第153話 木工シリーズ第三十九弾『シガーボックス』
以前、僕はユグドラシルさんに大層迷惑をかけた。
ダンジョン制作に関して、大変なご迷惑をおかけした。『ユグドラシルさんごめんなさいリスト』なんてものを作れるくらい迷惑をかけてしまった。
なので、そのお詫びとして、等身大ユグドラシル神像なんて物を作ろうとしたわけだが……幼馴染のディアナちゃんから『それは引くわー』とのアドバイスを受けた。
その言葉を聞いて迷ったものの、元々木材はユグドラシル神像のために用意したものだし、ユグドラシルさんは人形を作ると喜んでくれる。
やっぱり大きな人形を作ったら、その分よろこんでくれるのでは? それに万が一引かれたところで、さすがにそれで嫌われるってこともないだろう。
そんな考えがあり、結局は等身大ユグドラシル神像を作ることにした。
だがしかし、ガチでドン引きされて『キモーイ』とか言われてしまった場合の保険として、等身大ユグドラシル神像以外にも何か別に、ユグドラシルさんが喜んでくれそうなアイテムを作ることを決めた。
下がってしまった僕の好感度をV字回復してくれそうなアイテム……。
何がいいのか迷って、ナナさんに相談したところ――
『ボウリングとかよくないですか? 前にそんなことを考えて、つぶやいていましたよね』
――とのアドバイスを頂戴した。
今更だけど、僕の『つぶやき』はおろか、『考え』まで知られてしまっているのは、あんまりうれしいことではないね……。
ナナさんには、前世を含めた僕の言動や思考が、すべて知られてしまっている。そう思うと結構きつい。
……ふと思ったのだけど、そういった僕の言動や思考を、ある意味ナナさんは学習したわけだ。
父から娘が学ぶように、ナナさんは僕から思想やら道徳やらを学んだというのに、何故ナナさんはここまで変わった性格になってしまったんだろう……?
……まぁそれこそ今更か。今更ナナさんの教育方針に悩んでも仕方がない。
とにかく、そんなナナさんが提案してくれたボウリングだが――これはちょっと微妙だ。
今回はお詫びとしてユグドラシルさんに提供するのだから、ユグドラシルさんが喜ぶ物が良い。その点で、ボウリングはちょっと微妙だ。
ユグドラシルさんは、僕の提供したおもちゃで遊ぶ姿を大勢には見られたくないと考えている。
はしゃいでいる姿を不特定多数の人達に見られてしまったら、神としての威厳が保てなくなると考えているのだ。
したがって、ユグドラシルさんは外で遊ぶようなおもちゃをあまり好まない。
つまりは――インドア派だ。
世界樹なのにインドア派……ちょっと首を傾げる話だけど、とにかくそれらの理由でボウリングは却下である。家の中にボウリング場を作るのは無理だ、レーンを作るスペースがない。
その旨をナナさんに伝えると――
『そうですか。しかし私はボウリングがしたいのですが?』
――との返答。自分がやりたかっただけじゃないか。
そんなわけで、ひとまずボウリングは保留。
僕は等身大ユグドラシル神像を作りながら、お詫びの品をどうするか、頭を悩ませる日々が続いた――
「――その結果、できた物がこちらです」
「うむ」
僕はユグドラシルさんに、木で出来た三つの箱を手渡した。
悩んだ結果僕が作ったのが、サイズが同じ三つの直方体の木箱――木工シリーズ第三十九弾『シガーボックス』だ。
ようやくユグドラシルさんが喜んでくれそうなものが完成したので、遊びに来たユグドラシルさんにプレゼントしてみた。
……思えばごめんなさいリストの件から、ずいぶん間が空いてしまったものだ。
「別にそこまで気を使わんでもよかったのじゃが……あのでかい人形も、悪い気はせんかったが?」
「そうですか? そう言ってもらえるとうれしいです」
「まぁ……少し驚いたがのう……」
この反応……やっぱりちょっと引いたんじゃないかな?
「して、これはなんじゃ?」
「シガーボックスです――暫定ですが」
「暫定?」
「正式な名称が、ちょっとわからなくて」
「ふむ?」
今回作成したジャグリング用の三つの箱。僕の記憶では、確か『シュガーボックス』だと思ったのだけど……ナナさんは『シガーボックス』だと主張した。
僕はナナさんと熱い議論を交わすことになり――
『いや、シュガーボックスでしょ? シガーボックスなんて聞いたことがないよ』
『何を言っているんですかマスター。シュガーボックス? 砂糖の箱じゃないですか』
『それを言ったらシガーボックスだって、タバコの箱でしょうが……』
『とにかくシガーボックスですよ』
『いやシュガーボックスだってば。……ナナさん、間違いを認めるのは恥ずかしいことじゃないんだよ?』
『いいえ、シガーボックスです。間違いありません。間違っているのはマスターです』
――シュガーボックスだとわかっている僕からすると、ナナさんの主張はまったくもって不可解だ。
理解に苦しむね。あやふやな記憶を元に、何故そこまで声高に断言できるのか……。
そんなことを考えながら、僕は何度も声高に『絶対シュガーボックスだよ』と断言した。
しかしナナさんは首を横に振り、頑なに譲ってくれない。
話は平行線を辿り……仕方がないのでじゃんけんで決めることになった。
――そして、結果は僕の負け。
こうして木工シリーズ第三十九弾の名称は、『シガーボックス』に決まった。決まってしまった。
絶対シュガーボックスなのにな……。
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