第185話 土スキル
僕はナナさんと共にリビングへ向かい、家族で夕食を食べた。
夕食は、トードと野菜のスープだった。トードとは、カエルが魔物化したモンスターの名前だ。
つまり今日の夕食は――カエルスープ。
まぁ前世の僕なら、ゲテモノ料理だと騒いだのかもしれない。
だけど、もう今更だ。今まで散々食べてきた。カエルやらヘビやらネズミやら虫やら、たくさん食べてきた。
むしろ僕なんて、ゲテモノ料理を食べて大きくなったと言っても過言ではない。
なので今更カエルスープで驚いたりはしない。というか美味しいしね、カエル。
……とはいえだ、今日ばかりは、美味しいはずのカエルスープも満足に堪能することができない。
どうしても、ユグドラシルさんのことが気になる。
いったいいつユグドラシルさんがやってくるか? そして、僕はどれだけユグドラシルさんをがっかりさせてしまうのか? ――それが気になって、カエルに集中できない。
そんなわけで僕は、妙にそわそわしながら、もそもそと夕食を食べた。
そして落ち着かない夕食を終えると、僕はナナさんと一緒に自室に戻ってきた。
――ユグドラシルさんは、まだ来ない。
「とりあえずユグドラシルさんが来るまで、全裸待機でもしようか?」
「全裸待機は、待ち遠しい場面を期待してするものでは?」
「あれ? そうだっけ?」
じゃあ、この場面にはあんまり相応しくないか。さすがに待ち遠しい場面ではない。
「そもそも、なんで裸で待機するんだろう?」
「さぁ……? それよりもマスター」
「うん?」
「土スキルのことです」
「あぁ、うん」
夕食前は時間がなくて、詳しくナナさんに『槌』スキルのことを話せなかった。ひとまず『槌』スキルを手に入れたと伝えただけだ。
……まぁ、別に僕も『槌』スキルに詳しいわけではないので、それ以外に説明することもないのだけど。
「土スキルというからには、土を操る感じでしょうか?」
「そうだろうね」
「魔法とは違うのですか?」
「え……? いや、魔法ではないと思うけど……?」
「そうですか。しかし土を自由に操れるとすれば、かなり戦闘を有利に進められそうです」
「そうなのかな……?」
なにやらナナさんは、妙に『槌』スキルを評価しているようだ。正直僕は、かなり微妙だと思ったんだけど……。
「どうなんだろうね……。戦闘で上手に槌を操れるか、ちょっと僕は自信がないよ……」
「その辺りは練習するしかないと思いますが?」
「まぁ、そうだね」
「幸い土なんてものは、そこら中にありますしね」
「え?」
「え?」
……あるか? いや、そこら中にはないだろう。
例えばドワーフの村とかだったら、もしかしたらそこら中にあるのかもしれないけど……。
少なくともエルフの村には無い気がする。あるとしても、せいぜい家に数本って程度じゃないか?
「そこら中にあるの?」
「あるでしょう、そこら中に。土ばっかですよ」
「えぇ……? そうなの? いや、そりゃあ僕も自分用の槌を、いくつかもっているけど……」
「え?」
「え?」
なんで驚くんだ……? そこら中に槌があると言っているのに、僕が自分用の槌をもっているのはおかしいの……?
「なんだか、微妙に話が噛み合っていない気がするのですが……?」
「僕もそんな気がする……」
なんとなく、会話がちょっとズレている印象……。
僕とナナさんで、微妙なすれ違い――ちょっとしたボタンの掛け違いが起きている気がする……。
「確認なのですが、マスターは土スキルを取得したのですよね?」
「え? あ、うん。ルーレットで『槌』スキルを当てて、それから『槌』スキルのジュースを貰って飲んだんだ」
「ジュース? あぁ、そういえば『木工』スキルのときにも飲んでいましたね。あまり美味しくない謎のジュースを」
「そうだね。あのときも貰ったね」
レベル5のチートルーレットで『木工』スキルを引き当てたとき、僕はディースさんから謎ジュースを貰い、それによって『木工』スキルを取得した。
今回も同様に、『槌』スキルを取得できるという謎のジュースをディースさんから貰い、それでスキルを取得することになった。
「今回のは意外と美味しかったな」
「おや、そうなのですか?」
「うん。だけど……なんか土っぽい味がした」
「土っぽい味?」
『槌』スキルのジュースは、なんだか土っぽい味がした。
味自体は柑橘系の――レモンっぽい味なんだけど、なんとなく土っぽかった。
匂いかな? 匂いのせいで、そう感じたのかな?
理由はよくわからないけど、どことなく土っぽいレモンジュース。でも意外と美味しかった。そんな不思議なジュースだった。
「なるほど。やはり土スキルのジュースなので、土っぽい味だったのでしょうか?」
「……え? あぁ、上手いこと言うねナナさん」
『槌』と『土』を掛けたのか。なかなか洒落たことを言う。やるなナナさん。
というか、もしかしたらディースさんも同じことを考えて土っぽいジュースを作ったのかな?
「そこまで上手いことを言ったつもりはなかったのですが……」
「謙遜しなくてもいいのに」
「はぁ……」
僕が称賛を贈ると、なんだか少し困った顔を見せるナナさん。慎みがあるな、ナナさんは。
「えぇと……それで、これから練習していくおつもりなのですよね?」
「そうだね。せっかく取得したしね」
うまく扱えるかはわからないけど、せっかく当たったのだから使っていこう。ひょっとすると、何か面白いスキルアーツを手に入れられるかもしれないし。
「とりあえず……そうだな、やっぱり二週間後かな?」
「二週間後?」
「二週間後に教会で鑑定してもらうよ。そこで初めて『槌』スキルの取得を知ったことにする」
さすがに僕がいきなり槌をぶん回していたらおかしいだろう。
なので、『教会で鑑定したら、いつの間にか槌スキルを取得していた』――ということにする。その後で槌をぶん回すつもりだ。
そういうわけで、僕としてはすぐにでも教会で鑑定したいのだけど……なにせ教会へは今日行ってきたばかり。数時間前に行って、レベルアップを確認してきたばかりだ。
だとすると、時間を空けないとおかしい。やはりここは、普段通っているペース――二週間後に再鑑定ということになるだろう。
「二週間後に教会へ行って帰ってきたら……次はジェレッドパパさんのお店かな?」
「ホームセンターですか?」
「……それ、本人には言わないようにね?」
なんかそう言うと、ジェレッドパパは気分を害すると思う……。
まぁこの世界にホームセンターなんてものはないから、別に大丈夫ではあるんだけど……。
「とにかく、ジェレッドパパさんの雑貨屋で槌を買ってくるよ」
「『雑貨屋』も言わない方がいいと思いますが……。というか、わざわざ買うのですか?」
「え? うん」
「そこら辺の土を拾って使えばいいのでは?」
「そこら辺の槌を拾う……?」
あぁ、まただ……。またすれ違いが起きている気がする……。
「拾うって何よ……?」
「いえ、ですから土なんて、そこら中にあるじゃないですか」
「さっきからナナさんの言う『そこら中』ってのが、僕はいまいちわからないんだけど……」
何故ナナさんは、そこら中に槌が落ちていると思うんだ……。
……というか、そこまで言うのなら、もしかして落ちているのか? 今まで僕が気が付かなかっただけで、案外道端には槌が落ちていたのだろうか……?
いや、だけどさすがに戦闘用の大槌は落ちていないだろう。そんなものはなかったはずだ。
「えぇと、僕は戦闘用の槌が欲しいからさ」
「戦闘用の土……?」
「うん。戦闘用の槌」
「……何か普通の土とは、違うのですか?」
「そりゃあ違うでしょ……」
僕が普段ノミや釘を叩くのに使っている小槌と、戦闘用の大槌は違うだろう。
「よくわかりませんが……その戦闘用の土は、ジェレッドパパさんの雑貨屋で売っているのですか?」
「売っているね」
「そうですか……。では本格的な練習は、二週間後に鑑定を終え、戦闘用の土を買ってからになりますか?」
「そうね」
まぁそれまでは、家で木工作業をしながら軽く試してみようかな?
ディースさんは戦闘用と言っていたけど、たぶん木工用の小槌でも機能するだろう。
「ひとまず次の鑑定まではこっそりだね。こっそり部屋で練習しようかと思う。自前の槌で、こそこそ練習するよ」
「自前の土ですか……」
「うん」
「……ちょっとその、自前の土とやらを見せてもらってもよろしいですか?」
「え? 別にいいけど……?」
別になんの変哲もない普通の木槌や金槌だけど……?
そもそも僕が槌を使っている場面なんて、ナナさんも見たことあると思うんだけど……?
軽く疑問に思いながらも、道具箱から槌を取り出そうと、僕が腰を浮かした瞬間――
「アレクー!」
「おぅ……」
ユグドラシルさんが、勢いよく僕の部屋に転がり込んできた。
「でかしたアレク! ようやった!」
「ふぇぇ……」
なんだか情けない声が出てしまった……。
あまりにもユグドラシルさんが喜んでいるので……。それが、あまりにも申し訳なくて……。
えっと、どうしたものか、どうしたらいいんだ。なんだっけ? 全裸だっけ? 裸になればいいんだっけか――
「いらっしゃいませ、ユグドラシル様」
「ナナか。邪魔しておるぞ」
「はい、ごゆっくりどうぞ。では私は――お茶を入れてまいりますね?」
「お、そうか? すまんのう」
「いえいえ、それでは失礼します」
ナナさんはそう言って、そそくさと僕の部屋から退出した。
というか…………逃げやがった!
僕がテンパっている間に、この場から自然に逃げやがった!
……いや、まぁ別にいいんだけどさ。僕が悪くて、僕が謝るんだから、ナナさんの退出を怒るのも違う気がする。
だけど、だけどなぁ……。だけど、できたら居てほしかったな……。
next chapter:誠に申し訳ございません




