第159話 教会のトップ
ユグドラシルさんからは髪ではなく、世界樹の枝を貰うことになった。
しかし話を聞く限り、世界樹の防御は完璧で圧倒的だ。
そんな世界樹が倒されることを心配して世界樹の枝を保管しておくことに、果たして意味があるのか――むしろそんな疑問すら持ち上がってきたところではあるが、とりあえず貰うことにした。
それにしても、話を聞いていたら僕も世界樹に興味が湧いてきた。
前に父が『エルフなら一生に一度は見に行くもの』なんて話をしていたから、いつか僕も見に行くことがあるかもしれない。
そのときには葉っぱとか拾ってきて、お茶とか作れないかな? ちょっと飲んでみたい。
あと樹液とか取れないだろうか? それでメープルシロップとか作ったら、すごく美味しいんじゃない?
――なんて話をユグドラシルさんにしたら、ドン引きされた。
どうも僕的には『僕たちエルフの神樹で、すごい木』みたいな認識だったのだけど、ユグドラシルさん的には『自分の体』的な認識らしい。
そう考えたら、まぁドン引きされるのも無理はないか……。
「世界樹の葉から作ったお茶というのも、あるにはあるのじゃが……」
「ユグドラシルさん的には、あんまり好ましくない物なのですか?」
「まぁ、別にうれしくはない……。あまりそのことは考えないようにしておる……」
「そうですか……」
世界樹のお茶、あるにはあるのか。……やっぱり僕はちょっと飲んでみたい。
そんなことを言ったらまたドン引きされるだろうから、口には出さないけど。
「さて、それじゃあそろそろ行きましょうか」
「そうじゃのう」
とりあえず世界樹の枝は次回持ってきてもらうことにして、今日は他の人達から髪の毛を集めよう。
「それで、誰のところへ行くのじゃ?」
「そうですね……」
五人の名前が書かれた『髪の毛が欲しい人リスト』を眺めながら考える。
ユグドラシルさんは目処が立ったので、残り四人だ。誰からにしようか?
「では、ローデットさんの髪を回収しにいきましょうか」
「あやつか」
ずいぶんと悩んで決めたリストの五人。いろいろと考えたけれど、やっぱり普段からお世話になっているローデットさんは外せない。
……うん、たぶんお世話になっている。スキルやステータスの解説とかで、ちゃんとお世話になっている。
そんなわけで、お世話になっているローデットさんの髪を回収しに行こう。
◇
相変わらずユグドラシルさんと一緒に歩いていると、わらわらと村人が寄ってくる。
さすが僕達エルフの神、さすがユグドラシルさんだ。
ただ、やはり神様は畏れ多いと考えるのか、話しかけられずに遠くでモジモジしている村人もいる。
僕はそんな村人を発見しては――ユグドラシルさんと一緒に追いかけた。
そんなことを繰り返し、なんとなく村の人達とユグドラシルさんの架け橋になれたことに満足しつつ、僕らは教会へ向かった。
「ちょっと遅くなってしまいましたね」
「そうじゃのう」
どうも架け橋に熱中しすぎたようだ。教会に着くまでに、ずいぶん時間がかかってしまった。
「ちょっと交流に熱が入りすぎましたか」
「というか、やはり追いかけるのはやり過ぎじゃった気が……」
「最終的には挨拶してお話ししたわけで、みんな喜んでくれたと思うのですが……」
「そうであれば良いのじゃが……」
モジモジする村人に近寄ると、中にはダッシュで逃げ出す人もいた。
なので――僕達もダッシュで追いかけた。
何故か途中から、そんなノリになってしまった。
追いかけられていることに気付いた村人は、一瞬驚いて、それからガチで逃げ始めるのだが……さすがは常勝無敗のユグドラシルさん。足の速さもハンパじゃない。
幼女のユグドラシルさんだが、その体格のハンデをものともせず、本気でダッシュする大人エルフを次々と捕獲していった。
――そして僕は毎回置いていかれた。
なんだか最近こんなこと多いな……。
いつの間にか、『足が遅いキャラ』みたいな属性が僕に付与されてしまった気がする……。
「さておき、中に入りましょうか」
「うむ」
僕は教会の扉を開け、ユグドラシルさんと一緒に中へ入った。
「こんにちはー」
「邪魔するぞー」
「ローデットさーん、アレクですー、こんにちはー。あと教会のトップも来ましたよー?」
「なんじゃその紹介は」
この紹介、実は『教会のトップが来たので、今のうちに起きて身だしなみを整えておかないと、怒られてしまいますよー』と、ローデットさんにアナウンスする目的があったりもする。
「……あ、いましたね」
「こやつは毎度毎度……」
礼拝堂の長椅子で、だらしなく眠りこけるローデットさんを僕らは発見した。
僕の涙ぐましい注意喚起も、ローデットさんには意味がなかったようだ。
「とりあえず起きてもらいましょうか」
「そうじゃな――いや」
「どうかしました?」
「もう起こさんでよいじゃろ」
「え?」
起こさないとはどういうことか、僕が聞く前に――ユグドラシルさんがローデットさんの髪に手を突っ込んだ。
そして、ローデットさんの髪を手櫛でかき上げ始める。
「このまま回収したらよい」
「だ、大丈夫でしょうか……」
どうやら眠ったままのローデットさんから、手櫛で髪の毛を回収するつもりらしい。
「んー……」
案外寝起きの良いローデットさんが、微妙に唸っている……。
なんだか僕はハラハラしながら見ていたけど、ユグドラシルさんは気にせずワシャワシャとローデットさんの髪をかき上げる。
「むう……。あと一本くらい……」
「んー、んんー……?」
「うむ。これで五本じゃ。こんなもんでいいじゃろ」
どうやら無事に五本回収できたらしい。
ひとまず僕とユグドラシルさんは、寝ているローデットさんから距離をとった。
「アレク、紙を頼む」
「あ、はい。ちょっと待ってください。えぇと、えぇと……」
ローデットさんが起きてこないかが気になってしまい、微妙に手間取りつつも、僕は『ローデットさん』と書かれた紙を用意した。
「お願いします」
「うむ」
僕が長椅子に置いた紙に、ユグドラシルさんは掴んでいた髪を落とし、折りたたむ。
「よし、完了じゃ」
「はい。ありがとうございます」
なんだか当初の予定とはだいぶ違ってしまったけど、しっかり回収できた。
むしろ、これならローデットさんに不審がられる心配もなく、結果的には良いこと尽くめだったのではないだろうか?
とはいえ、『寝ている女性の髪の毛をこっそり収集した』と考えると、言葉には言い表せない罪悪感が襲ってくるが……。
「では帰るか」
「え……? えっと、帰るんですか?」
「うむ」
確かにここへは髪の毛を回収しにきたわけで、その用事は無事に済んだのだけど……。
「えぇと、せっかく教会に来たわけですから……何か用事とかはないですか? ローデットさんに何か話とかは?」
「……特にないのう」
「そうですか……」
未だに眠りこけるローデットさんをチラリと見てから、そう答えるユグドラシルさん。
「うむ。これでローデットの分は無事に回収完了じゃな。――お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー……」
「では、帰るぞアレク」
「はぁ……」
まぁ帰ってもいいんだけど、別にいいんだけど……なんとなく落ち着かない。
教会に来たのに、鑑定もしていないしお喋りもしていない。――何よりお金を払っていない。
このまま帰ってもいいのだろうか……?
「とりあえず、お金だけでも置いていきますか?」
「なんでじゃ……」
「このまま帰るのは、なんだか落ち着かなくて……」
「金だけ置いていっても意味がわからんじゃろ……」
それもそうだ。ローデットさんも目が覚めたとき、まったく身に覚えのないお金が側にあったら困惑するし怖いだろう。
「ですが、教会に来たのにお金を払わないなんて……」
「元よりそんな決まりはないわ」
教会のトップがそう言うのなら、いいんだろうか? いやしかし……。
「ほれ、帰るぞアレク」
「え? あぁぁ……」
ユグドラシルさんに背中を押され、僕らは眠っているローデットさんを放ったまま、教会を後にした。
「……お金を払わずに、教会から出てきてしまいました」
「何故そこまで金を払いたがるのじゃ……」
「『ツケ払い』をしてしまった気分です……。こういうの『売り掛け』って言うんでしたっけ……?」
「何を言っておるのじゃお主は……」
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