第205話 木工シリーズ第三十弾『ギター』
大槌初マラソンは、大方無事に終了した。
『インファーナル・ヘヴィレイン』がちょっと掠るという事故もあったけれど、概ね問題なく終了した。
その後はディアナちゃんをルクミーヌ村へ送り届け、それからメイユ村に帰還し、ジスレアさんの診療所で疲弊した体と心を癒やしてもらった。
そうして小一時間ほど癒やしてもらってから自宅に戻り、一日を終えた。いろいろと疲れる一日だったが、充実した一日だった気もする。
……まぁジスレアさんと楽しいひとときを過ごしたってだけで、大抵は充実した一日に感じてしまう僕だったりもするのだけど。
――さておき、明けて今日。
戦闘続きだった昨日とは一転、今日は穏やかでのんびりとした活動をしていた。
「こう?」
「そう」
「ふんふん。こうか。これは……かなり指が窮屈だね」
今僕はリビングにて、母からギターを習っている。
「ミリアム様、何か音に違和感が……」
「もう一回弾いてみて?」
「はい」
ナナさんも一緒だ。二人で一緒に母からギターを習っている。
そんなわけでいつものリビングは、どことなくギター教室めいた雰囲気を醸し出している。
そもそもの始まりは、僕が木でギターを作ったことがきっかけだ。
前世の記憶を頼りに、僕はアコースティックギターらしき物を作製してみた。それが、木工シリーズ第三十弾『ギター』である。
どうにかこうにかそれっぽい物を作り上げることには成功したが……残念ながら僕はギターが弾けない。前世でもそんな趣味はなかった。
とりあえず数回適当にジャカジャカとかき鳴らしてみたものの、どうしたらいいのかわからない。
なので僕は、そのままギターを部屋の棚に放り込んで放置することを決めた。
それがたぶん、三年ほど前のことだ。
そして、ずっと放置しっぱなしだったはずのギターは、いつの間にか部屋から消えていた。
そして、部屋から勝手にギターを持ち去ったと思われる母が、一人でギターの練習をしていた。
そして、いつの間にか母は、人に教えられるレベルまでギターが上達していた。
……別にいいんだけど、せめて一声掛けてから持っていってほしかった。
とはいえ、大したものではある。この世界にも似た弦楽器はあったのかもしれないけれど、ギターそのものはなかっただろう。
なのに母は、ギターを流暢に弾きこなして、曲を奏でるまでになっていた。
こうなると、もはや母はギターの始祖様だ。始祖様で開祖様で、ギターの生みの親だ。
一応作ったのは僕ってことになるんだろうけど、その称号は母に譲らざるを得ない。
というわけで、せっかくギターの始祖様が身近にいるのだから、僕は母にギターを教わってみることにしたのだ。
「ぐぬぬ、指が動かない」
「練習あるのみよ」
今日もこうして、僕は母からギターを習っている。
ちなみに僕が今使っているギターは、母が持っていった物とは別のギターだ。新しく二本目のギターを作成した。
「ミリアム様、やはり綺麗な音が出ません……」
「もう一回弾いてみて?」
「はい」
ナナさんは僕と母のギター練習風景を見て、自分もやりたいと言ってきた。なので一緒に母から習っている。
ちなみにナナさんが使っているギターも、僕が作ったものだ。
『木工』スキルを持っているナナさんは自分で作れると思うのだけど、『マスターの方が上手に作れるでしょうし』と言われてしまったのだ。
そう言われると、まぁ僕も悪い気はしない。
「どうにも難しいですね」
「そうだねぇ」
「なんだか音が汚い気がするのです。何故でしょう? ギターのせいでしょうか?」
「ちょっと」
作る前は、あんなにいじらしいことを言ってくれたというのに、まさかこんな裏切りをされるとは……。
「アレクもナッちゃんも良い感じよ? だんだん上達しているわ」
「うん」
「はい」
母もこう言ってくれているし、ちょっとずつ上達しているのだろう。地道に頑張ろう。
「もっと上達した日には、1-1で発表会をしましょう」
「1-1で発表会……」
発表会はまだしも、会場そこなんだ……。
母はダンジョンをなんだと思って……いや、僕が言うことじゃないか。どう考えても全部僕のせいだ。
「では、今日はここまでにしておきましょう」
「うん。ありがとう母さん」
「ありがとうございましたミリアム様」
今日のギター教室はここまでのようだ。
僕とナナさんは母にお礼を言ってから、教室を退出した。とりあえずギターを部屋に置いてこよう。
「発表会だそうですよマスター、緊張しますね」
「ちゃんと曲を弾けるようになるまで、まだまだ先は長そうだけどねぇ」
おそらく基本的なものだと思われるコードでさえ、満足に押さえることもできない現状だ。まだまだ先は長い。
まぁそれも別に悪いことでもないだろう。先は長そうだけど、僕の人生も長い。
こういう趣味は、いくつあってもいいはずだ。
「私としては、早く上達したいところです」
「そうなんだ?」
「早く上達して、社会への不平不満をギターの音色に乗せて叫びたいのです」
「…………」
……前に聞いた話だと、ナナさんはパンクロックが趣味らしい。
前世で僕は、広く浅く音楽を聴いてきた。いろんなジャンルの曲を聴いてきた。
そしてそんな僕の記憶をナナさんは受け継いでいる。ナナさん的には、パンクが特に好みなんだそうだ。
それでまぁ、パンクを弾きながら歌いたいらしい。パンクらしく社会やら体制だのを批判したいらしい。
「社会への不満かぁ……」
「叫びたいのです」
「うーん……」
だけどナナさんが住んでいるのはメイユ村でしょ? それで、メイユ村の村長は父なんだけど……。
ということはつまり……父への不満ってことになるんじゃないの?
さすがにそんなことを叫ぶのは、止めてあげてほしいんだけど……。
「まぁいいや。それよりナナさん、ちょっと話があるんだけど、僕の部屋に集合してくれるかな?」
「はい? それは構いませんが、話ですか?」
「うん。ちょっと」
今日はこれからナナさんと――例の会議をしようと思う。
「あぁなるほど、会議ですね?」
「お、さすがナナさん。よくわかったね」
「そりゃあわかりますとも。私とマスター、何年の付き合いだと思っているんですか」
……確かまだ二年くらいだよね? 付き合い自体はそんなに長いとは思わないんだけど……。
「つまりあれですね? あの会議ですね? ――マスターの低すぎる『素早さ』は、どうしたら向上するのかという会議ですね?」
「違う」
全然違う。
……確かにそれもどうにか改善したい事案ではあるが、そんな会議を開こうと思ったわけじゃない。
「では……マスターの『ヒカリゴケ』は、いったいどう活用したらいいのかという会議ですか?」
「違う」
それもちょっと悩んでいる事案ではあるけど……。
ちなみに昨日実験で木剣に生やしたヒカリゴケだが、ギター教室前の時点ではまだ光っていた。
もうちょっとで二十四時間経過だ。頑張れヒカリゴケ。
「では一体なんでしょう? マスターの女癖の悪さを直すための会議ですか?」
「違うってば。……というか、僕って女癖が悪いの?」
そんなことはないと思うんだけど……。
確かに女性関係で度々騒動が起こっている気がするけど、それは主にレリーナちゃんが起こしているだけで……。
「だとすると、マスターの――」
「やめて。もうやめてナナさん」
もうやめてほしい。なんだかさっきから、僕のちょっとダメな部分をディスられているだけな気がする。
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