第18話 剣聖
「お待たせしましたー」
教会の長椅子に座って待っていると、木箱を抱えたローデットさんが戻ってきた。
教壇の隣に併設されている台の上にその木箱を置くと、ローデットさんは僕らを手招きした。妙にフランクだね。
「これが、『鑑定』の魔法が込められた魔道具ですー」
ローデットさんが木箱を開けると、中には透明な水晶球が収められていた。
っぽいね、なんかそれっぽい。ワクワクしてきた。
「普通の魔道具と同じように、この水晶に触れて魔力を流すと『鑑定』されますー。では、どうぞー」
おぅ、早速か。
……というか、ローデットさんも見るの? あれ? 個人情報じゃないのこれ? そこら辺の扱いどうなっているの?
別に僕だけが知りたい情報で、ローデットさんが見る必要はないと思うんだけど……。
もしかして、他人の情報を集めていたりしているの? 『森と世界樹教会』の諜報員だか工作員的な活動をしていて、異教徒を探す任務を請け負っていたりするの……?
「??? どうしたんですかー?」
やはり侮れないなローデットさん――なんて恐れおののいていたが、かくんと小首をかしげて不思議そうな顔をしているローデットさんを見ていると、思い違いな気がしてきた。
これが演技だとしたら超一流のスパイだといわざるを得ないが……まぁいいや。
「いえ、すみません。それじゃあやってみます」
「どうぞー」
――よし、紆余曲折あったが、いよいよ念願のステータスオープンだ。
さすがにちょっと緊張する。出かける前は『確認さえできればいい』なんて思っていたけど、やっぱり期待してしまう僕がいる。
なんといっても僕は異世界転生者だ。忘れがちだが一応異世界転生者なんだ。それに神の子らしいしね。ならば、きっと凄いステータスに違いない。頼む……頼んだぞ、ディースさん! いざ、鑑定――!
名前:アレクシス
種族:エルフ 年齢:6 性別:男
職業:魔法使い見習い
レベル:5
筋力値 2
魔力値 3
生命力 3
器用さ 8
素早さ 2
スキル
弓Lv1 火魔法Lv1 木工Lv1
称号
剣聖と賢者の息子
凄い光を放ったり、水晶がキャパオーバーで割れたりしないかな? なんて思っていたんだけど……なんか普通に出たな。
さておき、このステータスは……なんだかツッコミどころがいくつかある。特に『名前』と『称号』だ。なにやら意味深な称号と……アレクシス?
「父! ……父?」
……おやぁ?
父はいつもの柔和な表情をしている。だが、息子の僕にはわかる。あれは苦い顔になりそうなのを、抑え込んでいる顔だ。
さては、このステータス――あんまり良くないな?
「うん? なんだいアレ――」
「なんだか微妙なステータスですねー」
おい。包め、オブラートに。
……いや待て、今は優しい嘘より厳しくても真実がほしい。むしろローデットさんに僕のステータスを評価してもらおうじゃないか。彼女は今まで、何人ものステータスを覗き見た実績があるはずだ。
「ローデットさん、その言い方はあまりにも……」
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫です。あんまり優秀なステータスじゃないことは、父の表情でわかりました」
「えっ」
あんまりな物言いに抗議しようとした父を、僕が逆になだめた。すると父は、自分の表情を正確に読み取られていたことに驚いて、顔を手で押さえている。……もうその仕草でバレちゃうって。
「ローデットさん、できたらこのステータスの残念な部分を教えてくれませんか?」
「あのあのー。別に残念ってわけじゃないんですけどー……。なんだかセルジャンさんとミリアムさんの息子さんにしては普通だなーって、スキルも少ないですし……」
「なるほど……」
「えぇと、能力値の方は悪くはないと思いますよ?」
両親の血統的に僕も優秀なステータスなんじゃないかと、ローデットさんは予想していたらしい。まぁ僕も、転生者なら結構なステータスなんじゃないかと期待していたんだけど……。
ひょっとしたら魔力を流した瞬間、水晶が眩い光を放ち、とんでもないステータスが表れて――
『す、すごいですー』
『やったねアレク!』
『ば、馬鹿な。なんでこんなガキが……間違いだぜ! 魔道具の故障だ!!』
みたいな展開を期待して――誰だ、最後の?
「えーと、いくつか気になる部分があるので、上から確認したいんですけど……まず名前から」
「え、そこからですか?」
「そこからなんですよ……。ねぇ父、僕はアレクシスなの?」
「え、そうだよ?」
……そうなんだ、あっさりしているな。
僕に表情を読まれたことが気になったのか、両手で顔を掴んでムニムニしていた父に尋ねたが、随分あっさりと答えてくれた。
「知らなかったよ。父も母もアレクとしか呼ばないから……」
「あぁ、そうかな? まぁアレクは愛称みたいなものだよ」
そうなると、僕は今まで自己紹介でニックネームを伝えていたことになるんだけど……それちょっとイタくない?
しかし、名前の項目で驚かされるとは、完全に予想外だ。まるっきりノーマークだった。
というか『鑑定』凄いな、よく知っていたな。当人の僕がアレクシスなんて知らなかったし、呼ばれたこともなかったのに……。
「じゃあ次――僕は『魔法使い見習い』なの?」
魔法なんて使ったことないんだけど……? そういえば、前世の二十七年間では叶わなかったけど、この世界に来てようやく僕は職に就くことができたのかな?
「職業は、もっているスキルで決まるんだ。アレクが今もっている『弓』『火魔法』『木工』の中で、『火魔法』の熟練度が一番高かったから『魔法使い見習い』になったんだと思うよ?」
そうなのか。まぁ僕は三つとも、まったくやったことがないけど……じゃあ木工作業をちょっとでもしたら、僕の職業は『木工師見習い』になるかな?
「ローデットさん、能力値はどうでしょう? 先ほどは悪くはないみたいに言われましたけど」
「年齢からして、良い方だと思いますよー? なんだか『器用さ』が妙に突出しているのが不思議ですけどー」
これはシビアに答えてくれそうなローデットさんに聞いてみた。
能力値はまぁまぁか。確かに『器用さ』が高いな……これってもしかして、僕が乳児時代からやっていた魔力操作が原因かな?
「次にスキルですけど、やっぱり少ないんですか?」
「ちょっと少ないかもしれませんー。ですが、さっきも言った通り、ご両親のことが頭にあったので……。セルジャンさんの息子なら『剣』スキル。ミリアムさんの息子なら魔法スキルを何種類ももってるのかなーって。なんといっても、『剣聖』様と『賢者』様の息子さんですから」
僕としては『火魔法』とか興奮するし、『木工』スキルをちゃんと取得できていたことがわかっただけで安心したんだけどな……。
「最後に――父は『剣聖』なの?」
「…………」
「父?」
両目を閉じ、腕を組んでむっつりと押し黙る父。なんだかあんまり見たことのない父の姿だ。
「恥ずかしいから、あんまりそれ言わないで欲しいんだけど……。なんか職業が『剣聖』なんだよね」
「父の職業は、『剣聖』なんだ」
「…………」
また苦い顔をする父。恥ずかしいのか……。剣と魔法の世界なんだから『剣聖』なんて、むしろ誇るもんじゃないのかな?
まぁ前世基準だと、『私の職業は剣聖です』なんて言う奴がいたら、恥ずかしいどころかやべー奴だとは思うけど……。
「あ、あとミリアムに『母は賢者なの?』なんて聞いちゃダメだよ?」
「ダメなの?」
「うん、怒るから……」
怒るのか……。まぁ前世基準だと、『私の職業は賢者です』なんて言う奴は、やべー奴だとは思うけど……。
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