第136話 VS走りキノコ
昨日、僕は父と一緒にダンジョン探索を行った。
そして、ダンジョンではお遊戯会プレイを強要される羽目になった……。
ひどい辱めを受けたものの、探索自体は成功。なので今日からは、他の子供エルフ達にもダンジョンが開放される。
開放されるのだが――
「行きたくないなぁ」
「そうおっしゃられても……」
めそめそとナナさんに泣き言を言う僕。もう行きたくない。もうあの辱めは受けたくない。
「『ダンジョンメニュー』……ほら、見てよナナさん。今日もいっぱい人がいるよ」
「そうですねぇ」
ダンジョンメニューを開き、現在の探索者数を確認すると、どうやら今日もダンジョンはそこそこ賑わいを見せているようだ。
「僕はこの人たちの前で、また『剣聖の息子ごっこ』をしなければいけないのか……」
「ごっこというか、剣聖の息子であることは事実でしょうが」
「そりゃそうなんだけど――うん?」
「どうかしましたか?」
「んー……」
ふと気になったのが、メニュー内に表示されたダンジョン名。
昨日は確か、『ユグドラシルさんとナナのダンジョン』だったはずだ。それを見て、『僕の名前は入れてくれなかったのかナナさん……』なんてことを考えていた。
そして今日、またしてもダンジョン名が変えられていることに僕は気が付いた。
新たなダンジョン名は――
『ユグドラシルさんとナナアンブロティーヴィのダンジョン』
なんか増えてる……。
新たに『アンブロティーヴィ』が追加されている。これはいったい……。
「ねぇナナさん――」
「ところで今日は、ディアナ様とダンジョン探索ですね」
「え? あ、うん。その予定だけど……」
なんか露骨に話題を変えられた気がする……。
「ディアナちゃんと約束していたからね、二人で行ってくるよ」
「二人っきりですか」
「うん、まぁ……」
いつだったかディアナちゃんと交わした『二人でダンジョンへ行こう』の約束だ。
ディアナちゃんはダンジョン開放に向け、ずいぶんと奮闘していた。正直間違った奮闘っぷりだとも思ったけれど、とりあえず奮闘していたことには違いない。
というわけでダンジョンが正式に開放された今日、さっそく二人で探索へ行こうという運びになった。
「レリーナ様は、ずいぶん荒れていましたが……」
「…………」
実はレリーナちゃんからも、『一緒にダンジョンへ行こう』と誘われたのだ。
しかし以前から約束していたディアナちゃんのことがあったので、僕は正直に『ごめん、ディアナちゃんと二人で行くって約束していたから……』と、レリーナちゃんに伝えた。
――殺されるかと思った。
「まぁなんとか納得してもらえたからさ……今日はディアナちゃんと行って、明日はレリーナちゃんと行ってくるよ」
「日替わりで、女を取っ替え引っ替えですか」
言い方悪いな、おい。
……まぁいいや、とりあえず幼馴染とのダンジョン探索が終わったら、その後でナナさんと初狩りにでも行こうか。
なんだか連日のお遊戯会になりそうで、少し不安だけれども……。
「とりあえず、そろそろ出かけるよ。もういい時間だし」
ダンジョンメニューに表示されている『時計』の文字を見ながら、僕はナナさんに出発を伝えた。
メニューにはデジタル表示の時計機能が搭載されていたのだ。何かと便利。
「待ち合わせはダンジョンですか?」
「いや、ルクミーヌ村まで迎えに行ってからだね」
「そうですか。ではいってらっしゃいませマスター、お気を付けて」
「ありがとうナナさん。いってきまーす」
◇
「うん?」
ルクミーヌ村へ向け、テクテクと森の中を歩いていると、僕の第六感が反応した。
「眉間のあたりで『ピキーン』ってなった『ピキーン』って。この感覚、近くにモンスターがいる気がする」
初狩りから今まで、何度も森の中を探索し、モンスターとの戦闘を繰り返してきた僕は、いつの間にかモンスターの気配を探れるようになっていた。
ローデットさんに聞いたところ、『索敵』スキルらしい。
とはいえ、ステータスにも表示されないレベル1未満の『索敵』スキルだ。例えるなら、『索敵』スキルレベル0と言ったところか。
ちなみにこの『索敵』スキルレベル0――結構外れる。
以前敵がいるような気がして、いもしない敵を十分ほど探し回ったこともある。しょせんスキルにも至っていないスキルだ、こんなもんなのだろう。
「さて、今回はどうかな?」
辺りを周囲を警戒しながら『索敵』スキルもどきを頼りに、なんとなく敵がいそうな場所に視線を向ける。
「ん? あぁなんだ、歩きキノコか」
前方に見慣れたキノコのシルエットを確認できた。
どうやら今回は、しっかり『索敵』スキルもどきが仕事をしたようだ。
「とりあえず倒して、あとでレリーナ宅に押し付けよう――んん?」
なんだか歩きキノコの様子がおかしい気がする……。なんだろう、歩き方かな? 歩き方がおかしい?
もう少し近寄って、変な歩きキノコを観察すると――
「走ってる……」
走りキノコだ……。
なんだか跳ねるように移動していると思ったら、あれは歩きキノコではなく――走りキノコだ。
「というか……遅いな。初めて走りキノコを見たけど、こんなに遅いんだ」
軽いジョグ以下のスピードしかない。普通の歩きキノコと大して変わらない速度しか出ていないぞ……。
「どうしよう……あれでも進化したモンスターだし、やっぱり強いのかな?」
モンスターとは、動物や植物が瘴気を溜め込み魔物化した存在だ。
そんなモンスターがさらに瘴気を溜め込んだ結果、魔物としての進化が起こる。
歩きキノコが走りキノコになったり、ボアがワイルドボアになったり。
ウルフと呼ばれるオオカミ型のモンスターは、進化を重ねて最終的に、フェンリルやケルベロスなんかになるという。
進化したモンスターは、進化前に比べ、桁違いに手強い存在になると聞くが……。
「あ、気付かれた」
どうしようかと迷いながら走りキノコの後を歩いていたら、こちらに気付かれてしまった。近付きすぎたらしい。
というか、こちらはゆっくり歩いているのに近づけてしまうとは、どれだけ遅いんだ走りキノコ……。
「うわ、突進も遅いなぁ……『パラライズアロー』」
ゆっくりとこちらへ突進してくる走りキノコに向け、僕は『パラライズアロー』を放った。
僕の『パラライズアロー』を胴体に受け、倒れ伏した走りキノコ。
しばらく痙攣していたが……やがて動かなくなった。
「うん? ……これ、倒したんじゃないか?」
近くまで歩み寄り、矢で足をツンツンと突いてみるが、走りキノコはピクリとも動かない。
「死んでる……」
倒したようだ。切り札の『パラライズアロー』を使うまでもなかったかもしれない。
「進化とは何だったのか……」
果たして本当に、進化前より桁違いに強くなっていたのだろうか? 進化前も進化後も、弱すぎて比較ができない。
「とりあえず解体しよう……」
解体用のナイフで、走りキノコをサクサクと縦に切っていく。切った感じも、普通の歩きキノコと特別変わった様子はない。
そして細長くカットした走りキノコを、マジックバッグにスルスルと収納。
「どうしよう、少しは家族の分も貰おうかな?」
いつもだったら一体丸々レリーナ宅へ預けて帰るのだが、せっかくの走りキノコだ。
進化後のモンスターは美味しいとも聞くし、家族も喜ぶかもしれない。
「うーん……。とはいえ結局はキノコでしょう? 嫌いなんだよね……」
いくら美味しくなったとはいえ、キノコはキノコだ。お子様である僕の舌には合わない。
というわけで、いつも通りレリーナ宅に全部押しつけてしまおう。
「じゃあ帰ろうかな。とりあえず珍しいものを見れてよかった」
珍しいモンスターにも出会えたし、一応は進化後のモンスターを倒したのだから、ひょっとすると経験値もたくさん貰えたかもしれない。
走りキノコとの戦闘で満足した僕は、少し早いけどメイユ村へ帰ることにした。
「……ん? なんか忘れている気がするけど……?」
なんだっけ? なにか大事なことを忘れているような? ……まぁいいか、帰ろう。
――その一時間後、ディアナちゃんとの約束を思い出した僕は、ルクミーヌ村を目指し、森の中を全力で駆け抜けることになる。
おそらく走りキノコの十倍以上のスピードがでていたことだろう。マジックバッグに収められた走りキノコも、本当の『走り』ってやつを体で感じたはずだ。
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