第145話 ジェレッド君とダンジョン探索
ナナさんに騎乗されたまま、僕は森の中を進んだ。
いつの間にか、ナナさんを背負うことが自然な状態だと勘違いしてしまうのが『騎乗』スキルの恐ろしいところだ。
うっかりダンジョン近くまでナナさんを背負ったまま進んでしまい、偶然出会った村人に奇異の目で見られた。
とりあえずナナさんには降りてもらい。それから二人でダンジョンへ突入した。
相変わらず、ダンジョンと呼ぶのがおこがましいほどにのんびりとした空気が漂う世界樹様の迷宮を、僕らものんびりと進む。
ダンジョン内の様子を観察したり、道中で会った知り合いに挨拶したり、周りから『今日も劇があるのか』『三日連続で違う娘と……』なんて囁かれながらも、僕らは進む。
そして僕とナナさんは、1-4エリアまでたどり着いた。
ナナさんと『狭いですね……』『狭いよね』なんて会話をかわしながら歩き、1-4エリアも終わりというところまで進んだのだが――
「あ、まだなんだ」
「そのようですね」
1-4エリアの終端、2-1エリアへと続く階段の前には『二十歳未満、立入禁止』の看板が突き立てられていた。
……エルフの世界でも二十歳区切りなのか。
とりあえず昨日に引き続き、2-1エリアは未だに入れないらしい。
「うん……? ねぇナナさん、この看板は大丈夫なの?」
「何がですか?」
「溶かされないの?」
「はい? 溶かす?」
「スライムに溶かされないの?」
「スライム?」
なんだか疑問文の応酬がすごい。どうもナナさんは、質問の意図がわからないようだ。
「ダンジョンのゴミは、スライムが溶かすものでしょ? この看板はスライムに溶かされないのかなって」
「あー……はいはいはい。定番ですね、ダンジョンの掃除屋ってやつですか。ですが、このダンジョンは違いますよ?」
「え、違うんだ? スライムが掃除するわけじゃないの?」
「はい、違います」
そうなのか……。今までダンジョンの掃除は、すべてスライムがやっているものだと思い込んでいた。
なので僕は、自宅のトイレに住むスラ吉に『いつもスライム達にはお世話になっているね』なんて感謝していたのだけど……。
……自宅に戻ったら、僕が捧げた感謝は返してもらおう。
「じゃあ誰が掃除しているんだろう?」
「誰が、というわけでもないのですが、強いて言うならダンジョン自らがやっています」
「ダンジョン自ら?」
「倒されたモンスターは、溶けるように地面に吸収されますよね? 同じようにダンジョン内のゴミや埃は、地面に吸収されます」
「なるほど……」
そうだったのか。確かにそうやって吸収できるのなら、わざわざスライムに吸収させることもないな。
「あ、だけどゴミかどうかなんて、どうやって判断するんだろう?」
「ダンジョンコアが判断します」
「へー、ダンジョンコアがやっているんだ」
「ダンジョン内に落ちた物は、コアが自分で考えて『ゴミっぽいな』と、判断したら吸収します」
「ゴミっぽい……」
なんだか漠然とした基準だなぁ。ゴミっぽいか……。
僕がぼーっと地面に座っていたら、ダンジョンに吸収されてしまった――なんてことが起こらないように祈ろう……。
「いちいち判断するのは大変そうだね」
「他人からしたらゴミでも、その人にとっては宝物――そんな物もありますしね」
「ますます大変そうだ。その辺り、どうやって判断しているのかな?」
「判断がつかない物はとりあえず放っておいて、時間が経っても拾われなかったらダンジョンに吸収。そんな感じでしょうか」
「ふーん」
それだと落とし主以外の人が拾っちゃう場合もありそうだけど……まぁそこまでは面倒見切れないか。
貴重品は落とさないように各自気をつけてもらおう。というか貴重品をダンジョンに持ってこないでくれ。
「一応私達でも判定できますよ?」
「うん?」
「落とし物がゴミかどうか、私達の方でもメニューで判定できます」
「え、そんなのできるんだ?」
「『詳細設定』の欄にあります」
「あれか……」
ダンジョンメニューの『詳細設定』――本当に詳細すぎて、確認するのを半ば放棄している項目だ。
軽く流し見しようと指でつらつらとスライドしてみたところ、五分以上スライドし続けてもページの末尾まで辿り着かなかった。項目があまりにも多すぎるんだ。
「『詳細設定』内の『落とし物』の項目で確認できます」
「そっか」
「私はたまに見ていますよ? ゴミかどうか私が判定を示すことで、コアも学習しますから」
「どういうこと?」
「メニューで私が下した判定を、コアも参考にするのですよ」
ナナさんの判定を学習するのか。……なんだかそこはかとなく不安。
「なんですか? 私の判定に不満があるのですか? 私の判定――ナナ判定に不満があるのですか?」
「ナナ判定……」
不満ってわけじゃないけど、やっぱり不安しかないネーミングだ……。
「ちなみにナナさんは――ナナ判定では、どんな物をゴミ判定したのかな? 何か判定に迷う物とか、面白い物はあった?」
「面白い物ですか? そうですね……恥ずかしいポエムが書かれたラブレターなんかを、つい最近見ましたね」
「それはまた……」
「私はゴミだと判断しました」
「えぇ……」
そりゃあこんなところで落とし物になってしまっている時点で、貰った人からしたらゴミだったのかもしれないけどさ……。だけどもしかしたら、渡す前だった可能性もあるわけで……。
「まぁ私はゴミだと判断しましたが、メニューで判定することはやめておきました」
「あ、そうなんだ」
「それを『ゴミ』だとコアに認識させるのも、なんだかよくない気がしたので」
なんだろう。ナナ判定によって、ダンジョンコアに情操教育でも施しているのだろうか……。
「ですので、あの恥ずかしいラブレターはしばらくそのままほったらかしです。あれを見たのは最近ですから、まだダンジョンのどこかにあるかもしれないですね」
「どこかにあるんだ……」
「誰かが拾っていなければ」
そのラブレターを書いた人からすると、早くダンジョンに吸収された方が喜ばれそうな案件だな……。
「このように、我が母ダンジョンコアは、毎日ゴミの分別を頑張っているのですよ」
「ゴミかどうかの分別で、ゴミの分別ではないでしょ」
「とにかく、夫であるマスターも母にきちんと感謝してください」
「うん、まぁ感謝はするよ……夫ではないけど」
「今度会ったら、感謝してからコアに水でもかけて掃除してください」
お墓の墓石みたいな扱いだけど、それでいいの……?
さておき、そのダンジョンコアがゴミではないと判断したであろう『二十歳未満、立入禁止』の看板に阻まれて、僕たちは2-1エリアに入れない。
よって、その先のダンジョンコアにも会えないわけだけど……明日には2-1も開放され、看板も撤去されるだろうか?
◇
ダンジョン開放五日目。
今日は幼馴染のジェレッド君と、ダンジョン探索に来た。
「まだみたいだな」
「そうだね」
1-4エリアの終わりまで来たのだけれど――階段前には未だに『二十歳未満、立入禁止』の看板が立てられている。
まだ僕たちは入れないらしい。
「じゃ、帰るか」
「え? 帰るの?」
「おう。帰ろうぜ」
「え……終わり? これで終わりなの? これでジェレッド君とダンジョン探索は終わり?」
「あん? もう全エリア回ったろ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
えぇ……。これで終わりなのか……。
ナナさんのときは『初狩り』やら『おんぶ』やら『ゴミの分別』やら、あんなにのんびりやっていたのに、ジェレッド君の扱いときたら……。
「アレクー、どうしたー?」
僕が呆気に取られている間に、すでにジェレッド君はダンジョンの出口へ向けて、歩きだしてしまっていた。
あ、本当に終わりなんだ……。
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