第164話 世界へ羽ばたく木工シリーズ
「ところでアレクシスさん、リバーシが好調です」
「はい?」
レリーナちゃんがすぐに帰ってくると聞いて、なんだか震えてしまっていた僕に対し、レリーナパパがそんなことを語りかけてきた。
「リバーシの売れ行きが好調です」
「はぁ」
そうか、好調なのか。……というかリバーシはいつも好調だな。作ってから結構経ったけど、メイユ村でもいまだにブームが続いているもんなぁ。
いつ不調になるんだろう? 不調にならないと、僕は将棋を作れないんだけど……。
「リバーシの波は、エルフ界全土を包み込もうとする勢いです」
「そうですか……」
なんかちょっと怖い。どうやらリバーシブームは全国規模で広がっているようだ……。
「この波が人界や魔界まで押し寄せるのも、時間の問題でしょう」
「そうですか……」
なんかちょっと怖い。リバーシはどこまで行ってしまうんだろう……。
「他の商品も好調です」
「他の商品というと――」
「コマや竹トンボ、アレクブラシも好調です」
「なるほど……」
そういえばいつぞやに、コマや竹トンボも売るって話をしていたっけか?
……ふむ。これらが好調なのはいいんだけど、アレクブラシも好調なんだね。
アレクブラシも世界に羽ばたいてしまうのか……。『アレクブラシ』なんて名前が世界に……。
それにしても、どの商品も好調らしい。
レリーナパパはどれだけ儲かっているのだろう? そして我が家には、どれだけのロイヤリティが支払われているのだろう?
なんだか莫大な額になっている気がする……。
そのわりに、アレクファミリーもレリーナファミリーも生活に大きな変化はない。
僕の父も日々狩りに行くし、レリーナパパも日々忙しそうに飛び回っている。
僕の母やレリーナママが、無駄に豪華な服やアクセサリーを身に着け始めたりもしていない。
そして僕も相変わらず、小銭を貰ってはローデットさんやジスレアさんに貢ぐだけの日々だ。
「どうですか? そろそろ新商品なんてことは……」
「はぁ」
貪欲だなぁレリーナパパは……。
新商品か……なんだろうね? 最近でいうと、ユグドラシルさんのために作ったジャグリングシリーズなんかは、もしかしたら売れるかもしれないけど。
「フラフープとか良いかもしれません」
「フラフープ?」
あれなら売れるんじゃないかな? 確か日本でも空前のフラフープブームが巻き起こったと聞いたことがある。
ひょっとすると、この世界でもブームが起こり得るんじゃないだろうか?
「フラフープは、現在量産を進めているところです」
「あれ?」
なんとなく提案してみたフラフープだが、すでに作っているらしい。というか量産しているらしい。
「セルジャンさんから聞いていませんか?」
「フラフープの話ですか? どうでしたかね……」
聞いたっけか? そこら辺は全部父に任せているからなぁ。適当にハイハイ答えていた気もする。
「フラフープはセルジャンさんからの強い勧めもあり、販売しようという話に」
「へー」
父はフラフープ推しなのか……。そういえば、最初にフラフープをやったのは父だっけ?
確か完成してすぐ、モニターとして父にプレイしてもらったんだ。
なんとなく『剣聖さんがフラフープしていたら面白いな』っていう思い付きだったんだけど、案外父もハマっていたのか。
剣聖さんや世界樹様ですら魅了するフラフープ。これは本当に世界でブームになるかもしれない。もしかしたら、世界中で腰をくねくね回す人々が見られるかもしれない。
「そうですか、フラフープはすでに生産中ですか」
「はい。あと一ヶ月ほどで販売を開始できるかと」
一ヶ月間フラフープを量産し続けるのか……。
「ふーむ。あとユグドラシルさんジャグリングシリーズといえば、シガーボックスなのですが……」
「シガーボックス?」
「ただ、あれはあんまり売れるとも思えないんですよね」
見た目はただの木箱だしね。しかも開かない木箱だ。
……いや、そう考えたらフラフープだって、ただの輪っかでしかないか?
んー? じゃあやっぱりフラフープも売れない? いやけど、それでもフラフープは売れそうな予感がするんだけど……。
「どうしたものかな……とりあえずシガーボックスはやめておきましょう」
「はぁ……。いえ、その前にですね」
「はい?」
「『ユグドラシルさんジャグリングシリーズ』とはなんでしょう?」
「え? あ……」
あー。うっかり余計なことを口走ってしまったな……。
渋い顔の僕とは対照的に、ワクワクとした顔を隠せないレリーナパパ。どうやら鋭敏な嗅覚で、金の匂いを嗅ぎ取ったらしい。
「えぇと、ユグドラシルさんが好きな玩具を、そんなふうに呼んでみたのですが……」
「ほう。世界樹様が好きな玩具ですか。『シリーズ』ということは、いくつか種類が?」
「フラフープもそのうちのひとつです」
「ほうほう。フラフープも」
まぁフラフープはユグドラシルさんのために作った物ってわけでもないのだけど、なんとなく僕の中で『フラフープと言えばユグドラシルさん』という図式が出来上がっている。
というわけで、現在『ユグドラシルさんジャグリングシリーズ』は、フラフープとシガーボックスの二つ。
ユグドラシルさんのシガーボックスが行き着くとこまで行ったら、次のジャグリング道具でも作ろうかと考えている。
「ただあの、宣伝等に使うのはやめていただけると……」
「やはりダメですか……」
「はい。というか、ユグドラシルさんがフラフープが好きだという話自体も、他言無用でお願いできますか……?」
「そうですか……」
世界樹の名前を騙って商売なんか始めたら、またユグドラシルさんからウッドクローをいただいてしまうだろう。
まぁ今回はアレクブラシのときと違って、騙っているわけでもなく、全部事実なんだけどさ……。
とはいえ、ユグドラシルさんは神としての威厳を保つため、玩具で遊ぶときはこっそり密かに楽しんでおられる。
だというのに『世界樹様御用達』なんて宣伝でフラフープを販売してしまったら、それはもうユグドラシルさんごめんなさいリスト案件だし、ウッドクロー案件だろう。
「わかりました。ご安心ください、これでも口は堅い方です」
「申し訳ありません。お願いします」
きっとレリーナパパなら約束を守ってくれるだろう。その辺りレリーナパパは信頼できる人だ。そう思ったので、全部正直に話してみた。
……そんな信頼できて、何かとお世話になっているレリーナパパ。この人の髪も回収しておきたいところではあるんだけど……残念ながらレリーナパパの髪は回収できない。
家族以外の髪の毛は五人までしか回収できない。たった五人なんだ。だからごめんレリーナパパ……。
ただまぁ髪の毛は回収できないけど、遺体が残っていたらちゃんと蘇生させるから、そこは安心してほしい。
そんなこんなで、僕はレリーナパパと雑談だか商談だかの話をして過ごした。
しばらく話し込んでいたのだけど――いまだにレリーナちゃんは帰ってこない。
ジスレア診療所へ乗り込んだレリーナちゃん。ジスレアさんは不在なはずだから、すぐに帰ってくるかと思ったのだが……。
どうしたものか。このまま帰ってくるのを待っていようか? それとも、もう自宅へ帰ってしまおうか?
もしくは、ジスレア診療所まで様子を見に行ってみようか――?
……なんだか『台風時に田んぼの様子を見に行く人』の末路を辿りそうで、ちょっと怖い。
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