第195話 アレクシスハンマー1号
買ってきたばかりの大槌を見せたところ、何故か落ち込んだり照れたり、僕の肩にパンチをし始めたナナさん。
ずいぶんと情緒不安定な様子を見せていたけれど……時間の経過と共に、ようやく落ち着いてくれたようだ。
いやはや、それにしても――
「槌と土かぁ……」
「はい……」
どうやらナナさんは、僕が言った『槌』のことを『土』だと勘違いしていたらしい。
僕がチートルーレットで、『土スキル』を取得したのだと勘違いしてしまったそうだ。
そして今日も僕が、『戦闘用の土』を買ってくるつもりだと勘違いしていたという。
「戦闘用の土かぁ…………ふふ」
「……この!」
「いった!」
またしても、ナナさんに肩パンされてしまった……。
別にナナさんを笑ったわけでもなく、『戦闘用の土』ってワードがちょっと面白かっただけなんだけど……。
「えっと、ごめんナナさん。別にナナさんのことを笑ったわけじゃないんだ」
「いえ、私こそ申し訳ありませんでした……。ついカッとなって、マスターに二度も肩パンを……」
「いや、いいんだよナナさん」
まぁ痛いし、あんまりよくもないんだけど……。
とはいえ、今のは僕が悪い。かなりナーバスな状態になっているナナさんを前にして、さっきの言動は軽率すぎた。二度目の肩パンもやむなしだ。
ちなみにだが、一度目の肩パンは――
『私がこんなにも苦しんでいるというのに、薄らぼんやりとした顔でぼんやり相槌を打たれて、イラッとした』
――という理由だったそうだ。
むしろその理由に傷付く。僕はそんな顔をしていたのだろうか? ぼんやりって二回も言われたぞ。
「反省します。こうもポンポンとマスターに肩パンをしてしまったら――ディアナ様にも申し訳ありません」
「ディアナちゃん?」
「肩パンは、ディアナ様の専売特許だというのに」
「別にディアナちゃんも、専売特許にしているつもりはないと思うけどね……」
確かにポンポンと僕の肩をパンチしてくる子ではあるけど……。
「それはそうと、僕とナナさんは一ヶ月間もこんなすれ違いを続けていたんだね」
「そうですね。前々から、微妙な違和感を覚えてはいたのです。妙なすれ違いを感じてはいたのですが……」
「うん……」
確かに槌や『槌』スキルについてナナさんと会話していると、なんとなくボタンの掛け違いが起こっている雰囲気があった。
というか、ここ一ヶ月で何十回もそんな気がしていたというのに、何故途中で気付けなかったのか……。
「はぁ……」
「ナナさん、大丈夫?」
「ありがとうございます、大丈夫です。……ですが、もしかしたら私は、村中でとんでもない恥を晒してしまったかもしれません」
「そっか……」
「あーもー、最悪です。村の人達から変な女だと思われたかもしれません」
それは、前からな気もする……。
「黒歴史ですよ黒歴史。齢二歳にして、いきなり黒歴史を作ってしまいました。いろんな人に土のことを聞いて回って……ジェレパパさんにも聞いて……」
「あー、そうだねぇ……」
「……そういえば、レリパパさんにも聞いてしまいました」
「レリーナパパさん?」
「そうです。レリパパさんにも『戦闘用の土を出せ』と要求してしまいました」
「そうなんだ……」
まぁ『特殊な土』だと思っていたわけで、商人のレリーナパパにお願いするのはわかる気がする。
「もしかすると、そのうちレリパパさんが変な土を持ってくるかもしれません……」
「変な土を……」
ありえなくはない……。
レリーナパパはとても優秀な商人だから、どこからか不思議な土を探し出して、持ってきてくれるかもしれない。
「……少し興味が湧いてきましたね。レリパパさんは、いったいどんな土を調達してきてくれるのでしょう?」
「…………」
確かにちょっと気になるような……。
「いやいやいや。さすがにそれはレリーナパパさんに悪いよ。そんなあるかどうかもわからない物――しかも別に欲しくもない物を探させるなんて」
「そうですね……。レリパパさんにはしっかり謝って、土探しは中止してもらいましょう」
「それがいいよ」
「……しかしあれですね、私以外にも変な土を探している人がいたとわかったら、なんだか少し元気が出てきました」
「どんな元気の出し方だ……」
そもそも探させていたのはナナさんだしな。
「というわけで、マスター――」
「うん?」
「結局マスターが取得したのは『槌』スキル。ハンマーとかの『槌』スキルなわけですね?」
「うん、『槌』スキル。木槌とか金槌とかハンマーの扱いが上手くなるスキル。……あぁ、最初にこう説明をすればよかったね、ごめんねナナさん」
いかんせん名称が『槌』スキルだったため、毎回『槌』と言ってしまっていた。
一度でも『ハンマー』という単語を使っていれば、こんなことにはならなかった。ボタンの掛け違いも起こらず、ナナさんが齢二歳にして黒歴史を作ることもなかったのに……。
「いえ、いいのです。それで、買ってきたのがその槌ですか」
「そうそう。これがその大槌」
テーブルに置きっぱなしだった大槌を手に取り、僕はちょっぴり自慢げに掲げてみせた。
「それどころではなかったので突っ込めませんでしたが……その名前はどうしたのですか? 何やらマスターの名前が、大槌に彫られていますが……?」
「ジェレッドパパさんに彫ってもらったんだ。『名入れ』ってやつ」
「名入れ……財布とか、ボールペンとかのあれですか?」
「そうだね、そういうやつ」
僕がお店で大槌を購入した際、ジェレッドパパが名入れのサービスをしてくれると言うので、ついでにお願いしてみた。
「ずいぶん大きく彫ってもらいましたね……」
「せっかくだから」
せっかくだからヘッド部分の横っ面に、でかでかと『アレクシス』と刻印してもらった。
ジェレッドパパは『どんだけ自分の名前を主張してぇんだ……』と若干困惑しつつも、あっという間に彫り進め、僕の名前を格好良く刻印してくれた。さすがは村一番の鍛冶職人だ。
「なんというか、あれだね。自分だけのオリジナルハンマー?」
「はぁ……」
「とりあえずこの大槌は、『アレクシスハンマー1号』と名付けたよ」
「そうですか……」
ナナさんの反応が微妙だ。僕はわりと気に入っているんだけど。
……ただまぁ、僕も一つだけ気になることがある。一つだけ、失敗したと思ったことがある。
それは――横書きではなく、縦書きで大きく名前を刻んでもらったこと。
それだけは、失敗した気がする。
大きく縦書きで『アレクシス』と名が刻まれたハンマーのヘッド部分を見て――
『なんか、墓石みたい……』
――ふと、そんなことを思ってしまった。
まるでミニチュアサイズの墓石に、木の棒を横からぶっ刺したように見える……。
そんな不謹慎極まりないハンマーに見えてならない……。しかも墓石に刻まれた名前は僕のだし……。
だが、もうどうしようもない。もう彫ってしまったのだから、今更騒いだところでどうしようもない。
とはいえ、微妙に気になる……。
「ナナさんはどう思う?」
「どうと聞かれましても……。まぁマスターが喜んでいるのなら、それでいいと思います……」
「そっか」
どうにも奥歯に物が挟まった言い方をする……。
「とりあえず、名前が書かれているので落としても安心ですね」
「まぁそうだね」
「あと、マスターの本名が『アレク』ではなく『アレクシス』だと、久々に思い出しました」
「そうなんだ……」
みんなアレクとしか呼ばないからなぁ……。
「そういえばジェレッドパパさんも、僕の本名がアレクシスだって忘れていたよ」
「そうですか。……まぁ文句は言えませんね、特にジェレパパさんには」
「そうね……」
僕もジェレッドパパを、ジェレッドパパとしか呼ばないからなぁ……。
「まぁいいや。とりあえず明日からさっそくこれを使ってみようと思う」
「となると、ダンジョンの大ネズミ辺りで?」
「いや、いきなり実戦ってのも怖いし……最初は父に付き合ってもらおうかな」
「お祖父様相手に練習ですか?」
「うん」
僕と父が毎朝行っている剣術稽古。
そのときに、ちょこっとハンマー術稽古にも付き合ってもらおう。
「なるほど。明日、お祖父様と……」
「うん」
「明日お祖父様を――そのハンマーで殴るのですね」
「…………」
なんか言い方悪いな……。
非常に言い方が悪い。なんとなく、『犯行予告』って単語が頭をよぎる言い方だ……。
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