第193話 感慨深い大槌
「それで……坊主も戦闘用の土が見たいとか言い出すのか?」
「いえいえ、僕はナナさんみたいに無茶を言ったりはしませんよ。僕が見たかったのはこれです」
ジェレッドパパにそう伝え、僕は棚に飾られていた大槌をポンポンと叩いた。
確かにトゲトゲは付いていないが、これだって立派な戦闘用の大槌だ。
というか……むしろ立派すぎる。
柄の長さは大体一メートル。先端のヘッド部分は、直径が十五センチほどで幅が三十センチほど。そんな馬鹿でかい鉄製の大槌だ。
改めて見ると、フォルムが凶悪すぎる。何十キロあるんだこれは……。
ナナさんはこの大槌を見てもまだ、戦闘用としては足りないと感じたのだろうか……。
「それが見たかったのか?」
「そうです。売れちゃったのかと心配していたのですが、あってよかったです」
「売れるわけねぇだろそんなもん」
売っている張本人がそう言ってしまうのか……。
……まぁ、それも仕方ないか。
ナナさん以外はエルフしかいないこの村で、こんな武器を使用する人はいなかったのだろう。こんな大槌を必要とする人は、いなかったのだろう……。
つまり、誰もこの大槌を使うことはできなかったのだ――――今の今までは。
「フフフ……」
「なんだよ急に、気持ちわりぃな」
「あ、すみません」
なんだか、『今まで誰も使うことができなかった伝説の武器の封印を――この僕が解く!』みたいなシチュエーションに思えてきて、ついつい含み笑いが漏れてしまった。
突然笑い出したせいで、ジェレッドパパにも少し不審がられてしまったようだ。
だからといって、『気持ちわりぃな』はひどいと思うのだけど……。
「えぇと……じゃあとりあえず、ちょっと持たせてもらいますね?」
「は?」
「では失礼して――」
「おい、やめとけ。危ねぇぞ」
――あ、これまた興奮するシチュエーションっぽい。
なんとなくだけど、異世界転生っぽいシチュエーションな気がする。
周りのみんなが『無理に決まっている』『できるはずない』と囃し立てる中で、主人公である僕が軽々とやってのけてしまい、周囲が唖然とするんだ。
「フフフ……」
「だからなんなんだよ、気持ちわりぃな」
「あ、すみません」
憧れのシチュエーションを妄想してしまい、またもや含み笑いが漏れてしまった。
というか、『気持ちわりぃな』ってのを、やめてほしいんだけど……。
「では、いきます」
「だからやめろって」
ジェレッドパパの静止を振り切り、僕は大槌に手を伸ばした。
確かにジェレッドパパの心配もわかる。何十キロもある鉄製の大槌に、子供の僕が触れるのは危ない。
そもそも、普通に考えたら不可能だ。下手したら五十キロ以上あると思われる大槌を子供の僕が持ち上げるなんて、普通に考えたら無茶で無謀だ。
――だがしかし、僕には『槌』スキルがある。
どんな大槌だろうが、槌である以上補正がかかる。
ならばいける。ならば問題ない。いくら重量があろうが、僕ならきっとできる。
いざ――!
「よっと。……おや?」
あれ? 思ったよりきついぞ? もっと軽々持ち上げられるかと思ったんだけど……。
そんな軽い気持ちで大槌を片手で掴んだところ、軽々どころか、大槌はピクリとも動かなかった。
「おかしいな……」
「やめろって――」
「ぐぬっ! ぐぬぬ……」
「お、おい……」
今度は両手でがっしりと柄を掴み、足腰を入れて踏ん張る。
「ぬぬぬぬぬぬ……」
「いや、坊主……」
全身全霊で持ち上げようと力を込めるが――
「重い! 持てない!」
「そりゃそうだろ……」
◇
「『槌』スキルか。……いや、そうはいってもこいつは無理だろ」
「…………」
残念ながら、件の大槌を持ち上げることはできなかった。
いくら『槌』スキル補正があったところで、五十キロには勝てなかったようだ。
「もうちょい筋力値をつけるか、『槌』スキルを鍛えてからだろうな」
「そうですか。残念です……」
無念だ。できたらこの大槌を使いたかったのに……。
ずっと小さい頃から見てきた大槌。なんとなく感慨深い大槌。無事に伏線回収できた大槌――
できることならば、こいつを振り回してみたかった……。
「仕方ないですね。もっと鍛えてから再挑戦します」
「おう。そうしな」
「それまでに、売れないといいのですが」
「売れねぇだろ」
やっぱり売れないのか。……店主自身がそう断言してしまうのもどうかと思うけど。
「ちなみに、ジェレッドパパさんなら持てますか?」
「持てるぜ?」
「お、そうなんですか。それはすごいですね」
筋骨隆々のハゲでもマスクマンでもない、細身でイケメンなジェレッドパパだけど、しっかり持てるらしい。さすがだ。
「まぁ俺も『槌』スキルは持ってるしな」
「え、そうなんですか?」
「おう。俺も何かと槌は使うからなぁ。いつの間にか覚えてたわ」
「へー」
さすがジェレッドパパ。さすが村一番の鍛冶職人。
鍛冶に有用なスキルは、しっかり取得済みらしい。
「――あ、それじゃあもしかしてジェレッドパパさんは、戦闘で大槌を使うんですか?」
「戦闘? 戦闘じゃ使わねぇな。戦闘は弓だ」
「そうですか……」
せっかく『槌』スキルがあるのに、それでも弓なのか。
これだからエルフは……。エルフはこんなんばっかだ、遠距離からチクチクばっかだ。
「一応近付かれたときに備えて、小型の片手槌なんかの準備はあるけどな。大槌なんてもんは使わねぇよ」
「あー、なるほど。片手槌ですか……」
「坊主もそっちの方がいいんじゃねぇか?」
「うーん……」
片手槌。小さい片手槌か……。
「いえ、やっぱり大槌がいいです。小槌はちょっと……」
「なんでだよ」
なんというか、どうしても見た目がな……。トンカチ振り回している子供にしか見えなくない?
「そういうやつじゃなくて、戦闘用の槌が欲しいんですよ」
「なんだそりゃ? 小槌だろうが戦闘で使ったら戦闘用だろうが」
「まぁそうなんですけど……。せっかく槌を使うんですから、破壊力を求めたいところです」
「破壊力なぁ」
大きい槌で、思いっきりドーンといきたいのですよ。大ダメージを狙いたいのですよ。
「戦闘用の槌には、そんなロマンを求めたいのですよ」
「戦闘にそんなもん求めんな」
ごもっともだわ……。
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