第133話 村長さん
ダンジョンができて、二ヶ月ほど経った。
二ヶ月の月日が流れたが、意外にもアレクナナカッコカリダンジョンには多くの村人が未だに詰めかけている。
そして――未だ子供エルフのダンジョン探索は規制されている。
正直ここまで長いこと規制がかけられるとは思わなかった。長命なエルフらしく、意思決定までの時間ものんびりなのだろうか。
業を煮やしたディアナちゃんは、頻繁にルクミーヌ村の村長のもとへ向かい、陳情を繰り返しているらしい。
ディアナちゃんは僕のところへもよく愚痴りに来るが、話を聞く限り、なんだかリコール騒動でも起こしそうな勢いだ。
僕がルクミーヌ村に遊びに行ったときも、メイユ村の子供エルフ代表としてルクミーヌ村長のもとへ連れて行かれた。
ルクミーヌ村長と会うのは初めてで、てっきり『村長』というワードから、白いひげを貯えたおじいさんを連想してしまったわけだが……ルクミーヌ村長は、若くて美人な女性のエルフだった。
まぁエルフなので実際の年齢はわからないけど、若く見えるし間違いなく美人さんだ。
というわけで、そんな美人すぎる村長さんがディアナちゃんに糾弾されて困っているのを見て、ついつい僕は美人村長さんに肩入れし、庇ってしまった。
そして肩入れした肩をディアナちゃんに肩パンされ、今度は僕がディアナちゃんに糾弾された。
しかし、そんなディアナちゃんの奮闘もむなしく、未だに子供エルフはダンジョンへ立ち入り禁止だ。
いい加減僕としても、現在のダンジョンの状況を自分の目で確かめたい。
というわけで僕もディアナちゃんに習い、メイユ村の村長さんに陳情することにした。
――だが、ここで問題が一つ。僕はメイユ村の村長さんを知らないのだ。
「父ー、母さーん」
「何かしら」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
村長がどこに住んでいる誰なのか、そもそも存在しているのかすら僕は知らない。
なのでリビングでまったりしている両親に尋ねることにした。
「この村には村長さんっているのかな?」
「村長?」
「うん」
「そりゃあいるわよ?」
「いるんだ?」
ルクミーヌ村にもいたし、メイユ村にもいるんじゃないかと予想していたけど、やっぱりいるのか。
それにしては、今までこの村で村長さんの話題を聞いたことがなかった。
「どこに住んでいるんだろう? 僕は今まで知らなかったから」
「知らなかったの?」
「うん。見たこともなかったし、話したこともないよ」
「見たことも話したこともあるわよ?」
「うん?」
……あ、そうか。今まで僕が村長だと認識していなかっただけで、僕の知り合いだった可能性もあるわけだ。
別に村長さんだって、普段から『私が村長です』なんて言っているわけじゃないだろうしね。
「じゃあ僕も知っている人なのかな?」
「そうよ?」
「そうなんだ。どこにいるの?」
「そこにいるわ」
「え?」
母が指差した先――腕を組んで難しい顔をしている父がいた。
「父だけど?」
「村長よ?」
「村長……?」
え……父が? 父が村長なの?
母から指を差され、難しい顔で眉間にシワを寄せている父が村長らしい。
「父は、村長なの?」
「……うん。まぁ」
なんだか言葉少なに受け答える父。本人も認めているから、どうやら間違いではなさそうだ。
父が村長だったんだ、知らなかったな……。『私が村長です』って言ってくれたらよかったのに……。
僕は今まで父のことを狩人だか剣聖だかだと思っていたけど、村長という役職に就いている以上、むしろ職業は村長なんじゃないだろうか? ……だいぶグレードダウンした感は否めないけど。
――あぁ、それでか。グレードダウンしたからだろうな。村人的にも父は『村長』というよりも『剣聖』なのだろう。だから父を『村長さん』と呼ぶ人もいなくて、僕も父が村長だと気付かなかったんだ。
こうなると、ますます父が自分で『私が村長です』と言ってくれないと気付けない。
「なんで言ってくれなかったの?」
「別に、あんまり言うことじゃないかなって……」
いや、それは言うことでしょ。息子の僕にはしっかり伝えておくべきことでしょ。
「まぁその……前の村長さんが少し前に引退してね、そのあとを継いだんだ」
「少し前?」
少し前っていつだろう? 僕が知らないうちに、そんな交代劇があったのか。
「たしか五十年くらい前だったかな?」
「五十年……」
これだからエルフは……。そりゃあ僕も知らないわけだ、生まれる前だもの。
「五十年くらい前に、前の村長さんが『もう村長やめる』って言い出してね」
「そんな感じでやめちゃったんだ……」
なんだか僕のイメージする村長引退のコメントとは、だいぶギャップがある気がする。
「なんでやめちゃったのかな?」
「もう二百年以上村長をやっていたから、飽きたんじゃないかしら?」
「二百年……」
すごいな、とんでもない長期政権だ。それは飽きるのも仕方がない。
「そんなわけで、次の村長を決めることになったんだけど……」
「それで父が選ばれたんだ?」
「いや、最初はミリアムが候補に上がったんだ」
「母さんが? あぁ、やっぱり母さんは賢者だから――ヒッ」
うっかり母の前で禁句を喋ってしまった……。すっげぇ睨まれた……。
賢者と呼ばれるたびに不快感をあらわにする母だが……村人としては僕と同じ感覚だろう。村長が賢者様なら、なんとなく安心だ。なにせ賢者様だし。
「えぇと、母さんはなんで村長をやらなかったの?」
「ダサいから」
「…………」
その言い方はどうなのだ……。立派な役目だろう村長……。
「ミリアムがすごく嫌がったせいで、僕に役目が回って来たんだ」
「そうなんだ、代わりに父が」
「うん、まぁ代わりだね……。ミリアムがダメだったから、僕はその代わりだね……」
「あ、ごめん父」
なんだか父がやさぐれてしまった……。
「別に僕は村長がそんなにイヤなわけでもなかったんだ。前の村長さんを尊敬していたし、立派な仕事だと思っていたんだけど……」
「うん」
「ミリアムがあんまりにも『イヤだ』『面倒くさい』『ダサい』『かっこ悪い』『村長って響きがなんかイヤ』『白いひげを貯えたおじいさんっぽい』って連呼して断ったのを、間近で見ていたから……」
「…………」
母がそこまで嫌がった村長をやれって言われたら、そりゃあ微妙な気分にもなるわな……。
「えぇと、それでも村長の役目を引き受けて頑張っている父を、僕は尊敬するよ?」
「ありがとうアレク」
そう言って僕の頭を撫でる父こと村長さん。
……父こと村長さん? あ、そうか。父が村長ってことは、息子の僕は――村長の息子なのか。
うわ、なんかそれは、うわぁ……。なんとも微妙なキャラ付けをされた気がする……。
村長の息子とか、なんだか微妙。異世界転生的に考えると、なんだか悪いやつっぽい。
今まで僕は自分のことを異世界転生した主人公だと思っていたんだけど……村長の息子なんて、むしろ異世界転生した主人公をいじめたりする役柄じゃないだろうか?
異世界転生した主人公で、剣聖と賢者の息子だったはずなのに、村長の息子か……。なんだか僕もえらくグレードダウンしたな……。
いやまぁ、主人公かどうかはともかくとして、剣聖と賢者の息子であることに変わりはないんだけどさ……。
next chapter:私が村長です




