第272話 父
父が突然おかしなことを言うものだから、少々取り乱してしまった。
よくよく考えたら今から来るのはミコトさんなわけで、慌てる必要もなかったのだが。
……いやしかし、ナナさんに恋人だなんて。
「やっぱりナナさんの年齢を考えると、さすがに……」
「……ナナさんって、いくつなの?」
「え? あー、いやいや、女性の年齢を詮索するとか、たぶんよくないことだよ?」
「あ、うん、そうだね。それもそうなんだけど……」
そういえば父はナナさんの年齢を知らないのか。それならナナさんに恋人がいる可能性を訴えてもおかしくはないか。
まぁナナさんの実年齢が四歳だとしても、それで本当にナナさんを四歳児と考えていいかは、ちょっとわからない部分があるけれど……。
とまぁ、そんなやり取りを父としていたところで――
「お待たせしました」
「ん、その人が?」
ナナさんが、ミコトさんを連れてリビングに戻ってきた。
「はい。ミコトお姉様です」
「ミコトお姉様?」
「はい。昔から姉のような存在だったのです。ちなみにですが、古くからユグドラシル様とも親しい方だったりします」
「へぇ?」
結局そんな設定になったのか。ミコトお姉様か……。
「初めましてミコトさん。僕はセルジャン。よろしくね」
「うん。私はミコトという。よろしく、父」
「……『父』?」
「あっ……」
あー。やってしまったなミコトさん……。
人の呼び方について、ミコトさんは僕が普段使っている呼称に引っ張られる傾向がある。そのせいで父のことも、うっかり『父』と呼んでしまったらしい。
父はキョトンとしているが、ミコトさんはあわあわしている。……なんとなくほっこりする。
いやしかし、どうしたものかな。どうにかフォローしたいところだけど……。
「えぇと、この人は……父の子供なの?」
「え……? はぁ!? 違っ、違うよ!」
「えー? でも父って呼んでいるし」
「違うってば……」
「そうなの? 本当に? ――心当たりがあったりしない?」
「え? いや、ないってば……」
「ないかー」
どうやら心当たりはないらしい。
……なくてよかった。
ミコトさんの失言を誤魔化そうと適当に話を振ってみたのだけど……実際のところ、かなり際どい質問をしてしまった気がする。
万が一にも父が、『あ、もしかしてあのときの……』とか言い出さなくてよかった。
そうなったらミコトさんの失言も綺麗に吹き飛ばすことができたかもしれないが、それ以上の大騒動になっていたかもしれない。
「まぁまぁ、よくある呼び間違えですよセルジャン様。うっかり誰かのことを『お父さん』『お母さん』などと呼び間違えて恥ずかしい思いをするのは、よくあることです。あるあるです」
「そうなのかな……」
先生を『お母さん』って呼んじゃうあれかな? まぁ確かにあるある。
「とにかくそういうわけで、ミコトお姉様をよろしくお願いします。これからもちょくちょく村に現れることがあるかと思います」
「うん。そういうわけでよろしく。えぇと、セルジャン君」
「セルジャン君……」
『父』呼びはやめて、『君付け』にしたらしい。そういえばディースさんも、普段は『セルジャン君』と呼んでいたっけ?
「それではミコトお姉様がこれ以上の失態を演じる前に、私達は失礼しようかと思います。ではでは」
そう言ってナナさんとミコトさんは、そそくさと退出していった。
判断としては間違いではなかったかもしれないが、もうちょっと言い方はなかったものか。
そして僕は、とりあえず二人を見送った。僕としては二人に付いていきたいところだったけど、ここで僕が付いていくのも不自然だろう。
「うーん、なんだか不思議な人だったね」
「そうかもねぇ」
「なんとなくだけど、ユグドラシル様と親しい人ってのもわかる気がする」
「そうなの?」
「どことなく、神々しさみたいのを感じた気がするよ」
「へぇ?」
格好自体は普通の村娘だったし、軽く天然を炸裂させていたミコトさんだったけど、神々しさなんてものを感じたのか。
はー、そういうものなのか、すごいな父。なんか気付くものがあったのかねぇ。
「他に何か気付いたことはある?」
「他に? そうだなぁ……昔から姉のような存在だと言っていたけど、確かに二人はずいぶん仲が良さそうだったね」
「父もそう感じた?」
「うん。ずっと手を繋いでいたし」
おぉ……。ミコトさん発案の百合作戦が、こうも見事に成功するとは……。
◇
しばし父と話し込んでから、僕もナナさんの部屋へやってきた。
「そうか、神々しいか。やっぱりそういうのは出てしまうんだなぁ」
「そのようです。オーラが滲み出てしまうんでしょうねぇ」
「うんうん」
ミコトさんとしては、父の評価に満足のようだ。
……まぁ僕が多少脚色しながら伝えたからってとこもあるのだけど。
父は他にも、『それにしては、不思議とあんまり強そうに見えなかったな……』なんてことも言っていたが、それは伝えなくてもいいことだろう。
「さて、それでは私達はもう一度外へ出て、村を練り歩こうと思います」
「そうなんだ? 村人への紹介を続けるのかな?」
「そのつもりです。それでマスター、夜になったらメッセージを飛ばすので、そうしたらミコト様を送還していただけますでしょうか?」
「うん? とすると、ミコトさんはそのまま帰る流れ? なんだったら夕食を一緒にとか、泊まっていってもいいと思うんだけど」
「それはさすがに図々しいと思われかねません。やめておきましょう」
「そっか」
ナナさんなんて、突然現れたらその日から今日まで、ずっと住み着いているけどな……。
「ではマスター、私からの『ダンジョンのメニュー式メッセージ通信』を、見逃さないようにお願いします」
「うん。すぐに僕からも『ダンジョンのメニュー式メッセージ通信』の返信を――これ、ちょっと変えない?」
「はい?」
「『ダンジョンのメニュー式メッセージ通信』って名前、ちょっと長すぎるよね? もう少し短めの名称に変えようよ」
この名称は、確かナナさんがその場の思い付きで決めた名称だと思った。
なんだかんだ利用することも多い通信方なので、もう少しわかりやすくて短い名前に変更してもらいたい。
「確かに長いかもしれませんね。なんと変えますか?」
「そうだねぇ、何がいいかな」
例えばだけど、現在の名称である『ダンジョンのメニュー式メッセージ通信』、その最初と最後をとって――
「『ダンジョン通信』とかどうだろう?」
「ダンジョン通信……。雑誌の名前みたいですね」
「雑誌?」
「略してダン通でしょうか?」
「ダン通……」
ダンジョン専門情報雑誌。――週刊ダン通。
なんだろう。いずれは誰かに発行してもらって、僕達のダンジョン情報も掲載してもらいたいって気がしないでもない。
……本当にそんなものを作られたら、ちょっとプレッシャーにもなりそうだけど。
まぁとりあえず将来そんな雑誌が発売されることも願って、『ダンジョン通信』はやめておこうか。
「それじゃあナナさんはどう? 何か良い案はない?」
「ふむ……。では、頭文字をとりますか?」
「頭文字?」
「『ダンジョンの』、『メニュー式』、『メッセージ通信』の頭文字をとって――」
「とって……?」
「『DMM』」
「…………」
それは、ちょっとダメな気がする。何がとは言わないけど、なんかダメな気がする。
「いや、それは……」
「懐かしいですね。マスターはよく課金していましたね」
「ゲームのね? ゲームの課金をね?」
別に動画とかを見ていたわけじゃないから。ゲームをやっていただけだから。
まぁ確かに懐かしいといえば懐かしい。そこのお船を集めるゲームとか、拠点を守るゲームとかを、長いことプレイしていた記憶がある。
「うん。だけどとりあえず、それはやめよう」
「そうですか。残念です」
「申し訳ない」
まぁどうせナナさんも、却下されることを知りつつ提案してきたのだろうけど……。
「えぇと、ミコトさんは何がいいと思いますか?」
「ん? 私か? そうだな……普通に『メール』でいいんじゃないか?」
「ふむ、なるほど」
ずいぶんとシンプルだが、確かにそれが一番わかりやすいかもしれない。
「いいですね。普通に良い気がします」
「そうか、ありがとう。……でも、さすがにちょっと味気なさすぎる気もするから、頭に何か足そうか?」
「と、言いますと?」
「いわゆる『Eメール』みたいに、『ダンジョンメール』の略で――」
「略で……?」
「『Dメール』」
「…………」
なんだか過去改変でもできそうなメールだな……。
「素晴らしい案かと存じますミコトお姉様」
「そう? そうかな、ありがとうナナさん」
何やらミコトさんに向かって親指を立てるナナさんと、それに応えるように照れながら親指を立てるミコトさん。
どうしよう。このままだとDメールに決まってしまいそうだ。
大丈夫かな……。なんかいろいろ大丈夫だろうか……。
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