
「それで、どうかなヘズラト君?」
「キー」
「…………」
ヘズラト君は、『二人乗りの方が、動きやすいと感じられます』と答えた。
だけど、ヘズラト君の様子から察するに――
「アレク?」
「どうやら……僕一人の方が楽なようです」
「そうか、ダメだったか」
「バランスとか重量的にも、ちょっと厳しいようですね」
ヘズラト君の様子を見て、僕はそう感じた。
おそらく『二人乗りの方がいい』とヘズラト君が言ったのは、空気を読んだからだろう。僕の気持ちを察して、そう言ってくれたのだ。
ありがとうヘズラト君。でもいいんだ。そんなに無理をすることはない。大丈夫だよヘズラト君。
――あと、ごめんヘズラト君。
実はヘズラト君の様子に気付きながらも、『じゃあこのまま二人乗りを続けてしまおうか』なんて一瞬考えてしまった僕を、どうか許してほしいんだヘズラト君……。
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