第224話 光化学スモッグ注意報
『光るパラライズアロー』の試射を終えた僕は、ジェレッド君と一緒に森へ向かうことにした。
正直試し射ちした印象では、残念スキルアーツだとしか思えなかった。使う意味を見いだせなかった。
とはいえ、今回試したのは物言わぬ米俵相手だ。実際のモンスターに使ってみたら、何か違うかもしれない。ひょっとするともしかしたら。
「それじゃあ行こうかジェレッド君」
「そうだな」
「適当に森をぶらついて、大ネズミを探そう」
「大ネズミ?」
「やっぱりここは大ネズミだよね」
「いや、よくわかんねぇけど?」
ジェレッド君はよくわかんねぇらしいけど、こういった実験には大ネズミが適任だ。僕は毎回そうしている。
今回も大ネズミ君には、モルモットになってもらおう。
「では森へ――おや?」
訓練場を出発し、森へ向かおうとしたところ――誰かがこちらへ近付いてくるのが見えた。
「こんなところに誰かが来るのは珍しいね」
「そうだな。……あれ? っていうか、アレクの親父さんじゃないか?」
「ん? あ、本当だ。父だ」
よく見ると、こちらへ近付いてくるのは僕の父だった。
「どうしたんだろう? 父も訓練をしに来たのかな?」
「それはないだろ……」
まぁそうか。剣聖でもある父が、今さら米俵相手に剣を振り回すなんて――
いや、弓ならあるんじゃないか? 剣の訓練はないにしても、米俵相手に弓の訓練ってことなら案外ありえるんじゃないか?
久しぶりに弓でもやろうかと思って、訓練場に来たって可能性も……。
「やぁアレク、ジェレッド君」
「やぁ父」
「どうもっす」
話ができる距離まで父がやってきたので、三人で軽く挨拶をかわす。
「父も訓練?」
「え? 訓練?」
「違うの? というか、僕は父の弓が見てみたい」
「え、弓? 何? どうしたの急に」
父の反応からして、どうやら弓の訓練をしに来たわけではないのだろうか。
しかし、もう僕は父が弓を射つところを見たくなってしまっていた。
思えば僕は、父が弓を扱っているところを見たことがない。
どうなのだろう? 実は全然下手っぴなんてこともあるのだろうか? そう思うと、これはもう見ずにはいられない。
「父は今、弓を――いや、そもそも父は自前の弓ってもっているの?」
「もってないけど……」
「もってないんだ……」
エルフだというのに、弓すらないのか……。
すごいな父。どれだけ剣に傾倒しているんだ。さすがは剣聖といったところか。
「昔使っていた弓がどこかにあるかもしれないけど、ずっとしまいっぱなしだね」
「そっか……。じゃあ今回は僕の弓を貸すね?」
「えっと……」
未だ戸惑っている父に、僕は無理やり弓を押し付けた。
「ジェレッド君も、ちょっと見たいよね?」
「え? えぇと、まぁ」
「というわけで父。お願いします」
「えぇ……」
◇
「久しぶりで、なんだかちょっと緊張したね」
「そう……」
無理やり父に弓を射たせてみたけれど……父は普通に弓が上手かった。
別に残念がることもないんだけど、なんだか普通に上手かった。僕なんかより数段上の実力だった。
……もっとコミカルな父が見られるかと思ったのに。
「――って、そうじゃなくてねアレク」
「うん?」
「実はアレクに話があって捜していたんだ」
「あれ? そうなんだ」
それでわざわざ訓練場まで来たのか。
そんな父に対して、ついつい弓の訓練なんかさせてしまった。これは申し訳ない。
「というか、僕がここにいるってよくわかったね」
「あぁ、ローデットさんに聞いたんだ。アレクなら森か訓練場に向かったはずだって」
「へー」
「最初はジスレアさんのところへ行って、次にフルールさんのところへ行って――その次のローデットさんのところで、ようやくアレクの足取りがつかめたよ」
「うーん……」
父は僕を捜すとき、そんな感じで捜索するのか……。
こうして実際に発見されてしまったわけだし、何も言わないけどさ……。
「それでアレクに、あとジェレッド君にも聞いてほしいんだ」
「あ、俺もですか?」
「うん。二人にちょっと大事な話。実はね、どうも最近――森の瘴気が濃くなっているみたいなんだ」
「瘴気が……?」
森の瘴気が……濃くなっているだと?
なんだそれは。なんだか、これまでにないくらいシリアスなイベントの匂いがするんだが……?
「ね、ねぇ父……。森の瘴気が濃くなっているってことは、それはつまり――何かが復活するってことなのかな?」
「復活?」
「復活」
「何が?」
「え? わかんない。封印されていた何かが?」
「僕はアレクが何を言っているのかわからないよ……」
あれ? 違うのかな?
なんか凄いモンスターが復活間近で、それで森の瘴気が濃くなったとか、そういうイベントじゃないの?
「とにかく、これから一週間くらい瘴気が濃くなって、もう一週間で元に戻ると思うから」
「え……? なんだかずいぶんしっかりスケジュール管理された瘴気だね……」
「実際決まってるんだよね。五十年に一回、こんな感じで瘴気が濃くなるんだ」
「そうなんだ……」
「ずーっと前からそうらしいよ?」
父が『ずーっと前』なんて言うからには、相当昔から行われているイベントのようだ。
なんだろう、このイベント。ちょっとディースさんに聞いてみたい。聞いたら教えてくれるだろうか。
「えっと、今ももう瘴気が濃くなってるんですか? 正直俺は全然わかんないんですけど……」
「ジェレッド君が気付けないのも仕方ないよ。僕だってまだわからないくらいだし。もうちょっと濃くなったら気付けると思うんだけどね」
「え、そうなんですか? じゃあ、なんで……?」
「リザベルトさんが気付いたんだ。あの人はそういうのよくわかるから」
おー、レリーナママか。さすがだ。さすが忍びの者。さすがニンジャマスター。
「今はそのくらいのちょっとした変化だから森にも影響がないんだけど、もう少ししたら瘴気も濃くなって、モンスターが増えたり、進化したモンスターが出現するかもしれないんだ」
「おぅ……。それはまた……」
なんだかイヤな情報だなぁ……。ますますシリアスイベントっぽい雰囲気だ。
「そういうわけで、少なくともこれから二週間は村から外に出ないこと」
「そうなんだ……。瘴気が濃くなったから、家から出るなと……」
村長である父から――光化学スモッグ注意報っぽいのが発令されてしまった。
いやまぁ、光化学スモッグ注意報とか僕もよく知らないんだけどね。ただ、前世ではそんなのがあって、家に入りなさいって警報が鳴り響いたとか――
「いや、別に家から外に出てもいいけどね? 村の外に出ちゃダメなだけで」
「あ、そっか、ごめん。なんかごっちゃになって」
「ごっちゃに……? えぇと、とにかくそういうことだからアレクもジェレッド君も気を付けてね?」
「うん……」
「はい」
◇
光化学スモッグ注意報が発令された今、村長である父は忙しいらしく、僕等を置いてすぐにどこかへ行ってしまった。
置いていくんかい――と思ったりもしたが、まぁこの訓練場も村の中なわけで、問題はないらしい。
「なんか怖いねジェレッド君」
「そうか? それより『光るパラライズアロー』の実戦ができなくなっちまったな」
「え? あぁ、そういえばそうだね」
少なくとも二週間は森へ行けない。その間、大ネズミ君での実験もできないわけだ。
それにしても、ジェレッド君は全然怖がっていないな。なんともシリアスなイベントが始まったというのに、全く気にしていない。
僕的には『光るパラライズアロー』なんかよりも、光化学スモッグ注意報の方が断然気にかかるのだけど……。
「大丈夫か?」
「うーん。やっぱり僕は光化学スモッ――瘴気の話が気になって」
「アレクは心配性だな。大丈夫だって、今までに何度もあったことなんだろ? 問題ねぇよ」
「それはまぁ、そうかもしれないけど――」
「なんも起こらねぇって。心配するだけ無駄だって。気にすんな気にすんな、絶対大丈夫だから。危険な目になんか、絶対遭わないから」
「…………」
……大丈夫かな。
ジェレッド君が変なフラグを立て始めた気がするんだけど、大丈夫だろうか……。
ホラー映画で最初に死ぬ奴みたいなことを言い出したんだけど、本当に大丈夫だろうか……。
もしかしたらジェレッド君は、怖がる僕を元気づけようとしてくれたのかもしれない。
だけど僕としては、むしろもうジェレッド君のことが心配でしょうがない……。
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