第160話 ジスレア診療所
なんだか後ろ髪を引かれる思いではあるが、無事に教会でローデットさんの髪の毛を回収し終わった。
――というよりも、すごく簡単に回収できた。
今回僕はほとんど何もやっていない。ユグドラシルさんがササッと一人で回収してくれた。ユグドラシルさんに感謝しなければいけないだろう。
……なんというか、全員こんな感じで回収できたらいいのにな。
特に次の相手とか、何がどうなるかわからないし……。
「さて、次は誰じゃ?」
「ジスレアさんです」
『髪の毛が欲しい人リスト』――その三人目。
ユグドラシルさん、ローデットさんに続き、三人目は美人女医のジスレアさんだ。
ジスレアさんにはお世話になっている。正真正銘、本当にお世話になっている。
何より美人女医さんだ。美人女医さんをみすみす死なせるなんて、世界の損失だ。
というわけで、是非とも髪の毛は回収しておかねばならない。
「それで、どうやって回収するのじゃ?」
「やはりここは、櫛作戦で行こうと思います」
「ふむ」
母のときと同様に、櫛でとかしつつ髪の毛を回収しようと思う。
……というか、それ以外に作戦が考えられない。
他に、どうやったらジスレアさんの髪の毛を確保する流れになるか、まったくもって僕には方法が思いつかなかった。
◇
「えーと、あの家じゃったか?」
「そうです」
診療所の場所を、微妙に覚えていたユグドラシルさん。
そういえば初めてユグドラシルさんがこの村に来たとき、ここも紹介したっけ?
あれが確か、五年ほど前。――ということはつまり、ユグドラシルさんと初めて会ってから、もう五年の月日が流れたことになる。
もう五年経ったんだ……。いや、『まだ五年しか』かな?
長寿の僕と、寿命があるのかすら定かでないユグドラシルさん。そんな僕達からしたら、五年なんてあっという間の年月かもしれない。
僕としては五年十年と言わず、何十年何百年と、この優しくて案外ノリが良い神様と、末永く仲良くやっていきたい――
「長生きしましょうユグドラシルさん」
「いきなり何を言っておるのじゃお主は?」
……なんだか思っていたことを、そのまま伝えてしまった。
まぁいきなりそんなことを言われても、ユグドラシルさんだって困るわな……。
「失礼しました……。では、行きましょう」
「うむ」
気を取り直して、ジスレア診療所に向かう僕とユグドラシルさん。
ジスレア診療所――まぁ見た感じはただの民家である。
なんだろうね? 隠れ家風? 隠れ家風診療所とでも呼ぶべきなのだろうか?
「こんにちはー」
「邪魔するぞー」
ジスレア診療所の扉を開けて、挨拶をしながら中に入る。
診療所の中に入ると、そこは待合室になっていて、奥には受付が――なんてことはない。
この診療所には、待合室などない。――何故ならジスレア診療所は、ほぼ待つことがない。
受付もない。受付で保険証を出して、問診票に必要事項を記入するなんてこともない。――何故なら保険なんてものはないし、ジスレアさんは問診なんてことをしない。
というわけで、中は普通に玄関だ。
僕らは玄関を抜けて、そのまま診察室に進む。ある意味診察室が待合室代わりなのかな?
診察室には椅子が二つに、テーブルと、診察台的なベッドが一つ。
これがもしローデットさんならば、ここで惰眠を貪っていたりもするんだろうけど、真面目なジスレアさんがここで昼寝している姿なんて、僕は見たことがない。
「こんにちはー。ジスレアさーん、アレクですー。あとこの世界のトップが来ましたよー」
「なんじゃその紹介は」
ベッドに腰掛けたユグドラシルさんが、呆れたようにツッコミを入れてくる。
僕も診察室の椅子に座ってしばらく待っていると、奥の扉からジスレアさんが現れた。
「やぁアレク。あ、それにユグドラシル様も、こんにちは」
「うむ」
「こんにちはジスレアさん」
さて……いよいよこれから僕はジスレアさんの髪をとかして、隙を見て髪の毛をゲットしなければならないわけだ。
……なんだかちょっと緊張してきた。
「とりあえずジスレアさん。こちらをどうぞ」
「うん……」
相変わらず子供からお金を貰うことに躊躇するジスレアさん。
僕ももう十三歳だし、そろそろ自然に受け取ってもらいたいところではあるけれど。
「今日はどっちだろう? 怪我? 病気?」
「え?」
「ユグドラシル様も一緒だから違うかと思ったけど、お金を渡すってことは、治療でしょう?」
「え、あ……」
そうか……。別に治療目的ではなかったのに、なんとなくいつもの流れで、とりあえずお金を渡してしまった……。
まいったな。今更違いますとは言えない。そう言ったら、きっとジスレアさんはお金を返そうとする。
男が一度出した金を引っ込めるなんて、そんなことは――
「えぇと、ちょっとあの……右足がこむら返りを起こして――」
「『ヒール』」
「……ありがとうございます。もうばっちりです」
「うん」
仕方ないので、怪我をでっち上げてジスレアさんに治療してもらった。
慌てていたために、なんだか微妙な怪我をでっち上げてしまったな、こむら返りって……。
ユグドラシルさんも一連のやり取りを、不思議そうに見ている……。
「それでジスレアさん」
「うん」
「えぇと……最近暖かくなってきましたね?」
「そうだね。だいぶ過ごしやすくなった」
いきなり『ジスレアさんの髪をとかしたいんです』と言う勇気もなくて、なんとなく季節の話題から入ってみた。
話しながら、機を見て櫛を提案しよう。
……なんてことを考えた僕なのだけど、やはりユグドラシルさんは不思議そうにしている。
少し待ってくださいユグドラシルさん。タイミングです、今はタイミングを見計らっているんです。
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