第166話 怪しい女の手料理
僕はレリーナちゃんを自宅へ送り届けた。
レリーナちゃんは『寄っていって』と誘ってくれたが、すでに今日僕は、小一時間ほどレリーナ宅に滞在した身だ。
一日に二度もお邪魔するのも申し訳ないので、丁重にお断りさせてもらった。
レリーナちゃんは『お父さんのせいで……』とつぶやいていた気がしたけど、気のせいだと思うことにして、僕は家に帰った。
そして自宅へ戻ってきた僕は――
「さてナナさん。実はナナさんにお願いがあるんだ」
「はぁ」
ナナさんの部屋を訪ね、そう切り出した。
「お願いがあるんだけど……その前にそれはなんだろう?」
「母ですが」
「母……。ダンジョンコア?」
「はい」
部屋を訪ねたところ、ナナさんは木工作業をしていた。
何やら木で球体を作っていると思ったら、ダンジョンコアの模型を作っていたらしい。
「さすがはマスターから受け継いだ『木工』スキルですね。良い感じです」
「そう。ありがとう」
「母が完成したら、マスターも彫ろうかと思います」
「へー」
僕の人形――アレク人形を作るのか。
男性の人形を作らないというポリシーをもつ僕は、自分の人形も作ったことがない。
なので、アレク人形が作られるのは初めてのことだ。少し完成が楽しみな気もする。
「けど、ダンジョンコアって難しそうだね」
「そうですね。なにせ完全な球体ですから」
真球なんて、普通は人間の手で作れるような代物じゃないだろうしねぇ。
「それで、お願いとはなんでしょう?」
「あ、うん。ナナさんが植えた桜の樹。あれはすごく良かった」
「ほうほうほう、そうでしょうそうでしょう。喜んでいただけて幸いです。マスターに喜んでいただくことが、ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田の喜びでもあります」
「……うん」
毎度思うけど、よく噛まないな。
「それでね、ジスレアさんに桜のことを話したら、ジスレアさんも見てみたいって」
「ほうほう」
「明日、一緒に見に行くんだ」
「なるほど。お花見デートですか」
「えー? いやー、別にデートとか、そんなんじゃないけどねー。いやー、ねぇ?」
そんなデートとか、大層なものじゃないけどね? まぁ一緒にお花見をして、のんびりすごそうかってだけでね?
とはいえ、やっぱりこれってデートなのかな? そうなのかな? そうだよね、やっぱりそうだよね?
「なんかうざいですね」
「……もうちょっとオブラートに包んだ言い方をしてほしいな」
けどそうか、うざいか。たしかにこんなのろけ話はうざいかもしれない。反省しよう。
「なんですか? のろけ話を聞いてほしいというお願いですか?」
「いや――」
「まぁお母様を彫りながらでいいのなら、一応聞きますが」
「あ、一応聞いてくれるんだ……ありがとう」
うざいのろけ話でも、一応聞いてくれるらしい。何気に心が広いなナナさん。
「けど別にそういうんじゃなくてさ、もっとちゃんとしたお願いがあるんだ」
「ちゃんとしたお願いですか?」
「うん。ジスレアさんとお花見をするにあたって、ナナさんに用意してもらいたい物があってね」
「酒ですか?」
「違うわ」
そりゃあ確かにお花見といえばお酒なのかもしれないけど……。
だけど僕はそんな物をナナさんに頼もうとしているわけではない。僕はまだ十三歳だ。この世界でも十三歳はお酒禁止だ。
「お酒じゃなくてお弁当。お弁当を持っていって、レジャーシートの上で食べようかと」
「ほうほう、なるほど。良いですね」
「でしょう?」
「では私に、お花見っぽいお弁当を用意せよと?」
さすがナナさんだ、話が早い。
……いや、早いのかな? なんか話が脱線したせいで、無駄に時間をとった気もするけど。
「うん。ナナさんにお弁当をお願いしたい――と、思っていたんだけど……」
「けど?」
「お弁当はどうなんだろうね? ほら、この世界の食事って、朝夕の二回でしょ?」
「そうですね」
お昼に食事をとる習慣がないんだ。かくいう僕も、一日二回の食事になれてしまった。
「だからそんなにお弁当って感じでもなく、簡単な軽食でいいかなって」
「なるほど」
「そういうわけで、気軽に食べられる焼き菓子的な物を、ナナさんに作ってもらいたいんだ」
「構いませんよ?」
「ありがとうナナさん」
よしよし。これでナナさんにお菓子を用意してもらって、あとはそうだな……現地でお茶でも入れて飲もうかな?
「私は構わないのですが……。私が用意してもいいのでしょうか?」
「うん?」
「自分で言うのもなんですが、ジスレア様からすると私は――正体不明の怪しい女です」
いや、怪しいといえば怪しいのかもしれないけど、そこまで自分を卑下しなくても……。
「マスター宅に同居中の、なんだかよくわからない怪しい女なのですよ。そんな女の手料理を引っさげてデートへ現れたマスターを、ジスレア様はどう思うでしょうか?」
「あー……」
そうか、確かにナナさんの言う通りかもしれない……。
デートに来た相手が、『自宅に同居している女の子にお菓子を作ってもらったんだー』なんて言いながら登場したら、ジスレアさんはどう思うだろうか?
「まぁどうも思わないかもしれませんが」
「それはそれで悲しい」
何か思ってほしい。できたららヤキモチとか焼いてほしい。
怪しい女の焼き菓子を見て、ヤキモチを焼いてほしい。
「ふーむ……。じゃあナナさんじゃなくて、母に頼もうかな?」
「お祖母様に手料理を作ってもらうのですか?」
「うん」
「つまり――ママの手料理を持っていくのですか?」
「ママて……」
何よその言い方は……。
「冷静に考えてみてくださいマスター。ママの手料理を引っさげてデートへ現れたマスターを、ジスレア様はどう思うでしょうか?」
「えっと……」
「まぁどうも思わないかもしれませんが」
「それもうやめて」
何かしら思ってほしい、何かしら……。
「えっとつまり、デートに母親の手料理を持参した男を、女性がどう思うかって話だよね?」
「そうですそうです」
「なるほど……」
そう考えると、確かにダメな気がしてきた。マザコン男だと、相手の女性は思うことだろう。
「うーん。そうかぁ……」
「自分に置き換えて考えるといいかもしれません」
「うん? 自分に置き換えて?」
「マスターが、彼氏とのデートで――」
「もうその時点で、置き換えて考えるのが難しくなっているんだけど?」
何故僕に彼氏がいるんだ……。
「マスターの彼氏――仮にジェレッド様としましょう」
「具体的な人物に置き換えないでよ」
なんだ? あれか? ナナさんも腐の人なのか?
「もしもデートで、ジェレッド様がママの手料理を持参したら――マスターはどう思いますか?」
「ジェレッド君がジェレッドママの手料理を持ってきても、僕はなんとも思わないよ……」
普通に『お弁当を作ってもらったんだな』としか思わないよ……。
とはいえだ、もし僕が女性だとしたら、彼氏のジェレッド君がママの手料理持参してくるのは、やっぱりイヤなものなんだろうか……?
……ちょっと考えてはみたものの、なんだか想定がめちゃくちゃすぎて、全然わからない。
「微妙すぎる例え話は置いておいて、とりあえずマザコンとはあんまり思われたくない」
「そうですか」
「そりゃそうでしょ」
「マスターは結構マザコン気質なところがあると思いますが」
「え」
「もういっそのこと、お花見にはお祖母様に付いてきてもらえばいいのではないでしょうか?」
「えぇ……?」
何故それでマザコン疑惑をかき消せると思ったんだろうか。よりひどいマザコンだと思われるだけじゃないか?
……というか、僕ってマザコン気質なの?
「ジスレア様はお祖母様とも仲が良いので、お祖母様が同伴されたらジスレア様も喜ばれるのでは?」
「え? それはまぁ、喜ぶかもしれないけど……」
「その集まりでお祖母様が自作の手料理持参したところで、なんの問題もありません」
「えー? それはまぁ、そうなのかもしれないけど……?」
……いや、むしろダメだろうそれ。なんか僕的に絶対ダメだ。
それだともう『ジスレアさんと母のお花見会』になっちゃうじゃないか。
そして僕は、『母にくっついてきた子供』ってことになっちゃうじゃないか……。
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