第270話 百合
森の中でユグドラシルさんから着替えを受け取った僕は、ミコトさんに着替えを渡し、ダンジョンの更衣室にて着替えてもらう予定を立てた。
――だがしかし、なんやかんやあって、結局僕一人で村の自宅へ戻ることになってしまった。
「なんとなく、伏線を回収できた気分だったのにな……」
以前作った更衣室が、ここへきて想定外の活躍を見せることになりそうだと――何やら伏線回収っぽくなりそうだと、わくわくしながらダンジョンへ向けて出発したのだけど、実際にはそう上手くいかなかった。
出発してすぐに、ミコトさんから待ったを掛けられたのだ。
ミコトさんが言うには――
『今の更衣室は、浮き輪でパンパンなんじゃないかな?』
……その通りだった。
うっかりだ。僕としたことが、ついうっかりしていた。
そういえばオフシーズン中、更衣室には浮き輪がパンパンに詰め込まれているのだった。
加えてミコトさんから、『この距離ならダンジョンより村の方が近いと思うのだけど』なんてことを言われてしまい、結局更衣室ではなく村に向かうことになった。
そんなわけで、僕はいったんミコトさんを送還してから、一人でトボトボと自宅へ戻ってきた。
「ただいまー」
とりあえず台所へ行き、手洗いうがいを済ませてから、僕はナナさんの部屋へ向かう。
「ナナさーん。アレクだよー」
「ナナさんだよー」
「おう……」
扉をノックをしながら声を掛けると、なんともいえない返答があった。どんなノリだ。
「えぇと、今大丈夫かな?」
「大丈夫です。お入りください」
「失礼しまーす」
というわけで、中へ入ると――
「ずいぶんリラックスしているね……」
「いいじゃないですか、自分の部屋でくつろぐくらい」
「まぁ別に悪くはないけどね……」
肘枕っていうのかな? ナナさんはベッドの上で、肘を曲げて頭を手で支えるようにして寝そべっていた。
顔の前にはダンジョンメニューが開いており、空いた方の手でポチポチとダンジョンメニューをいじっている。
そりゃあ自分の部屋で、どんな格好で何をしていても文句はないけれど、仮にもマスターである僕を前にして、そのだらけっぷりはどうなのか。
「ところでマスター、このダンジョン名ですが――」
「あ、うん。気付いてくれた? ――『ダンジョンメニュー』」
僕が送ったメッセージに、ナナさんも気付いてくれたらしい。
さっそく僕もメニューを開き、ダンジョン名を確認すると――
『高尾山のてっぺんに宝箱置いていいかなハテナダンジョン』
「変わってないじゃないか……」
「ちょうど今さっき気付いたんですよ……」
そう言いながら、自分のメニューをポチポチといじるナナさん。――するとすぐにダンジョン名が『採用ダンジョン』に変わった。
どうやら無事に採用されたようだ。ありがとうナナさん。
「ありがとうナナさん」
「いえ、構いません。私も良い案だと思います」
うんうん。ナナさんも賛成か。じゃあ後で設置しておこう。
「それで、わざわざこのことで?」
「ああ、それとは別件。実はね、さっきユグドラシルさんからミコトさんの着替えを貰ったんだ」
「ほうほう。ついにやりましたねマスター。こっそりミコト様の服をゲットしましたか」
「う、うん……」
……なんだろう。その言い方だと、僕がこっそりミコトさんの服を盗んだかのような印象を覚えるのだけど?
『ついにやりましたね』って文言も、何やら意味深に聞こえる。気のせいだろうか?
「……まぁいいや。それで、できたらナナさんの部屋で着替えてもらったらどうかって思ったんだ」
「構いませんよ?」
「そう? ありがとう。じゃあちょっと呼ぶね――『召喚:ミコト』」
ナナさんが快諾してくれたので、さっそく僕が召喚の呪文を唱えると――
「――我が名はミコト。我を崇めよ。我を讃えよ」
「…………」
どうしたんだミコトさん……。
毎回登場時の台詞を変えてくるミコトさんだけど、その台詞はどうなんだろう。どことなく邪神っぽい台詞だ……。
「邪神っぽいですね」
「じゃっ!?」
ナナさんもナナさんで、そうもストレートに指摘するのはどうなのか。ミコトさんがショックを受けているじゃないか。
「由緒正しい女神様を、邪神なんて言うものじゃないよナナさん……」
「いや、いいんだアレク君……。確かに少し言葉のチョイスを間違えてしまったようだ……」
「それは……いえ、そうですか……」
「さておき、すまなかったねアレク君。わざわざ移動させてしまった」
「いえいえ、ではさっそくですが、着替えていただいても?」
「そうだね、そうしよう」
それじゃあ僕はいったん外に出ていようかな。
「着替え終わったら呼んでいただけますか?」
「うん。悪いね」
「いえいえ」
「のぞかないでくださいよマスター?」
「当然だとも」
そういうのはよくないんだ。それはラッキースケベではなくて、よくないことなんだ。僕は紳士だから、当然そんなことはしない。
……そんなことよりもだね、いい加減ナナさんは、ベッドで肘枕ポーズをやめたらどうなのか。女神様の御前だよ?
◇
「いいですよー?」
「失礼しまーす」
着替えが終わったようなので、僕は再びナナさんの部屋へ入室した。
するとそこには、村娘風の格好をしたミコトさんが――
「どうかな、アレク君」
「はい」
えっと、その……なんて答えたらいいんだ?
やはりユグドラシルさんは、ちゃんと普通の着替えを用意してくれたようだ。ミコトさんが着ているのは、なんの変哲もない村娘風の衣装である。
そんな格好をしているミコトさんに対して、『よくお似合いです』と伝えるのはどうなのか。
それは少し微妙じゃないか? なんの変哲のない村人の格好を『似合っている』などと言われたら、むしろあんまり嬉しくないんじゃないか?
「……えぇと、いつもの衣装も良いですが、今の格好も新鮮で良いですね」
「そうかな? うん、ありがとうアレク君」
よしよし、良い感じでコメントできたと思う。満点に近いコメントだったんじゃなかろうか。
「…………」
「何よナナさん」
「いえ、別に」
なんだというのだ。
とりあえず本心ではある。いつもの巫女ミコトさんも良いと思うし、村娘ミコトさんも新鮮で良いと思う。
「とにかくさ、これでようやく着替えが無事完了したね」
「そうですねぇ。確かに着替えは一応無事に終わりましたが……」
「うん? どうかした?」
「いえ、まさかミコト様の下着――」
「な、ナナさん!」
何かを言いかけたナナさんを、ミコトさんが慌てて止めた。
……えっと、なんだろう。ミコトさんの下着がどうしたというのだろう。気になる。正直とても気になる。
しかしここで『ミコトさんの下着がどうしたの!?』と尋ねるのは、どう考えても悪手だろう……。
「失礼しました。ミコト様的に触れられたくない話題のようなので、やめておきましょう」
「……うん」
なんだか謎のままで終わってしまいそうだ。いったい何があったんだろう……。
「さて、それではこれからミコト様に村案内ですか?」
「そうね。そうなんだけど……ちょっとナナさんに協力してほしいことがあるんだ」
「はい? 私ですか? いえ、もちろん私にできることがあるなら協力しますが」
「ありがとうナナさん。ではまず当初の予定通り、ミコトさんはユグドラシルさんの友人だと紹介しようと思う。――それに加えて、ナナさんの友人だとも紹介したいんだ」
一人でトボトボと家に向かって歩いている最中に考えていたことだ。その方が、いろいろと都合がいいと思ったのだ。
「ナナさんの古くからの友人だということにしておけば、ミコトさんが頻繁にこの村に現れてもおかしくはないでしょう?」
「なるほど、それは確かに」
「ナナさんもユグドラシルさんの旧友って設定だし、三人とも旧友だったって設定も、それほどおかしくはないかなと」
「なるほどなるほど」
そうしておけば、いろいろと都合がいいのだ。いろいろと。
「そんな感じでお願いしたいのですが、ミコトさんは大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。それは大丈夫だけど、古くからの友人か……。実際にはナナさんと会ってから二週間で、会うのも二回目なんだけど……気付かれたりしないだろうか?」
「……ふむ。お祖父様はともかく、お祖母様は鋭い方ですからね。生半可な演技では見抜かれてしまうかもしれません」
「そうか……」
あんまりプレッシャーをかけないであげてほしいな……。
というか、『父の方はどうとでもなる』みたいな言い方してない?
「それじゃあナナさん、手でも繋いで、仲良しだとアピールしながら登場してみようか?」
「はい? 手を? いえ、私は構いませんが……」
「うん。こんな感じで」
そう言って、手を繋ぐミコトさんとナナさん。
……なにこの状況。
「どうかな、アレク君?」
「はぁ」
どうかなって言われても……。
個人的には、なかなか良い画だと思う。ミコトさんは美人さんだし、ナナさんもなんだかんだ美人さんだ。
美人さん二人が仲良く手を繋いでいる姿ってのは、なかなか良い画だと思う。
……なんとなく、百合の花を連想する。
「気を付けてくださいミコト様。私達を見て、マスターがよからぬことを妄想しています」
「うん? よからぬこと?」
何を言うんだナナさん。おかしなことを言わないでくれ。余計なことを言うのはやめるんだ。
「いやらしい目で私達を見ています。お気を付けくださいミコトお姉様」
「お姉様?」
……むしろナナさんの方から、百合に寄せていってるじゃないか。
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