第210話 無限ブーメランパンツ地獄
ビキニに続き、ブーメランパンツにもドン引きしているユグドラシルさんに対し、僕は釈明することにした。
「わかってはいるんです、これがちょっと過激な水着だということは……」
「それはちょっとどころではないじゃろ……」
僕が取り出したブーメランパンツを見て、明確な拒否反応を示すユグドラシルさん。
ブーメランパンツには触れたくもないのか、手に取ろうともしない。ずいぶんと嫌われてしまったものだ。
「一応僕なりに、いろいろと考えた結果なんですよ……」
「考え……?」
熟考に熟考を重ねた結果、エルフ界に水着を浸透させるには、ブーメランパンツを作ることがベスト――そういう結論に至った。
「ジェレッドパパさんやナナさんの意見では、ビキニは過激すぎます。着てくれる女性はあまりいないと思われます」
「ふむ」
「何故過激かといえば……見慣れていないからだと思うんですよね。肌を大胆に露出している人を見慣れていないから」
「ふむ……」
「ですので、まずは見慣れてもらいましょう。大胆に肌を露出している男性陣を見てもらい、『あぁ、水辺では別におかしいことではないのね』――そういう認識をもってもらおうかと」
「ふむ……んん?」
以上の理由から、僕はブーメランパンツを作ることを決めたのだ。
「うーむ……。わかるようなわからんような……」
「どうですかね? ダメですかね?」
「確かにその水着を着けた男が大量に現れたら、認識が変わるやもしれんが……」
「そうですね、4-1にこの水着を穿いた男性がたくさん現れたら――」
……地獄絵図だな。
いろんな認識が変わりそうだ。
けどまぁエルフってみんな美形だし、案外綺麗な画になったりするのかね……。
「ふーむ。それで、その男性用水着――」
「ブーメランパンツです」
「ん?」
「ブーメランみたいな形をしているので、ブーメランパンツという名前が付いています」
「…………」
ユグドラシルさんは、何かとても微妙な顔をしている。
「それで、その男性用水着じゃが」
「……はい」
ユグドラシルさんは、ブーメランパンツの名称をあまりお気に召してはくれなかったようだ。
「着けるのじゃな?」
「はい?」
「お主もその水着を着けるのじゃろ?」
「え、僕も? えっと、その……」
……正直、僕自身が着けることは想定していなかった。
父辺りに穿いてもらおうかと思っていた……。ほら、父とか剣聖だし村長だし、宣伝効果ありそうだし……。
「えぇと、僕はあんまり……。水着のサイズが、ちょっと僕には合いませんし」
「サイズ……」
「あ! 違いますよ!? そういうサイズじゃないですよ!?」
「そんなことは聞いとらん!」
「す、すみません……」
なんだか、とても下品な会話になってしまった……。
こういうのは僕の芸風じゃないのに……。
「じゃが、それが男性用水着なのじゃろ? では、お主もそういった水着を着けるしかないじゃろうが」
「あ、いえ、一応自分用の水着も作ったんですよね」
「うん?」
さっきの品がない会話を誤魔化すように、僕はいそいそとマジックバッグの元へ進み、自分用の水着を取り出す。
「これが僕用の水着です。サーフパンツだっけかな? 確かそんな名前の」
「サーフパンツ?」
「あ、どうぞ。まだ穿いたこともないので綺麗です」
「うむ」
ブーメランパンツはユグドラシルさん的にNGなようだが、サーフパンツの方は触れても大丈夫なようだ。手を伸ばしてきたので、その手にサーフパンツを渡す。
「これは、案外普通の見た目じゃな」
「そうですね」
見た目は普通の膝丈ハーフパンツと変わらないからね。
ビキニやブーメランパンツと違って、ぴっちり肌にフィットするような水着でもないし。
「――全員これでいいじゃろ」
「はい?」
「とりあえず男も女も、全員下はこれでいいじゃろ」
「え……?」
まぁ確かにサーフパンツなら、女性陣もそこまで拒否反応は出ないはずだ。
だからまぁいいんだけど……。いいんだけども、全員これか……。
「うむ。そうしよう」
「えっと……」
「水着は基本的にサーフパンツ。これでいく」
「……はい」
神様にそう決められてしまったら仕方ない。
下はサーフパンツで、上もまぁラッシュガード的な物を作ろうか、肌の露出や体のラインもあんまり出ないやつ。女性用水着もそんな感じでいいだろう。
別に僕はスケベじゃないから、それで構わない。あぁそうさ、構わないんだ。構わないとも。
「それにしても、全部緑じゃな」
「そうなんですよね」
ビキニもブーメランパンツもサーフパンツも、全部緑色だったりする。
「というか、これはあれじゃな? トードじゃな」
「お、さすがユグドラシルさん。ご明察の通りです」
水着の素材は、トードというカエル型モンスターの皮だ。水着には伸縮性が必要なので、伸び縮みしそうなトードの皮を使ってみた。
それにカエルとか泳ぐし、カエルの皮は水着に向いてるだろう。たぶん。
「トードの皮なので、全部緑になっちゃいました」
「全部緑か……」
「あ、けど安心してください。もう少ししたら、バリエーション豊かなカラーやデザインを選べるはずです」
「うん?」
さすがに全員緑色の水着では楽しくないだろう。対策はしっかりと考えてある。
「『世界樹様の迷宮』2-2エリアに出現するトード。こいつの設定を、ちょっといじろうかと思います」
「ふむ」
「綺麗な色や模様のトードが、ランダムで出現するように変更します。いわゆる『カラートード』ってやつですね」
「いわゆると言われても……カラートード?」
カラーひよこならぬカラートードだ。そんなトードをダンジョンに放つつもりである。
「そのカラートードを倒すと、倒したトードと同じ柄の皮がドロップするように設定しようかと」
「……ふむ。その皮を拾ってきて、水着を作るわけか」
「そうなります」
ある意味ガチャだな。カラートードガチャ。
もしかしたら、好みの柄が出るまで粘る人もいるかもしれない。
そんな人のために、いろんな柄を作って放出しよう。定期的に新色を追加してもいいかもしれない。
「まぁ、まずは水着というものを知ってもらって、受け入れてもらうところからですけどね」
「そうじゃなぁ」
「もうすぐ子供エルフにも4-1エリアが開放されるそうなので、そしたら僕自身が水着を着用して、アピールしようかと思います」
ルクミーヌ村の美人村長さんが、もうすぐエリアを開放できるはずだと言っていた。
そうしたら、そこで初めて水着というものを披露することになる。僕自身がモデルとなって、世界に水着を初披露するんだ。
ちょっと恥ずかしいけど頑張ろう。ペンギンだ。ファーストペンギンに僕はなるんだ。
「案外エルフは新し物好きじゃ、流行るかもしれんのう」
「ですね、そうだと嬉しいです」
「まずはトードの皮を求めて、多くのエルフが2-2へなだれ込むわけじゃな」
「それもまた嬉しいですねぇ」
願ってもないことだ。ダンジョンポイント的にも嬉しい。
それに、新エリア攻略へ向けて以前のエリアでアイテムを揃えるとか、なんだかRPGっぽくて楽しい。
「そして2-2で皮を手に入れて、自分の水着を作るわけじゃな」
「そうですね。ジェレッドパパさんが頑張って作ってくれるはずです」
「ジェレッドパパ?」
「はい」
「ジェレッドパパが作るのか?」
「そうですけど?」
ジェレパパのホムセンへ皮を持ち込めば、その皮で水着を作ってくれるはずだ。
「お主は作らんのか?」
「はい? 僕ですか? いえ、僕は皮の加工とか専門外ですし」
「ジェレッドパパ一人で作るのか」
「たぶん、そうなるかと」
どうでもいいんだけど、世界樹様にまで『ジェレッドパパ』と呼ばれることに、ジェレッドパパは何を思うのだろう……。
神様からパパ呼ばわり。どんな気持ちなんだろう……。
「下手したら、村中の人間が皮を店に持ち込む気がするのじゃが……?」
「あぁ、それは……かなり大変そうですね」
ひょっとすると、毎日毎日水着を作り続ける日々が待っているかもしれない。
無限に水着を作り続ける地獄――無限水着地獄が、待っているかもしれない……。
無限リバーシ地獄に続き、無限水着地獄……。しかも今度は一人でその地獄に挑まねばならぬとは……。
「そうなると……やはり水着はブーメランパンツにした方がよいのでしょうか?」
「なんでじゃ……」
「サーフパンツとか、作るのに結構手間がかかりますよ? ブーメランパンツの方が簡単ですし、布地も少ないです」
「わしとしては、布地が少ないのがイヤなのじゃが……。そんな物を穿いている奴等を、あまり見たくないのじゃが……」
「そう言われましても……」
サーフパンツは中にインナーが付いているので、作るのが結構大変なのだ。
隙間からいろいろと見えてしまわないように、肌に密着するインナーパンツと外側のハーフパンツの二重構造となっている。
それに比べたらブーメランパンツは楽だ。布地も少ないし。
サーフパンツを毎日作るよりも、ブーメランパンツを毎日作る方がジェレッドパパの負担も少ないのではないだろうか?
無限水着地獄よりも、無限ブーメランパンツ地獄の方が――
毎日毎日ブーメランパンツを作り続ける地獄か。
改めて言葉にすると、ひどい地獄だな……。
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