第261話 第二の召喚
「では、いきます」
「うむ」
ミコトさん以外の、もうひとつの召喚。
その召喚を見せるため、僕は地面に手をかざし、呪文を唱えた――
「『召喚:大ネズミ』」
「キー」
大ネズミが、地面からにゅっと出現した。
「大ネズミ……」
「はい。なんか召喚できるんですよね」
僕がルーレットで『召喚』スキル(+ミコト)を当てて、ディースさんとミコトさんがちょっと揉めて……それから僕は、『召喚』スキル(+ミコト)を取得できるという飲み物を渡された。
僕がそのジュースを飲むとすぐに――何やら閃きのようなものを感じた。
スキルアーツを新たに取得したときのような閃きだ。
その閃きによると――僕は大ネズミを召喚できるらしい。
「ちなみに、この大ネズミ君を召喚するのは二回目ですね。試しにやってみたら、天界でも無事に召喚できました」
「ほー」
「しかし大ネズミですか。なるほど、マスターらしいです」
「んー……」
僕らしいか……。まぁ大ネズミとは、これまでにいろいろあったからなぁ……。
「まぁそういうわけで、僕はミコトさんと大ネズミ君の召喚ができるようになったんだ」
「ずいぶん極端ですね……」
「そうだねぇ……」
女神様とネズミだしな……。
まぁ現段階でどっちが強いかというと、正直それは結構微妙な気が――
「アレク、モンスターじゃ」
「おや、またですか」
「また歩きキノコじゃな」
「またですか……」
キノコばっかだな今日は。
「それじゃあ今度こそサクッと――」
「……この大ネズミ君は、歩きキノコを倒せるのだろうか?」
……サクッと倒してしまおうとマジックバッグに手を突っ込んだところで、ミコトさんがそんなことを言い出した。
まぁ大ネズミ君もレベル1だろうし、やっぱりあんまり強くはないんだろうけど……。
というか、これでもし大ネズミ君が歩きキノコをあっさり倒してしまったら、ミコトさんのプライドを傷付けてしまう予感もするわけで……。
「えーと……どうかな大ネズミ君」
「キー」
「そっか」
大ネズミ君の返答に頷く僕。
「マスター、大ネズミ君はなんと?」
「いや、わかんないよ大ネズミ語なんて」
「……じゃあ紛らわしく会話っぽいことをしないでくださいよ」
「ごめん。だけど、なんか大ネズミ君から『ご命令とあれば』みたいなニュアンスが伝わってきた……ような気がする」
なんとなくそんな気がした。そんな雰囲気を感じた。
「ほうほう、大ネズミ君がそんなことを?」
「たぶん、なんとなくだけど」
「……というか大ネズミ君は、そんな口調なのですか?」
「それも適当だけどね……。とりあえずやる気もあるみたいだし、戦ってもらおうかな?」
そう思って大ネズミ君の方を見ると――
「キー」
「そうか。よし、行くんだ大ネズミ君。君に決めた」
「キー」
僕の言葉に応える大ネズミ君。『お任せあれ』と言っている……ような気がする。
……しかし悩ましいね。もちろん大ネズミ君には頑張ってほしいけれど、これで歩きキノコを圧倒しちゃったりなんかしたら、きっとミコトさんはしょんぼりするだろう。それも心苦しい。
上手いこと、いい感じの接戦を演じてくれんもんかな……。
僕がそんなことを考えていると、大ネズミ君がチラリとこちらを振り返り――
『善処します』
みたいなニュアンスが伝わってきた……ような気がする。
◇
大ネズミ君と歩きキノコのバトルも、なかなかの接戦だった。途中、危ういところもあった気がする。
これが実力通りなのか、あるいは僕の気持ちを汲んでくれて若干手加減した結果なのかはわからないけど、とりあえず大ネズミ君はよく頑張ってくれたと思う。
「お疲れ様、大ネズミ君」
「キー」
たぶん『勿体なきお言葉』と言っている。
「それじゃあ一旦大ネズミ君には帰ってもらおうかな」
無事に下界での初召喚を終えて、初戦闘も終えた大ネズミ君。とりあえず今日はこんなもんでいいだろう。
「あ、せっかくならこのキノコ食べる? さっきの戦闘って、つまりは大ネズミ君の初狩りだったわけでしょ? 初狩りで倒した獲物だし、よければ――」
「キー」
「あぁそうか。やっぱりモンスターだし、食事はしないのか」
「……マスターは、だいぶスムーズに大ネズミ君と会話をしていますね」
まぁなんとなくだけどね。実際大ネズミ君がなんと言っているのか正解はわからない。
もしかしたら全部僕の思い込みなのかもしれない。あるいは全部、『うるせぇ馬鹿野郎』って言っているのかもしれないんだ。
……うん。さすがにちょっとそれはイヤだな。
「じゃあ、今日はお疲れ様大ネズミ君。送か――」
「お待ち下さいマスター」
「うん?」
僕が大ネズミ君を送還しようとしたところで、ナナさんに止められた。
「どうしたのナナさん?」
「いつまでも『大ネズミ君』では、そこらの大ネズミと区別しづらいのでは?」
「そう?」
まぁ、そうかな。君付けすることで、案外区別できているような気もするけど、確かにちょっとわかりづらいか。
「というわけで、送還する前に大ネズミ君に名前を付けてあげましょう」
「そっか、名前か……。何がいいかな? 大ネズミ君は何がいい?」
「キー」
「『お任せします』だってさ」
さてさて、そうするとどうしたものか。せっかくなら良い名前を付けてあげたいところだけど。
「ナナさんはどう? 何か良い案は――」
「ミ◯キーで」
「ダメだよ」
言うと思ったわ。それはダメだって。
「では、ピカ◯ュウで」
「だからダメだってば」
「では、ト◯で」
「ト◯?」
「ト◯です。……ジ○リーでしたっけ?」
「え? あぁ、あれか。いや、どっちがどっちだったかな? 僕もわかんないや……。というか、それもたぶんダメだよ」
ナナさんが、ダメな名前ばかり挙げてくる。
どうにもナナさんは、前世の著作権を積極的に侵害しようとしてくるな……。
「他にないかな? どっかのネズミからパクったやつ以外の名前は、何かないのかな……?」
「では――ヘズラトで」
「ヘズラト……? 誰?」
「マスターを庇って、命を落とした人の名前です」
「え、何それ……」
……ナナさん曰く、僕を庇って死んだ人がいたらしい。その人の名前が、ヘズラトらしい。
いや、一体なんの話だ? 一体いつそんなドラマティックな出来事があったんだ……?
そんな事件もヘズラトって名前も、全く覚えがないんだけど……?
「えぇと、ミコトさんは何がいいと思いますか?」
わけがわからなすぎたので、ナナさんは一旦スルーしてミコトさんに話を振ってみると――
「私もヘズラトがいいと思う」
「えぇ……」
「志半ばで命を落とした、アレク君の親友ヘズラト。久しぶりに名前を聞いて、なんだか胸が熱くなった」
「…………」
ミコトさんもヘズラトを知っているらしい。というか、ヘズラトは僕の親友だったらしい……。
いやけど、僕はヘズラトなんて人を知らないんだけど……? 誰なんだヘズラト……。なんか怖くなってきた……。
「そうじゃなければ――トラウィスティアなんて名前もいいかもしれない」
「えっと……それは?」
「アレク君が、命懸けで守った砦の名前だ」
「…………」
さっきからナナさんもミコトさんも何を言っているんだ。どこの世界線の話だ……。
というかその世界線の僕は、どんだけハードな人生を送っているんだ……。
「えぇと……ユグドラシルさんはどう思いますか?」
「ふむ」
「なんでもいいですよ?」
今度はユグドラシルさんに振ってみた。
よくわからないこの流れを、ユグドラシルさんに断ち切ってほしい。
「んー……。モモとか」
「モモ?」
「ココとか」
「ココ……」
なんだかえらく可愛らしい名前を出してきたな……。
すっぱりと流れを変えてくれたことには感謝するけど、大ネズミ君の名前にしては、ちょっと可愛すぎやしないだろうか?
やっぱり大ネズミ君は大ネズミなわけで、さすがにそれは……。
「なんじゃその顔は、お主はどうなのじゃ? お主も案を出せ」
「僕ですか? 僕は……うーん……」
何がいいかな? それじゃあ僕は、格好良い方面の名前を提案してみようか。
格好良い名前、格好良い名前となると……。
「フリードリッヒ……」
「ふむ」
「フリードリッヒ・ヴァインシュタイン……」
「む?」
「フリードリッヒ・ヴァインシュタイン二世」
「二世?」
ドイツで攻めてみた。ドイツの人名なら、大抵格好良い。
「ふむ。候補がそれぞれ出たが……結局どうするのじゃ?」
「うーん……」
どうしようか?
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