第184話 何をしているのですかマスター……
「起きてください、起きてくださいマスター」
「んむ……んん……」
僕を起こそうとする声が聞こえる……。
ナナさんかな? この声はナナさんだろう。
ナナさんが、僕を起こそうとしている……。あれかな? 幼馴染かな? 幼馴染ムーブかな?
ちなみに本物の幼馴染であるレリーナちゃんは、僕が寝ていても起こそうとはしない。
じっと寝顔を凝視してくるので、幼馴染らしく僕を起こしたりはしない。
「起きてくださいマスター」
「ん……うん。起きる」
ゆっさゆっさと揺さぶられ始めたので、いい加減起きることにする。
「おはようナナさん」
「いえ、おはようではなくてですね……」
「え? あ、あぁ……。そうか……」
目を開けてベッドから体を起こすと……ひどく困惑しているナナさんの姿を確認した。
その瞬間に、僕は理解した。自分がいかに愚かな行為に及んだかを、理解した。
「……マスター寝ていましたよね?」
「…………」
「あの、意味がわからないのですが……?」
「…………」
「ときどき――いえ、頻繁に意味がわからない行動を起こすマスターではありますが、今回ばかりは本気で意味がわかりません」
わざわざ『頻繁』に言い直さなくても……。
いや、仕方ない。今回ばかりはそんな風に罵られても、仕方がない……。
「『ダンジョンメニュー』……。えぇと、四時五十分か……」
「何を悠長に時間を確認しているのですか?」
「え? あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
起き抜けに、とりあえず時計を確認したように見えたのだろう。ナナさんがおかんむりだ……。
だけどそうではないんだナナさん。天界帰りで、時間の流れを確認しておこうと思っただけなんだ。
天界で僕が確認したとき、ダンジョンメニューに表示された時間は、四時二十分だった。
――そして、今が四時五十分。
「僕は三十分くらい寝ていたらしい」
「だからなんですか」
「…………」
怒られてしまった……。
「……うん。とりあえず消していい?」
「どうぞ」
「ありがとう。『ダンジョンメニュー』」
ナナさんに許可を貰ってから、目の前に表示されていたダンジョンメニューを消した。
「それで、いったい何が……?」
「うん……。とりあえず、その……寝ちゃったんだ」
「何をしているのですかマスター……」
何をしているんだろうね……。
自問自答もしたし、ミコトさんにも聞かれたけれど、何をしているんだろうね……。
「うっかりうたた寝とか、そういうレベルでもないですよね? ベッドでしっかり寝ていましたし……」
「うん……」
「それで、もしかして……もうチートルーレットは終わったのですか?」
「うん……」
「何をしているのですかマスター……」
「うん……」
ナナさんの叱責を受け、小さくなる僕。
「その、今日は徹夜するつもりだって言ったでしょ? 完徹する覚悟だって……」
「ええはい。その予定でしたよね? 私もマスターの完徹にお付き合いするつもりでした」
「…………え?」
確かナナさんは、寝る気満々だった気がするんだけど……?
……あ、さてはナナさん――捏造する気だな?
もう完徹がないことを悟って、捏造する気なんだ……。
『実は完徹に付き合うつもりだった優しいナナさん』とか、『マスターに尽くす有能なナナさん』だかを、捏造するつもりなんだ……。
ナナさん、なんて恐ろしい……。
「……どうかしましたか?」
「……まぁいいや。とにかく夜に寝たらまずいと思って……だから今のうちに寝ておこうかと」
「今寝たら、今転送されてしまうのでは?」
「転送されちゃった」
「本末転倒も甚だしいですね……」
面目ない……。
「そんなわけで、うっかり寝ちゃったんだ」
「そうですか……事情はわかりました。いえ、微妙にわかるようなわからないような事情ですが……」
「うん……」
「まぁ、ある意味マスターらしいです」
そのフォロー、あんまりうれしくないなぁ……。
「しかし、チートルーレットはもう終わったのですか? マスターが寝たのは三十分ほどだと、ご自身でもおっしゃっていましたが?」
「あー、うん。とりあえず僕が天界へ転送されたのが、今から三十分前の、四時二十分らしいよ?」
「あぁ、もしかしてメニューで確認を?」
「うん」
実際に僕がダンジョンメニューで時間を確認したのは、天界へ到着してしばらく経ってからだったが、ディースさんに聞いたところ、到着したときの時間も四時二十分だったらしい。
「僕が眠った瞬間に、天界とここで時間の流れを変えたんだって」
「はぁ……すごいですね」
「うん。女神ズもかなり慌てふためいたらしいんだけど……とりあえずいつも通り、時間を歪めてから転送させたらしい」
「そんなすごいことができる女神ズなのに、慌てふためいたのですね。……まぁ気持ちはわかりますが」
『完徹だー』などと騒ぎながら、布団に入っていったからなぁ……。
「それから天界でルーレットを回して、ここへ戻る直前にも確認したんだけど、やっぱり四時二十分だったよ」
「マスターが天界にいる間、ずっと四時二十分だったのですか?」
「うん」
自宅へ転送してもらう前に、もう一回メニューを開いて確認してみたのだけど、時刻は相変わらず四時二十分を指していた。
いやはや、すごい時間の歪めっぷりだ。ほとんど停止状態じゃないか。
「では、私たちからするとマスターは、四時二十分に一瞬だけ天界へ行ってきたわけですか」
「そうみたい」
「はー、なるほど、一瞬だけ消えるのですか。ユグドラシル様ではないですが、私も少し見てみたくなりました」
「あ……。そういえばユグドラシルさんは……?」
「まだいらしていませんが」
「そっか……」
まだか、そうか……。
いっそのこと、明日の朝までユグドラシルさんの到着が遅れたら、言い訳できるかな……?
そうしたら『すみません。なんとか眠らないように頑張ったのですが、なにせ十四歳の僕では限界が……』とかなんとか言って、言い訳できそうな気がする……。
いやけど、さすがにそんな卑怯でずるいやり方は……。
「とりあえず、夕食にしましょうマスター」
「あぁ、夕食か」
「はい。それで呼びに来たのですよ。衝撃映像のせいで、すっかり忘れていました」
「衝撃映像……」
「ここへ来たときには、我が目を疑いましたよ。ちょっと夕食を作るために目を離したら、その隙に寝るとは」
別にナナさんの隙を突いて寝たつもりもなかったんだけど……。
やっぱりナナさんも女神ズと同様に、慌てふためいたのかねぇ……。
「――あ、もう一つ肝心なことを忘れていました」
「うん?」
「チートルーレットでは、何を手に入れたのですか?」
「そうか、まだ言っていなかったっけ。僕が手に入れたのは――『槌』スキルだってさ」
「なるほど――土スキルですか」
「うん」
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