第226話 ジェレッド君は犠牲になったのだ……
「逃げよう、お兄ちゃん」
「えぇ……」
いきなりすごいことを言うなレリーナちゃん……。
今現在もジェレッド君が登った木は、ワイルドボアにどっかんどっかん体当たりされている最中だというのに、ジェレッド君を見捨てて逃げようというのか……。
「ワイルドボアは、まだ私達が敵う相手じゃないよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「だから仕方ないの」
「仕方ないの……?」
ジェレッド君は親友だし、仕方ないで済むジェレッド君じゃないんだけど……。
「たぶんジェレッド君も、仕方ないって思ってくれるはずだから」
「そりゃあジェレッド君なら、そんなことを思うのかもしれないけど……」
「私達の為なら、ジェレッド君は喜んで犠牲になるよ」
「いやいや……」
例えジェレッド君の気持ちがそうだったとしても、それは僕達側から言っちゃダメな台詞じゃない? 本人以外が言ったらダメな台詞じゃないかな?
「お願い。私はお兄ちゃんのことが心配なの……」
「レリーナちゃん……」
「これはもう仕方がないの。仕方のない犠牲なの……」
「犠牲……」
――以前僕は、親しい人が亡くなってしまった場合に備えて蘇生用の髪の毛を回収していた。家族と、家族以外五人の髪の毛だ。
家族外は五枠と決めたので、残念ながらジェレッド君は枠から漏れることになってしまった。
そのとき僕は――
『ジェレッド君は、犠牲になったのだ……』
なんて冗談を飛ばした記憶があるけれど……いやしかし、まさかこんなことになるとは。
親しい人物だけど髪の毛を保管していないジェレッド君が、ピンポイントで大ピンチに陥ってしまった。本当に犠牲になりかけてしまっている……。
この戦いを無事に切り抜けることが出来たら、ジェレッド君の髪も回収させてもらおうかな……。
髪の毛回収枠の増加を、ナナさんに願い出ようか……。
「あ、お兄ちゃん。あれ」
「え? あぁジェレッド君、気付いたかな?」
困った表情でワイルドボアを木の上から見下ろしていたジェレッド君だったけど、僕とレリーナちゃんに気が付いたようだ。驚いた表情でこちらを見ている。
「えぇと、とりあえず手を振っておこうか?」
「え……?」
ジェレッド君を勇気付けるため、笑顔で手をふる僕。
さすがにこの状況で手を振られても、笑顔で手を振り返すことはできないようだ。ジェレッド君は微妙な表情をしている。
ついでに隣のレリーナちゃんも微妙な表情をしている。
「うん? あれは……」
「たぶん、逃げろって意味だと思うけど」
「そうだよね……」
困った表情だったり驚いた表情だったり呆れた表情を見せていたジェレッド君が、今度は焦った表情で、こちらを追い払うような仕草を見せている。危険だから逃げろと僕達に伝えたいのだろう。
とはいえ、そんな自己犠牲の精神を見せられてしまったら、むしろ僕達としては逃げるわけにはいかな――
「逃げようお兄ちゃん」
「えぇ……」
「ジェレッド君もああ言ってるし、逃げようよお兄ちゃん」
「うーん……」
「逃げて生き延びて、ジェレッド君の分までふたりで精一杯生きようよ」
「勝手に殺さないであげて……。というかね、自分が大ピンチだっていうのに、ああまで僕達のことを気遣ってくれる親友を、見捨てることなんてできないよ」
ジェレッド君からはとても熱い友情を感じた。そんな大親友のジェレッド君を置いて逃げるなんて、僕にできるはずがない。
とりあえず大親友のジェレッド君には僕の意気込みを見せるために、握りこぶしを作ってアピールしておいた。
「――よし、決めた」
「逃げる?」
「いや、逃げないって……。ひとまずレリーナちゃんには頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「この辺りに『アースウォール』で壁を作ったり穴を掘ってほしいんだ」
ワイルドボアが簡単にこちらへ来られないように、『土魔法』でバリケードを作ってもらおう。
「それができたらレリーナちゃんは――村まで戻って、助けを呼んできてほしい」
「え……。お兄ちゃんは……?」
「僕はここに残って、ジェレッド君を見守っているから」
「なんで……! それは……確かにお兄ちゃんと一緒より、私ひとりの方が速いと思うけど……」
そんなことは言っていないし、考えてもいなかった。
……けどまぁそうか、確かにそうだね。
「じゃあレリーナちゃん、お願い」
「やだ! 絶対やだ!」
「レリーナちゃん……」
いや、これはもう決定だ。レリーナちゃんには、どうやっても納得してもらう。
ずいぶんと渋っているレリーナちゃんだけど、頑張って説得しよう。
まぁ、なんだかんだレリーナちゃんは僕が一生懸命お願いしたら聞いてくれる子だ。なんとかなるだろう。
◇
説得に三十分近くかかってしまった……。
想像以上にレリーナちゃんは頑なだった。
ワイルドボアがジェレッド君の木に突進する『どーんどーん』という音を聞きながら、三十分近くレリーナちゃんを説得することになってしまった……。
「じゃあ、私は村に戻るから……」
「うん。ありがとうレリーナちゃん。お願いね」
説得が終わり、レリーナちゃんがバリケードを設置し終わるまで三十分強。当然それだけの時間があれば、余裕をもって村まで往復できたことだろう。
ずいぶん時間を無駄に使った気もするけど、なんとかバリケードも完成したし、ジェレッド君も無事である。
ちなみにジェレッド君は、二回ほど木から木へ飛び移っていた。登っていた木がワイルドボアの突進で折られてしまったためである。
あれを見る限り、結構大丈夫そうだねジェレッド君。
「お兄ちゃん、絶対無事でいてね……?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「もしお兄ちゃんに何かあったら、私はあのイノシシを赦さない」
「う、うん……」
「ジェレッドも赦さない」
「ジェレッド君は赦してあげて……」
なんだか不穏なことを言いつつも、レリーナちゃんは村へ向かって全速力で移動を始めてくれた。
next chapter:『パラライズアロー』が完全に入ったのに……
書籍版2巻の発売日が、4月30日に変更となりました><
申し訳ありません。詳しくは活動報告にてm(_ _ )m




