第26話 木工シリーズ第十弾
「よし、こんなもんだろう」
『木工』スキルを使ってみよう第十弾『竹とんぼ』が完成した。
ちなみに、第九弾は欠番だ。
実は、木で車の玩具を作ろうとしたんだけど――というか作り始めたんだけど、よく考えるとこの世界に車はなかった。
……そうなると、僕が作ろうとした車の玩具はいったいなんなのか? 馬車か? 馬のいない馬車か? 微妙だ……。
というわけで車の玩具は製作中止。第九弾は欠番になりました。
「あ、父。また新しい玩具を作ったんだ」
「えぇ……。またかい……?」
そこら辺にいた父に竹とんぼの完成を報告したが……なんだか父は警戒している。どうやら父は『セルジャン落とし』のせいで、僕の木工シリーズに不信感をもってしまったようだ。
まぁ今回は大丈夫だろう、普通の竹とんぼだ。別に先端に父の生首をあしらってもいない。
「それで、それはなんだい?」
「竹とんぼだよ」
「竹? 確かにとんぼの形に似ているけど……竹じゃないよね? 竹は用意していなかったと思うけど?」
「あわわわわわ。……う、うん。竹じゃないけど、この玩具の素材は竹の方が良さそうだなぁって……インスピレーションがそう言っているんだ」
「インスピレーション……」
インスピレーション万能説。
……焦った。そういえば竹じゃなかった。というか、この世界にも竹はあるのか、それなら木材として欲しいな。
「それで、これが第九弾かな?」
「うん? 第十弾だよ?」
「そうなのかい? 第九弾を僕は知らないな。確か……僕の首を落とす装置が第八弾だったろう?」
ただのダルマ落としを、そんな言い方しないでほしい、ギロチンか。
「第九弾は失敗して開発中止。それより、はいこれ」
僕は全長十五センチほどの竹製じゃない竹とんぼを渡す。
よくある木の棒にプロペラがついているだけの竹とんぼだ。手で擦り上げて空へ飛ばすタイプ。
「ずいぶん軽いね」
「頑張って薄くしたんだよ?」
軽くなきゃ飛ばないからね。全体の重量バランスや、プロペラ部分の角度もこだわって作った自信作だ。
……といっても完成したばかりだから、一度も飛ばしたことはないんだけど。
そもそも自宅謹慎中の僕は、外で竹とんぼを飛ばすことはできない。
実は謹慎は明日までで、明日には謹慎解除なんだけど、せっかく完成したので早く飛ぶところを見てみたい。父にはテストパイロットになってもらおう。
ついでに僕の『木工』シリーズは楽しいものだと父にアピールだ。『セルジャン落とし』のお詫びも兼ねて、父には楽しんでもらおうじゃないか。
……いや、まぁ『セルジャン落とし』も元々は、父への暴言のお詫びだったはずなんだけどさ。
「実はこの竹とんぼ、外で遊ぶものなんだ。だけど僕は外に出れないからね、父にやってほしいんだ」
「それはいいけど……」
微妙に警戒しながら竹とんぼを見ている父を引っ張って、僕らは玄関へ向かった。
◇
「じゃあ僕はここで見ているから、よろしく」
「いや、何をどうしたらいいかわからないよ」
「あぁ、そうか。こう……両方の手のひらで棒を挟んで、おもいっきり擦りながら手を離す。それだけだよ?」
軽くエア竹とんぼをやってみせながら説明するが、実際にそれでどうなるかは説明しない。その方が竹とんぼが高く飛翔したときに、より感動があるはずだ。
「ふぅん……。じゃあ行ってくるね」
「よろしくー」
僕は玄関に留まり、外へ出る父を見送る。
さて、問題はちゃんと飛ぶかどうかだ。なにせ初フライトである。『木工』スキルで丁寧に仕上げたから、たぶん大丈夫だと思うけど……。
「じゃあいくよ?」
「お願いしまーす」
「えいっ――痛いっ!」
「え?」
父が驚いた声をあげて、何やら手を見ている。ぶつけたのだろうか?
「父? どうしたの?」
「アレク! 酷いじゃないか! なんなのこれ!?」
父は地面に落ちた竹とんぼを拾うと、小走りで玄関まで戻ってきて僕を問い詰めてきた。「ほらっ、ほらっ」と、ぶつかったらしい左手を僕に見せつけてくる。
……いや、なんともなってないですけど。というか、そりゃあ申し訳ないとは思うけど、仮にも『剣聖』なんて呼ばれている人が、手に竹とんぼが当たったくらいでそこまで取り乱さないでほしい……。
「おかしいな……?」
僕は父から返却された竹とんぼを手に取って見る。飛ばないならまだしも、そんな手にぶつかるようなことが……?
あ、逆に回しちゃったのかな? プロペラの揚力が上じゃなくて下に働いたのかも?
へー、竹とんぼって逆噴射で下に飛ぶんだね。アレだな? ダウンフォースってヤツだな?
「ごめん父。さっきとは反対方向に回してみてもらえる? そしたら大丈夫だから」
「えぇ……。本当に……?」
「うん」
しぶしぶ玄関から外に出る父。不安そうに竹とんぼを見ながら準備する。
『剣聖』が、そこまで竹とんぼに怯えないでほしい……。
「じゃあいくよ?」
「お願いしまーす」
「えいっ――わぁ!」
「おぉ!」
父が回転を与えた竹とんぼは、天高く舞い上がった。
……しかし、えらく飛んだな。三十メートルくらい? これはもう大成功じゃないか?
「おぉー……おぉぉ」
竹とんぼはぐんぐん上昇してから、ゆっくり地上へ戻ってきた。父は地面に落ちた竹とんぼを拾って戻ってくる。
「アレク、これは凄いね!」
「そうでしょうそうでしょう」
「もう一回やってみていいかい?」
「いいですとも」
『セルジャン落とし』と違って、父は竹とんぼを気に入ってくれたようだ。『セルジャン落とし』なんて、嫌々やっていたからね。
それでも胴体部分を全部弾くことに成功するまで付き合ってくれた父は優しいと思ったけど。
今度の竹とんぼは、純粋に楽しんでくれているようだ。楽しそうに竹とんぼを飛ばして、地面に落下する前に棒の部分を指でキャッチしている……何気に凄いな。
じゃあ僕は部屋に戻ろうかな。謹慎中の僕が玄関にいるのはあまりよろしくない。
もし母が見たら、抜け出そうとしている、もしくは抜け出して帰ってきたところか――なんて疑いをかけられてしまうかもしれない。李下に冠を正さずだ、中へ戻ろう。せっかく明日で釈放なんだし、ここで刑期が伸びるのは御免こうむる。
父は……なんだか楽しそうだな。邪魔をするのも悪い、そっと僕だけ戻ろう。
◇
自分の部屋へ戻ってきた。部屋の隅には母の人形が四体と、『セルジャン落とし』が並んでいる。父、ハーレムだな。
「それにしても、二週間でいろいろ作ったな」
両親の人形や、ついでに作った自作のおもちゃ箱、そこに詰められた玩具を見ながら僕はつぶやく。
そういえば、この箱はナンバリングしていなかったな……じゃあ第十一弾『おもちゃ箱』で。
木工シリーズは人にあげてしまった物もいくつかあるから、作ったことがある物は、後で全種類揃え直そうか?
「明日からは、『火魔法』や『弓』もやりたいな」
『木工』スキルは理解できた。もちろんこれからも継続的にスキルを伸ばしていくつもりだけど、他のスキルにも触れたい。
所持スキルを確認したものの、それからすぐに謹慎生活へ突入してしまったため、『火魔法』も『弓』も実践することはできなかった。どうやったって自宅でできるものじゃない。
「父に教えてくれるよう、お願いしよ――」
「アレク! ひどいじゃないか!」
「へ?」
父のことを考えていたら、その父が僕の部屋へ勢いよく飛び込んできた。そしてその勢いのまま、父は僕を糾弾し始める。なんだ、どうした?
「え、どうしたの?」
「なんで一人で戻っちゃうの!?」
「いや……楽しそうだったから」
なんで怒って――あぁ、そうか……。
他の誰かに見られたとき、二人でいたら『息子の竹とんぼ遊びに付き合っているお父さん』だったのが、僕がいなくなると『野外で一人、竹とんぼ遊びしているおっさん』になってしまうのか。……だいぶ差があるな。
まぁ実際には父はおっさんに見えないし、他の人に見られたとしても、みんな竹とんぼを知らないから――って、それはそれで問題か。『剣聖さん、一人でおかしなことをしている……』と、なってしまう。
どうにも父と木工シリーズは相性が悪いな……。まぁ、大体の原因は僕なんだろうけど……。
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