第127話 ユグドラシルさん来訪
今日は棚を作った。
僕は普段から木工作業に勤しんでいるわけだが、木工作業――DIYといえば、なんとなく棚作りな気がする。
けれども、意外にも僕は今まで棚を作ったことがなかった。自分の部屋にはすでにきちんとした棚が設置されていたからだ。新たに収納を用意する必要がなかった。
今回作った棚は、今まで作った人形群を収めるための物だ。
なので棚というよりコレクションケース、もしくはフィギュアラックと呼んだ方が適切かもしれない。
今まで人形は、そのまま床に置いていた。そのうちどうにか処分しようと考えていたので、『一時的に床へ』そんな意識でそのまま床に置いていた。
かなり邪魔ではあったのだけど、棚まで作って飾ってしまったら、本当に捨てられなくなってしまいそうだったから……。
ただまぁ、今回いろいろと思うことがあって、ついに僕は棚を作った。木工シリーズ第三十七弾『棚』である。
そんなわけで、完成したばかりの棚に人形を収めていく。布で拭いてホコリを払ってから、せっせと棚に収めていく。
「後半のクオリティはすごいな……」
作った順に並べてみたところ、後半に進むにつれて作品のレベルが跳ね上がっていく。
……ついでに母人形の胸のボリュームも、跳ね上がっていたりもする。
「木工師見習いアレク、その歴史を感じられる……」
全ての人形を棚に収めて満足した僕は、ぼんやりと棚の人形群を眺めながらそんなことをつぶやく。
「なんだかこう見ると、バランスが悪い気がする。もうちょっと他の人も彫った方がいいのかな」
人形のほとんどが母人形で、合間合間にユグドラシル神像が挟まっている形だ。
もうちょっとレリーナちゃんやディアナちゃんあたりの人形を増やしてもいいかもしれない。
「ふむ。年一くらいでレリーナ人形とディアナ人形を作ってみたらどうだろう? だんだん大きくなる人形が、二人のアルバム的な役割を果たしてくれるんじゃないかな?」
……しかし、二人はもう十二歳と十一歳。それを始めるには少し遅かっただろうか。
それに、結局あと十年もしたら、二人の成長も止まってしまうしな。
そこで『容姿が変わらないから』なんて言って人形作りを止めたら、レリーナちゃんは怒りそうな気がする……。
「というか、そもそもそんな感じで人形を作り続けたら、ディアナちゃんには『なんかキモい』とか言われそうだ……。やっぱりやめるか……」
「相変わらず、アレクは独り言が多いのう……」
「ヒッ」
突然背後から声が聞こえ、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。
慌てて振り返ると――ベッドに腰掛けたユグドラシルさんが、微妙に冷たい目で僕を見ていた。
「さてアレク。お主にはいろいろと聞きたいことがある」
「あわわわわ……」
◇
「ふむ。つまり、チートルーレットでダンジョンコアを手に入れたわけじゃな?」
「そうです」
「そして、起きたらダンジョン作りを手伝ってくれる娘――ナナとやらがついてきたと」
「はい」
「それから、えぇと――『ナナはわしの友人じゃと両親に紹介』『アレクの元へ行くようにわしが言ったことにした』『わしのことを合法ロリだとナナが発言』……合法ロリ?」
「…………」
きちんと謝らなければいけないと思った僕は、ユグドラシルさんに謝罪すべき事柄を、すべてメモに取っておいた。
現在そんな『ユグドラシルさんごめんなさいリスト』を、ユグドラシルさん本人に確認してもらっている。
リストの内容をまとめると――
ナナさんはユグドラシルさんの友人ということにして、両親に紹介。
ユグドラシルさんから『何かあったらナナは、アレクの元へ行け』と言われたことにした。
ユグドラシルさんのことを『合法ロリ』とナナさんが発言。
ユグドラシルさんに許可を取らず、勝手にダンジョンを設置。
ダンジョンの扉に『ダンジョンコアを壊さないように。――世界樹ユグドラシル』と書いた。
ナナさんはユグドラシルさんの友人だと、ディアナちゃん、レリーナちゃん、ローデットさん他、村人百名以上に紹介。
ローデットさんに、ダンジョン関連の称号とスキルを見られてしまったので、『ダンジョンを始めるよう、ユグドラシルさんに言われた』と説明。
ローデットさんに、『ナナさんの不思議なステータスのことは、ユグドラシルさんに直接聞いてくれ』と伝えた。
――リストはこんな感じだ。
しかし多いな……。しっかりと謝罪すべく、事細かに記したのだけど、『合法ロリ』のくだりとか書かなくてもよかった気がする……。
「ふむ。なるほど……」
「誠に申し訳――――あ」
僕が頭を下げて謝ろうとしたところ――その頭をユグドラシルさんに掴まれた。
「たわけが」
「いたたたたたた」
痛いっ! 久々なやつだ! 久々にウッドクローだ!
初めて出会ったとき以降も、何かとちょこちょこもらっているウッドクローだ!
「誰が合法ロリじゃ」
「いたたたたたた――そ、それは僕じゃないのに!」
リストの中でそこが一番気になったのか……。というかユグドラシルさんは言葉の意味がわからないだろうに……。
「うぅ……痛い」
「痛くしたのじゃ」
「すみませんユグドラシルさん……」
「わしの名前を騙るのはあまり感心せん。というか騙りすぎじゃ貴様」
「つい……」
ついユグドラシルさんに全て投げてしまった。ダンジョン関連ナナさん関連の出来事は、もう僕の手には余りすぎたから。
「せめてわしに許可を取らんか許可を」
「申し訳ありません。なにぶんナナさんが、もう生まれてしまったので……」
「む、そうじゃ、そやつはどこじゃ? おらんのか?」
「えぇと、呼んできますね?」
「うむ」
僕が尋ねると、ユグドラシルさんは手をワキワキさせながら応えた。
あぁ、ウッドクローだ。ナナさんもウッドクローだ……。
◇
「いたたたたたた」
「いたたたたたた――なんで僕も!?」
「ついでじゃ、たわけが」
痛い……。うぅ、完全に油断していた……。
ユグドラシルさんの指示を受けた僕は、微妙にグズるナナさんを引っ張り、ユグドラシルさんの居るこの部屋まで連れてきた。
部屋に入った瞬間顔面を掴まれるナナさん。ぼーっと見ていたら、何故か再び僕も顔面を掴まれてしまった。
――ダブルだ、ダブルウッドクローだ。
「痛いです……。これがウッドクローですか……。いえ、ただのウッドクローではなく、ダブルでしたね――ダブルウッドクローですか」
「変な名前をつけるな」
「いたたたたたた」
余計なことを口走ったナナさんが、再びウッドクローの餌食になった。
よかった……。僕は余計なことを言わなくてよかった……。
「それで、お主がナナじゃな?」
「うぅ……はい、そうです。この度は誠に申し訳ございませんでした」
ナナさんが頭を深々と下げて謝罪した。
「全くじゃ、これまでのこともそうじゃし、今日もじゃ」
「今日? 今日、何かありましたか?」
「ミリアムじゃ」
「母? 母が何か?」
「家に入る前に挨拶したのじゃが……『もうナッちゃんはうちの子よ? ユグちゃんに渡すことはできないわ』とかなんとか、突然言われたのじゃ」
「なんと……」
「意味がわからんかったわ」
そんなことがあったのか……。
なんというか……早い、早いな母。もうそこまで好感度が貯まったのか。というかチョロいな母。
「えぇと……とりあえず良かったねナナさん」
「はい。お祖母様が、お祖母様が私のことをそんなふうに……」
「え、ちょっとナナさん大丈夫?」
ナナさんはホロホロと涙をこぼして感動している。
「つまりお祖母様は、私のことを孫だと認めてくれたのですね……」
「いや、それは違うと思うけど」
孫だとは思っていないと思う。
けどまぁ、母はナナさんのことを同じ家族か、娘くらいには考えているのかもしれない。
……やっぱりちょっと早すぎる気もするけど。
「あ、それでユグドラシルさんは、母になんて答えたんですか?」
「とりあえず『うむ』とだけ言った」
「そ、そうですか」
「そうしたらミリアムに『ありがとうユグちゃん』と言われ、頭を撫でられたので、もう一度『うむ』と返した」
「えぇと……ありがとうございます、ユグドラシルさん」
「……うむ」
そうか。ユグドラシルさんはわけがわからないまま、なんとなく話を合わせてくれたんだな……。
なんというか、さすがユグドラシルさんだ。もうどう感謝したらいいかわからない。
とりあえず『ユグドラシルさんごめんなさいリスト』に『アドリブで無茶な対応をさせてしまった』と、付け加えておこうか……。
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