第246話 剣聖と賢者と剣聖と賢者の息子3
ジスレアさんとの楽しい修行を終えて、僕は自宅へ帰ってきた。
「ただいまー……あれ?」
リビングに戻ると、そこでお酒を飲んでいたはずの父はおらず、代わりに母がいた。
「おかえりなさいアレク」
「ただいま母さん」
ギターを抱えた母が、ぽろんぽろんとギターを弾きながら僕を出迎えてくれた。
「明日――」
「ん?」
「明日、発表会をしましょう」
「発表会?」
えぇと、あれかな? ダンジョンの1-1でギターの発表会をしようとか言っていた、あれかな?
――って、明日なの? ずいぶん急だね……。
「大丈夫かな……」
「大丈夫よ。アレクもナッちゃんも、もうずいぶん上達したわ」
「そっか……。うん。わかったよ母さん」
確かにそろそろいい頃合いなのかもしれない。なんだかんだで、ギターもそこそこ長い期間練習を続けてきた。
そりゃあ剣ほどじゃないけど、結構な努力を積み重ねてきたわけで――
「あ、そういえば母さん、父はどうしたの?」
僕の『剣』スキル取得を喜び、ここで祝杯を上げていたはずの父は何処へ?
「部屋で寝てるわ」
「そうなんだ?」
「何故かここで酔いつぶれていたから、ベッドに置いてきたわ」
「あー……」
酔いつぶれて寝てしまったのか……。
帰ってきたら、ちょっと陽気になった父を見られるかと思ったのだけど……。
「えぇと、実はね母さん、『剣』スキルを取得できたんだ」
「『剣』スキル?」
「うん。今日鑑定してもらったら、『剣』スキルが載っていたんだ」
「そう。そうなのね」
母は抱えていたギターを置き、立ち上がって僕の側へ寄り、頭を撫でてくれた。
「頑張ったわねアレク。おめでとう」
「ありがとう母さん」
とは言ったものの、さすがに少し恥ずかしいな。
僕ももう十五歳だし、母親に頭を撫でられて喜ぶ年齢ではない――と思いつつも、褒められて撫でられて、やっぱりちょっと喜んでしまう僕がいる。
「それでね、そのことを父に知らせたら、お酒を飲むって」
「意味がよくわからないわ」
「あ、うん。嬉しいからお祝いだって」
「ああ、それでなのね。じゃあ私も飲もうかしら」
「え? あぁ、うん。別に僕は構わないけど……」
母も飲むのか。
何? この家では良いことがあるとお酒を飲むの? そんな風習があるの?
……いやまぁ、結構ありがちな風習な気もするけど。
「アレクはダメよ? アレクはまだ十五歳だから」
「うん。別に僕は飲まないよ……」
「それじゃあ私は、ナッちゃんとお酒を――」
「いや、ナナさんも飲まないから」
ナナさん三歳だから……。
「そう? あぁ、そういえばナッちゃんが飲んでいるところは見たことがないわね」
「そうね」
まぁ普通の三歳とは違うし、飲んでもたぶん大丈夫だとは思うんだけどね。
とはいえ、一応ルールは守ろう。お酒は二十歳になってから。
「それより母さん。母さんにちょっと相談があるんだ」
「何かしら? 今日の夕食はボアよ?」
「……別に夕食の相談をしたいわけでもないんだ」
我が母ながら、この人は本当に掴みどころがない。会話のペースを全然握らせてくれない……。
「夕食のことじゃなくて――あ、そういえばダンジョンで魚を釣ってきたよ?」
「じゃあそれも焼きましょう」
「わーい。……いや、うん。魚はいいんだけどね、そうじゃないんだ母さん」
思わず喜んでしまったが、そうじゃない。そうじゃないんだ。
「何かしら?」
「魔法をね、覚えたいんだ」
「魔法?」
魔法だ。僕は新しい魔法スキルを覚えたい。
鑑定後に考えていたことだけど――今回『剣』スキルを手に入れたことで、僕はどうにか『剣聖の息子』としての面子を保つことができた。
次は『賢者の息子』だ。『賢者の息子』としての面子も保ちたい。
そういうわけで、僕は新しい魔法スキルを覚えたいんだ。
「前に母さんも言っていたよね? エルフなら『火魔法』を鍛えるよりも、他の属性魔法を覚えた方がいいって」
「そうね」
「だからね、他の属性魔法を母さんに教えてもらいたいんだ」
……といっても、せっかく所持しているのだし、『火魔法』は『火魔法』で引き続き練習するつもりだ。
これからもダンジョンに寄ったときは、ミニコンロで火を炊いていこうと思う。
それとは別に、魔法スキルをひとつ増やしたい。やはり賢者の息子ならば、ふたつくらいは魔法をもっておかねば。
「もちろんいいわよ? アレクはどの属性魔法を覚えたいの?」
「どの? うーん……それも含めて相談したいんだけど」
「とりあえず四大属性全部いきましょうか?」
「えぇ……」
いや、とりあえずで全部を勧められても……。
とりあえず一個。一個だけでいい。
となると、土と風と水のうちどれかだ。どれがいいかといえば――
「やっぱり水かな」
「水?」
「『水魔法』スキルがいいかな。母さんやナナさんが使っているのをよく見るけど、すごく便利そうだし」
『水魔法』スキルは、母やナナさん、ディアナちゃんが所持している。
日常でも戦闘でも使えて、とても便利そうだと前々から思っていた。
「みんなとかぶっちゃうのは少し微妙な気もするけど……」
まぁそうは言っても『土魔法』はレリーナちゃんが使うし、『風魔法』はジェレッド君とディアナちゃんが所持している。
ジェレッド君は魔法をほとんど使わないけど、ディアナちゃんは『水魔法』に加えて『風魔法』も所持しており、よく使用している。
そうなると、結局はどの属性魔法でも誰かとかぶってしまうわけだ。
「だけどそれは、アレクが魔法を覚える上で有利に働くわ」
「ん? そうなの?」
「それだけ近くで頻繁に『水魔法』を見て学んでいるということだもの」
「へー」
そうなのか。それだけでも学んでいることになるのか。
「それで、具体的にはどうやって訓練すればいいのかな?」
さすがに他人の魔法を見ているだけってことはないだろう。
具体的に、僕はどんな修行を積めば『水魔法』を覚えられるのか。
「そうね……少し待っていて」
そう言うと、母は立ち上がり台所へ向かい――水を入れたコップを持って戻ってきた。
「それじゃあアレク。このコップに指を入れて?」
「ん?」
「指」
「こう?」
とりあえず指示に従い、テーブルに置かれたコップに指を入れた。
「それだけでも、『水魔法』の訓練になるわ」
「え、これだけでも?」
水に指をつけただけでも訓練なのか。ずいぶん楽な訓練だな……。
「とはいえ、それだけで『水魔法』を取得しようとしたら、何百年もかかるわね」
コップの水に指をつけ続けて何百年か……。楽な訓練かと思ったけど、とんでもない苦行だなそれは……。
「他の魔法もそんな感じね、たとえば外で土をいじっていれば、それだけで『土魔法』の訓練になるわ」
「へー」
「スキルの取得までは何百年もかかるでしょうけど」
何百年も泥団子を作り続ければ、それだけで『土魔法』を覚えられるのか……。
まぁその前に、泥団子スキルを覚えられそうだけど……。
「さすがに何百年も待っていられないわね」
「うん、まぁさすがに」
「もうちょっと効果的な訓練をするわ。コップの水に、魔力を流すの」
「水に魔力?」
「アレクは『火魔法』を使うとき、火をイメージしてそこへ魔力を流すでしょう? やっていることは同じね。実際の水に魔力を注ぐの」
イメージした炎に魔力を流す――僕が一番最初に母から習った魔法の使い方だ。
どうやらスキル習得までの訓練では、イメージではなく実際の水を用いるらしい。
「アレクは魔力操作が上手だし、すぐできるようになると思うわ」
「そうかな? そうだといいな。じゃあ、ちょっとやってみるね?」
小さい頃からやっていた魔力操作。すっかり癖になっていて、今でも暇なときはぐるぐる体の中で魔力を回している僕だけど……。
そうか、いよいよこの経験の真価を発揮するときがきたのか――
◇
「できないんですが……?」
もう三十分くらい頑張っているけど、できそうにない……。指もふやふやになってしまった……。
そりゃあ指に触れている部分くらいなら魔力を流すことはできる。しかしコップの水すべてとなると、とてもとても……。
「最初はそんなものでしょう。見た感じ、悪くはないわ」
ぽろんぽろろんギターを爪弾きながら、母が励ましてくれた。
そうか、そんなもんか。いくら魔力操作に長けているとはいえ、いきなりは無理か……。
「練習を続ければ、そのうちできるようになるわ」
「なんだか先は長そうだね……」
「大丈夫よ。そうね、五年……いえ、四年でアレクに『水魔法』を覚えさせてみせるわ」
「四年……?」
ずいぶんとまた大きく出たな……。四年か、普通は二十年かかるというのに、四年とは……。
正直そんな母の期待に応えられる自信があんまりないのだけど……やれるだけやってみよう。
本当に四年で取得できたらすごいことだ。きっと母も喜んでくれるだろう。もしかしたら、父と同じくらい喜んでくれるかもしれない。
まぁ母が泣くところってのはあんまり想像できないけど……とりあえず頑張ろう。
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4月30日です。4月30日の土曜日が発売日ですよー(ΦωΦ)✧
というわけで↓の表紙画像から、書籍版の詳細等がチェックできるページに飛べます。
是非一度、ご覧いただければ幸いです(ノ*ФωФ)ノ




