第144話 喧嘩売ってんのか山田
「キジも鳴かずば射たれまいに……」
「歩きキノコは鳴いたりしないけどね……。というか歩いているだけだったし」
凶弾に倒れた歩きキノコを見ながら、ぼんやりと会話をかわす僕とナナさん。
「申し訳有りません。キノコを見ていたら、私でも倒せそうだと思って、つい」
「そりゃ倒せるだろうけど」
まいったな。まさかこんな形でナナさんの初狩りが終わってしまうとは……。
「うっかりしていました。マスターはダンジョンで初狩りが達成されることを、心待ちにしていたというのに」
「うん。ちょっと残念だね……」
「私も残念でなりません。初狩りではダンジョンの大ネズミ相手に『パラダイスアロー』と叫びながら矢を放とうと、密かに決意していたのですが……」
「パラダイスアローて……」
そういえば初狩りで僕は、大ネズミを相手に緊張して『パラダイスアロー』って噛んだんだっけか……。
喧嘩売ってんのか山田。
「……まぁ仕方ないさ。済んだことを嘆いてもしょうがない。とりあえずナナさん、初狩り達成おめでとう」
「ありがとうございますマスター」
兎にも角にもナナさんの初狩りは無事終了した。それ自体はめでたいことだ。
というかよく考えたら、ヤラセハンティングでもなく、ダンジョンの安全なモンスター相手でもなく、森で実際のモンスターを倒したんだ。
今回の狩りの方が、むしろよっぽど真っ当に狩りをしたと言えるかもしれない。
「さて、じゃあ解体を……ナナさんやってみる?」
「私がですか?」
「ナナさんも解体を覚えた方がいいと思うしさ」
「はぁ、ではやってみましょうか」
僕の初狩りでは、『子供には見せられない』と言って、父とレリーナパパがやってくれた。
けどまぁ歩きキノコならそこまで悲惨な映像にはならないだろう。
「解体用のナイフをお借りできますか?」
「あ、持ってなかった? じゃあ……これを――いや、こっちで」
マジックバッグをあさり、ふと目についたナイフをナナさんに貸し出そうとしたのだが……すぐさま思い止まる。
このナイフは、昨日レリーナちゃんとのダンジョン探索時に宝箱から出たナイフだ。
レリーナちゃんにお願いして譲ってもらったナイフを、ナナさんに渡す――その行為は、なんだか危険な気がする……。
なのでナナさんには、普段僕が解体に使っているナイフを手渡した。
「そのナイフはナナさんにあげるよ。解体時に使って」
「よろしいのですか? ありがとうございます」
代わりに僕は、ダンジョンから出たナイフを使うとしよう。
見た感じ悪いものでもなさそうだし、ちゃんとメンテナンスしてから砥げば使えるようになるだろう。
「なんだか解体というより、料理の下ごしらえみたいですね」
「キノコだからねぇ」
「まぁこんなもんですかね。では回収します」
「うん」
歩きキノコをサクサクと縦にカットしてから、マジックバッグに詰めていくナナさん。
「帰ったらみんなで食べましょう」
「え……?」
そうか。初狩りで討伐した獲物は、その日のうちに食べるのが習わしだ。じゃあ食べるのか、歩きキノコを……。
やっぱり僕も食べなきゃなのかな? キノコ嫌いなんだけど……。
「なんですか? 私のキノコが食べられないと?」
「いや、お祝いだし食べるけど……」
食べるけど、その言い回しは止めてほしい。
「さて、それじゃあどうしようか? 思いも寄らない形で初狩りが終わっちゃったけど……もう帰る?」
「いえ、私としてはダンジョンに行きたいです」
「そう?」
「マスターはここ数日、女をとっかえひっかえしながらダンジョンに通っていたのでしょうが、私は三ヶ月ぶりのダンジョンです。できたら自分の目でダンジョンを確認しておきたいです」
「言い方に悪意を感じるけど……まぁいいや、それじゃあ行こうか」
そういうことならこのままダンジョンへ向かおう。
ナナさんも実際に自分が作ったダンジョンで探索者が楽しんでいる様子を見たら、何かしら感動があるかもしれない。
もしくは、修正点や改善点なんかも見つかるかもしれない。
……例えば1-4エリアが、いかに窮屈なエリアになってしまっているかとか。
というか、あのエリアは拡張しようと思っていたんだけど、すっかり忘れていたな……。
まぁいいや、あの惨状はナナさんにも実際に見てもらおう。
「じゃあ行こうか」
「はい。……あ」
「うん?」
「少しマスターにお願いがあるのですが」
ダンジョンに向かって再び歩き出そうとしたところ、ナナさんに待ったをかけられた。
「実験がしたいのです」
「実験? なんの?」
「『騎乗』スキルの」
「『騎乗』スキルの……?」
どういうことだろう? 『騎乗』スキルの実験? ナナさんが何かに騎乗するというのか?
……なんだかイヤな予感がするんだけど?
「マスターの背に乗りたいのです」
「…………」
「肩車でもいいのですが」
「…………」
「なんですか? イヤだと言うのですか?」
そりゃイヤだろ。どう考えてもおかしな画になる。ナナさん大人だし、僕より背が高いんだよ? なのに肩車だなんて……。
「いいじゃないですか肩車くらい。父親なら娘を肩車するのは義務ですよ義務」
「義務かどうかはわからないけど……やっぱり少し恥ずかしいよ」
「娘を肩車する父親の、どこが恥ずかしいというのですか」
「いや、それは微笑ましい光景だと思うけど……そもそも、ここは危険な森の中だしさ」
「大して危険ではないでしょうが。ではあれですか? 安全な村の中でやりますか?」
「それは……」
そう言われると、たしかに村の中でやる方がイヤだし恥ずかしいけど……。
「さぁさぁ、私の前にひざまずいてください」
「その言い方やめて。というか本当にモンスターが出たらどうするのさ?」
「私が上から弓を射ちます」
「流鏑馬か……」
ナナさんのステータスを見たとき『流鏑馬できるな』なんてことを思ったけど、まさか自分が馬になるとは……。
「仕方ないなぁ……実験のためにちょっとだけだよ?」
「ありがとうございますマスター」
「とはいえ、さすがに肩車はバランスが悪すぎると思うから、おんぶで」
「了解です」
なんとなくナナさんの熱意に流されてしまった僕は、ナナさんに背を向けてしゃがみ込む。
「では失礼します」
「うん……」
のそりと僕の上に乗るナナさん。僕は両手をナナさんの太ももの下に回し、体を固定してから立ち上がる。……重いよナナさん。
「どうですか?」
「どうもこうも重いよ」
「失礼な。他には何か感じますか?」
「何かって聞かれても別に――うん?」
なんだこれ……。こうしてナナさんに乗られると、何か心地よさを感じるような……。
これが『騎乗』スキルの効果だろうか?
というか『騎乗』スキルの効果だと思いたい。
人に乗られて馬扱いされることに安心を覚えるのが、自分自身の性癖だとは思いたくない。
「ふむ。どうですかマスター?」
「うん。なんというか、なんだか力が湧いてくるような……」
「なるほど、私もそんな感じです。では――」
「うん」
ナナさんをおぶったまま、前へ歩きだす僕。
というか今――ナナさんは『では』と言っただけなのに、なんとなく『前へ進んでほしい』というナナさんの意思が伝わってきたような気がする。すごいな『騎乗』スキル。
「以前こんなことをしていたら、目の前にレリーナ様が現れたのですよね……」
「怖いこと言わないでよ……」
あったなぁそんなこと……。家を出てナナさんと手をつないだら、目の前にレリーナちゃんがいたんだ。
僕たちはとても怖い思いをして――最終的に、僕はレリーナちゃんと恋人つなぎをするようになった。
もしもあんなことが再び起きたとしたら――今度はおんぶしての移動を約束させられるかもしれない……。
「マスターどうですか? つらくはないですか」
「とりあえず重いよ」
「マスターはデリカシーがないですね……」
そんなことを言われても、重いものは重い。
それでもそこまで苦にならないのは、やっぱり『騎乗』スキルの効果だろうか。
「それにしても遅いですね……」
「そりゃおんぶしているんだから、スピードなんか出るわけないよ」
「『騎乗』スキルの効果で、もしかしたらマスターでも少しは速くなるかと思ったのですが……やっぱり遅いですね」
喧嘩売ってんのか山田。
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