第244話 修行パート
「ひどい目に遭った……。あんな恐ろしい物を玄関に置いておくのは、さすがにどうかと思う」
「僕もそう思うよアレク」
新型等身大リアル母人形のショックから立ち直ったジスレアさんを家に招いたところ、人形のモデルとなった母は家を留守にしており、居たのは父だけだった。
というわけで三人でお茶にしたのだけど――何故か二人揃って僕を非難し始めた。
「いやでも、出来は良いと思うんですよ……。すごくないですかあれ?」
「……よくできてるとは思う。私も最初、ミリアムが玄関に立っているのかと思った」
「ああ、一瞬勘違いしますよね」
「あの胸がなければ、挨拶していたかもしれない」
確かにそれだけのクオリティを誇っていると思う。胸の部分以外は、本物の母と瓜二つだ。
まぁ胸の部分は瓜二つどころか、西瓜二つほど差があるような気もするけど。
…………。
――今、相当上手いことを言ったんじゃないか?
瓜二つと西瓜二つ。どうかな? 上手くない? かなりレベル高めなジョークじゃない?
やべぇな。どうしよう、発表しようかな? いやけど、さすがにちょっと下品か? うーん……。
「ねぇアレク」
「西瓜が……うん? あ、ごめん父。どうしたの?」
「あれは、本当にあのまま玄関に置いておくのかい? このままだと、どんどん被害者が増えていくよ……?」
「被害者て」
「どこかにしまった方がいいんじゃないかな」
「えー?」
いや、僕としては構わないけどさ……。
「だけど母本人は気に入っていたから、たぶん来客があったら見せようとするよ?」
「あー……」
「それで母がいる目の前でどうにか笑いを堪えるよりも、玄関で見た方がまだマシだと思うんだ」
玄関でばったり新型等身大リアル母人形と出くわして、抱腹絶倒の極致に叩き落されたとしても、玄関ならば、まだ逃げ出すことができる……かもしれない。
そう考えたら、玄関に置くのがベストだと僕は考える。
「じゃあやっぱり玄関に置いた方がいいのかな……」
「きっとそうだよ。それに、そのうち慣れるって」
「慣れるかなぁ……」
いつかは慣れると思う。それがいつになるかはわからないけど、いつかはきっと。
残念ながら、今はまだ面白い。まだまだ全然面白い。母と母人形が並んだところとか、ちょっとやばい。
「あ、それでジスレアさんはどうしたんですか? 本物の母は今いないですけど」
「うん。ミリアムじゃなくて、アレクに会いに来た」
「おぅ……」
なんだかドキリとさせるようなことを言うジスレアさん。
ただまぁ、実はそんなに色っぽい話でもない。
最近ジスレアさんは、よくこうやって僕に会いに来るのだが――
「あれですか? 『修行』ですか?」
「うん。『修行』」
世界旅行のパートナーとなってくれたジスレアさんは、それ以降ちょくちょくやってきては、『修行』と称して僕をいろんなところへ連れ回すようになった。
まぁこの『修業』とやら、そもそもの始まりは僕の発言からである。
世界旅行に関して、僕はジスレアさんに――
『旅の出発は、もうちょっと待ってほしいです。もうちょっと鍛えてから出発したいです』
そう申し入れた。
レリーナちゃんが十五歳になるまで待たなければいけないという縛りがあったし、僕としてもチートルーレットを回してから出発したいという気持ちがあった。二十歳までに出発すればいいのだから、あと二回は回せる。できることなら、その後で出発したい。
そんな事情があり、僕はジスレアさんに『もうちょっと鍛えてから』と伝えたのだ。
その結果――ジスレアさんは僕を鍛えようとし始めた。
……わりと予想外の展開だ。
まぁ以前から僕とジスレアさんは散歩仲間だったので、その頃と大して変わらないといえば変わらないのだけど……。
「ジスレアさんもお忙しいでしょうに、いつもありがとうございます」
「大丈夫。アレクの旅が無事成功するよう、私も頑張る」
このようにジスレアさんは、僕の旅に対して非常に意欲的で、大変な熱意をもって取り組んでくれている。
そんなわけで森だったりダンジョンだったりと、最近は二人でちょこちょこ出掛けるようになった。
「それじゃあ行きましょうか。今日はどこへ向かいますか?」
「うーん。東か南か……」
東がルクミーヌ村方面。南がクレイス村方面となっている。
「あるいは北か」
――北。
これより北に、エルフの村はない。というよりも僕らが住むメイユ村が、エルフ界において最北端に位置する村だ。
メイユ村より北――つまりはエルフ界の北は、人界と魔界となっている。
エルフ界から北東が人界で、北西が魔界だ。
……よくよく考えると、メイユ村って結構アレな場所にあるよね。
もしも人族や魔族と仲が悪くて戦争状態だったりしたら、この村が最前線ってことになっちゃうし……。
「どこにしよう?」
「そうですねぇ……ダンジョン行きたいですね。2-1の森フィールド行きたいです」
「あ、うん。いいね」
「あと、久々に釣りでもしたい気分です。湖フィールドで釣りとか」
「それもいいね。あ、けど釣り竿が……」
「大丈夫です大丈夫です。それくらいお貸ししますよ」
「ありがとう。じゃあ、さっそく行こうか」
「はい」
というわけで今日の修行は――『森フィールドをのんびりと散策してから、湖フィールドで釣り』というプランに決定だ!
「……それは修行なの?」
「…………」
隣で話を聞いていた父が、何やら無粋なツッコミを入れてきた。
無粋! 無粋だよ父!
二人で『楽しみだねー』なんて喜んでいたのに、なんて無粋なツッコミをするのだ父よ!
……いやまぁ、もっともな意見ではあるかもしれない。確かにこれは、あんまり修行っぽくない。
「うん。父の言うこともわかるよ? けどさ、厳しくするばかりが修行じゃないと思うんだ。人を育てるには、厳しいだけじゃダメだと僕は思う」
「えぇと……それは、うん」
「そういうわけで、僕らは散歩と釣りに行ってきます」
「……うん、まぁいいんだけどね。じゃあ二人とも、気をつけて」
「はーい」
ではでは、さっそく出発しよう。
思えば、ついさっき教会から家に戻ってきたばかりの僕ではあるけど、すぐさま再出発――
「――あ」
「うん?」
そうだ、今日は教会へ鑑定に行ったんだ。そこで僕は、『剣』スキルの取得を確認したんだった。
そうだったそうだった。それを父に報告しようとしていたんだ。いろいろあって、すっかり忘れていた。
「父、父」
「ん? 何かな?」
「実は、父に報告があるんだ。とてもとても良い報告!」
「え? なんだろう? 『剣』スキルを取得したとかかな?」
「…………」
何故だ……。何故いきなり正解を当ててしまうのだ父よ……。
……いや、もしかしたら父的にそれが一番うれしいことで、一番望んでいた報告なのかもしれない。だから一番最初にポロッと出てきた言葉だったのかもしれない。
――とはいえだ、こういう場面で普通に正解しちゃダメだと思う。
なんかもう発表しづらい! サプライズ感がなくなってしまったと思う!
無粋だよ! 今日の父は、無粋だよ!
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