第142話 独創性あふれるお遊戯会を
「決着の時だ、大ネズミ……」
「キー」
結局こうなるのか……。
ジスレアさんに『休憩が終わったら始めてほしい』なんて言われて、最初はなんのことかわからなかったんだけど――第三回お遊戯会のことだった。
ジスレアさんがお遊戯会のことを言っているのだと、僕は1-1まで連れて行かれたときにようやく気が付いた。
……正確に言えば、1-4エリアでのんびりしていた人たちが、ぞろぞろと僕の後を付いてきたときに気が付いた。
「さぁ大ネズミよ! 世界樹様から授かったこの剣を恐れぬのなら――かかってこい!」
「キー!」
そんなわけで、今日も僕は大げさな身振り手振りで大げさな台詞を吐きながら、大ネズミと戦闘を繰り広げることになった。
……だがしかし、一つ問題がある。どうしても見過ごせない問題が、観客にある。
なんだか楽しげに見ているジスレアさん――まぁこれはいい。
妙に真剣に見ているレリーナちゃん――まぁこれもいい。なんだかあまりにも視線が真剣過ぎてちょっと怖いけど……。というか、レリーナちゃんもこっちに混ざってくれていいんじゃないか、とも思うけど……。
とにかく、それよりも大きな問題がある。僕を遠巻きに見ているギャラリー、その最前列。
最前列に――母がいた。
「キー! キー!」
「そんな攻撃が当たるものか! 剣聖セルジャンと偉大なる魔法使いミリアムの血を引く僕に、当たるものか!」
今回も大ネズミの攻撃をひょいひょい躱して見せ場を作る僕。ギャラリーはキャーキャー沸いている。
……それはいいんだけど、やっぱりどうしても母が気になる。
さすがに実の母に見られるのはキツい。
知り合いや幼馴染に見られるのも結構キツいんだけど、実の母にお遊戯会プレイを見られる恥ずかしさは、その比じゃなかった。
それでも観客に喜んでもらおうと、しっかりお遊戯を演じる僕は偉いと思う。母が喜ぶかと思って、あえて父と母の名前を出す辺りも、僕は偉いと思う。
しかも、母が『賢者』と呼ばれるのが嫌いなことを考慮して、『賢者ミリアム』ではなく『偉大な魔法使いミリアム』と言い換えて紹介する気の利かせっぷりだ。僕は相当偉いと思う。
「てーい!」
「キー!」
もう十分見せ場は作っただろう。いい加減僕の羞恥心が限界だったので、大ネズミを横薙ぎに斬りつけて戦闘を終わらせた。
「キー……」
「ふぅ……。この村は――僕が守る!」
討伐した大ネズミがダンジョンに吸収されたのを確認してから、剣を高々と掲げ、決め台詞を消化した。ギャラリーは大盛りあがりだ。
ちなみにドロップは、またしても大ネズミの皮だった。……皮しか出さないなこいつ。
◇
「――ごめんねお兄ちゃん」
三度目のお遊戯会が終わった。
観客の声援に応え、握手に応じて、ジスレアさんから労いの言葉をいただき、母から肩をぽんぽん叩かれて『良かったわよ』なんて言葉を掛けられた。
どうにも例えようのない感情を抱きながらレリーナちゃんのもとへ戻ってくると――いきなり謝罪の言葉を受けた。
「えぇと……何がだろう?」
「何年か前に『もうおままごとをする歳じゃないよね』なんて、私はお兄ちゃんに言っちゃったから」
「あぁ、そういえば……」
そんなこともあったかもしれない。
確か初狩り直前のことだったか、レベルを10に上げたくて『これはもうおままごとをするしかない』と考えていた矢先に、そんなことを言われてしまったんだ。
よく覚えているなレリーナちゃん……。
「ごめんねお兄ちゃん。私はお兄ちゃんが、そこまでおままごとをしたかったなんて気が付けなかったの」
「……うん?」
どうやらレリーナちゃんは、僕がいい歳こいておままごとをしたがる人間だと勘違いしたようだ。
まぁ、それも仕方ないことなのかもしれない。先程のお遊戯会を見れば、『あぁ……こいつはこういうのが好きなんだな』なんて錯覚を起こしても仕方がない。
だけど違うんだレリーナちゃん。僕は強要されただけで――
「それに、私がおままごとにずっと付き合っていれば、こんなことには……」
「うん? こんなこと?」
「お兄ちゃんの演技に、ブランクを感じたの」
「ブランク……?」
「昔のお兄ちゃんは、もっと演技に熱があったし、独創性があったと思う」
「独創性……」
レリーナちゃんは難しい言葉知っているなぁ……。
よくわからないけど、ブランクによって僕の演技からは独創性が失われてしまったらしい。
妙に真剣に見ていると思ったら、レリーナちゃんはそんなことを考えていたのか……。
というか……まさかの展開だ。まさかダメ出しされるとは思わなかった。
僕のおままごとを喜んでいたレリーナちゃんだから、お遊戯会も喜んでくれるものだとばかり思っていた。
……いや、むしろ僕のおままごとを好きだったレリーナちゃんだからこその指摘か。
「生意気なことを言って、ごめんねお兄ちゃん」
「いや、いいんだよレリーナちゃん。ありがとう」
自分で言っていて、何が『ありがとう』なのかよくわからないけど……気付いたことを正直に伝えてくれる幼馴染の存在は、ありがたいのだろう、きっと。
「たぶんお兄ちゃんなら、すぐにあのときの独創性を取り戻せると思うの」
「あのときの独創性を……」
「私も応援するから、頑張ろうお兄ちゃん」
「う、うん。ありがとうレリーナちゃん……」
よくわからないけれど、あのときの独創性はすぐに取り戻せるらしい……。
独創性……もしかしてあれかな? おままごとで僕が適当にでっち上げていた設定のことを言っているのかな?
確かに言われてみると、僕はお遊戯会で特別な設定を作ったりはしなかった。強いて言うならば、『村を守るために、大ネズミと対決した』これだけだ。
え……もしかしてレリーナちゃんは、あんな感じでお遊戯会をやれと言うのか? あんなふうに設定をでっち上げろと言うのか? あんなノリでお遊戯会をやれと言うのか?
あんなノリだとすると――
『大ネズミよ! お前に殺された父の仇――今こそ取らせてもらう!』
とか――
『大ネズミ……。何故今更帰ってきたんだ……。もう遅い、もうすべてが遅すぎたんだ――!』
みたいなセリフを、冒頭で突然言い出すことになるんだけど……?
本気か、レリーナちゃん……。大勢の村人が見ている前で、そんなことをしろって言うの?
母も見ているんだよ? 母も見ているというのに、『父の仇だー』とか言いながら、大ネズミに斬りかかれって言うの? マジかよレリーナちゃん……。
next chapter:ナナさんの初狩り




