第197話 リアルセルジャン落とし
いざ――リアルセルジャン落とし!
……なんて意気込んだのはいいものの、どうしたもんかな。
いきなり父に、ハンマーで殴りかかっていいのだろうか?
いきなり父の脳天目掛けて、ハンマーを振り下ろしていいのだろうか?
……ダメだよね。なんかダメな気がする。
『いきなり父の脳天目掛けて、ハンマーを振り下ろす』とか、なんかもう文面から狂気が溢れているし……。
「アレク? 来ていいよ?」
「うん……」
どうしよう。とりあえず脳天はやめとこうか?
そもそもセルジャン落としなんだから、やっぱり狙いは足元からかな?
……脛の辺りに、ハンマーを叩きつけてみようか?
それはそれで、とても痛そうだけど……。
「どうかした?」
「う、うん……」
まぁ実際には、僕が本気でハンマーを振るったところで父に当たることはないだろう。
剣でもそうだった。今まで父とは何度も稽古で剣を交えてきたが、僕の剣が父の体に触れることはなかった。
とはいえ……とはいえだ、さすがに躊躇ってしまう。
やはりこの重量感――両手にかかるアレクシスハンマー1号の重量感が、僕を躊躇わせる。
もしも万が一こいつが当たったら、果たして父はどうなってしまうのか……。
なにせ父の見た目は細身のイケメン。
普通に考えて、細身のイケメンを五キロのハンマーで思いっきりぶん殴ったら、大惨事は免れない。
……というか細身のイケメンだろうが筋骨隆々のハゲだろうが、五キロのハンマーでぶん殴ったら大怪我するイメージしか湧かない。
「父は……」
「うん?」
「これに当たっても大丈夫だよね……?」
「ん? うん。大丈夫だよ」
僕の問いかけに、平然と答える父。
この様子だと、本当に大丈夫なのかな? テクニックとスピードで躱すタイプで、実際に当たったら死んじゃう紙装甲――ってわけでもなさそう?
「あぁ、その大槌に叩かれたら僕が怪我をするんじゃないかって、アレクは心配しているんだね?」
「うん……。父は見た目も細いし」
「あんまり体が大きくならないんだよね……」
エルフだしなぁ……。
というかその言い方。もしかして気にしている部分だったりする? ひょっとして僕は、父のデリケートな部分に触れてしまった?
「心配してくれてありがとうアレク。けど大丈夫だよ?」
「そっか」
「なんなら――適当にどこか叩いてみる?」
「え?」
「お腹辺り、思いっきり叩いてみる? 僕は大丈夫だから」
「お腹の辺りを、思いっきり……?」
すごい提案をしてくるな……。
お腹の辺りを、思いっきりぶっ叩けと僕に言うのか……。
まぁ自信があるのだろう。僕に叩かれたくらいではビクともしない腹筋だという、そんな自信が。
……だがしかし、ひとつだけ気になることがある。
もしも僕の手元が狂ってしまったら、どうなるのだろう?
お腹ではなく――お腹のもうちょっと下辺りを思いっきり叩いてしまったら、どうなるのだろう……?
その部分をぶっ叩いても、大丈夫なのだろうか? 問題ないのだろうか? 父は耐えられるのだろうか?
というか、さすがの父でも怒るんじゃないか? いつも優しくて穏やかな父だけど、そんなことをしたらさすがにキレるんじゃないか……?
「アレク?」
「えぇと……それはいいや。とりあえず大丈夫そうってわかったから、それはやめておく」
「そっか……」
何故か父は少し残念そう。息子の僕に、強い父を見せたかったのだろうか。
とんでもない危機に瀕していたというのに、父は呑気だな……。
「じゃあ父、今度こそ本当にいくね?」
「うん」
「それじゃあ――お願いします」
父に最後の確認を取ってから、僕は改めてアレクシスハンマー1号を構える。
相変わらず大槌の構えなんてよくわからないけれど、とりあえず構え――振りかぶった。
さすがに頭を狙うのはやりづらい。狙いは肩口だ。
振り上げた大槌を、父の肩目掛けて振り下ろす。
「どっせーい!」
「うん」
「ぐぬ」
父はその場から動かず、冷静に大槌を横から剣で叩いた。
それだけで大槌の軌道はズレて、僕は地面を叩く結果になった。
ひとまず大槌を引き戻し、構え直す僕。
今度は横から振ってみることにした。
後ろに大槌を引いてから、思いっきり横殴りで、ぶん回す。
「てーい!」
「うん」
「ぐぬぬぬ」
父は体を後ろへ引き、大槌を躱した。
突然目標を失った僕は、大槌の勢いに引きずられるようにバランスを崩す。
僕は横に流れる体に力を入れ、なんとか体勢を立て直し、再び大槌を構え直した。
……なるほど。
今のやり取りで、ひとつわかったことがある。
――隙だらけだ。
ひとつひとつのモーションが大きいため、隙も大きい。というかもう隙しかない。
大槌を振りかぶったときも隙だし、大槌を外したときも隙で、大槌を改めて構え直すときも隙だ。
これはちょっと、運用していくのに苦労しそうだな……。もう少し隙をなくすか、外さないよう努力しないと……。
とりあえず、もうちょいいろいろ試してみよう――
「てーい!」
「うん」
「ぬん」
再び大槌を横に振り、父の足元を狙う――が、当然のように躱された。
そこで僕は、空振った大槌の勢いを殺さぬまま――一回転してみた。
一度父に背中を見せることになるが、これで再び父と正対できる!
……やってみて思ったけど、背中を見せている瞬間もまた、致命的な隙になっている気がする。
そんな気はしたが、とりあえず一回転した勢いのまま、再び大槌を横に振ってみる。
「てーい!」
「うん」
「ぬん」
やはり華麗に躱されてしまった。
仕方ないので、もう一回転してみる。
「てーい!」
「うん……」
「ぬん」
もう一回転。
「てーい!」
「う、うん……」
「ぬん」
なんだかグルグル回っていたら、だいぶ勢いが付いてきた。回転スピードが上がっている。
だがしかし、さすがに攻撃が単調すぎるせいか、大槌が父に当たる気配がない。
――ここらでちょっと、変化を加えてみよう。
回転しながらの横振りを、後ろへ下がって躱そうとする父に向かって――
くらえ――!
「どりゃあぁぁぁ!」
「うわ」
僕は大槌を握っていた両手を放し、思いっきり父にぶん投げてみた。
そんな僕の渾身のハンマースローだったけれど……残念ながら父には躱されてしまった。
声からすると、父もそこそこ驚いた様子だったけど……。
「今のはびっくりし――」
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
「あ、アレク?」
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
「アレク……」
とりあえず渾身のハンマースローを終えたので、力の限り叫んでみた。
「おぉぉぉ…………ふぅ」
「い、いったいどうしたのアレク……。なんだか投げ終わった後の方が、力強く叫んでいた気がするけど……」
「えっと、たぶんそういうものだと思うんだ」
前世の記憶だと、そうだった。
ハンマーを投げる人は、投げた後に全力で叫ぶんだ。理由は知らないけど、そんな姿をよく見た。
「というか、なんで投げちゃったの?」
「当たる気がしなかったから、最終手段で……」
「最終手段早くない?」
「もっとたくさん回した方がよかったかな?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
四回転してから投げたんだけど、もっと回すべきだったかな?
けど、なんとなく四回転くらいが適正な気もするんだよね。
「そもそも、投げちゃったらまずいよね? 当たればまだいいけど、投げて外しちゃった場合、アレクはどうするの?」
「そしたらまぁ……マジックバッグから急いで剣を取り出すとか?」
今はないけど、普段の戦闘ならマジックバッグを体に装着しているはずだ。
だからまぁ、ハンマースローをした後は、急いで剣を取り出せばなんとか……。
「剣を……? あぁ、それなら別にいいのかな……」
「いいんだ……」
僕が剣を使うってだけで、父的にはもう満足しているような気がする。
「だけど家の庭で投げるのはやめよう。危ないから」
「ごめんなさい」
「ずいぶん飛んでいったし……。あ、もしかしてミリアムの花壇に――!」
「あ、それは大丈夫。何もない方角に向かって投げたから」
「あれ? そうなんだ。なんだか結構余裕があったんだねアレク……」
一応投げる瞬間に、それだけは確認しておいた。
これで母の家庭菜園にハンマーを投げ込んでしまうとか、そんなミスを僕はしない。そんなベタなやつ、僕はやらない。
「だけどやっぱり危ないから、庭ではやめようね」
「ごめんなさい」
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