第115話 VS大ネズミ6
女神ズに『プライバシーの大切さ』を説いたところで、いよいよダンジョン作りが始まった。
「では作っていきましょう。どうしましょうか、とりあえず大まかなエリアを決めてしまいましょうか?」
「それはいいんだけど……ねぇナナさん」
「はい? どうかしましたか?」
「さっきライブダンジョンを見ながら話していたことなんだけど……『ショッキングな映像が流れる可能性』の話をしていたでしょ?」
「そうですね。どうしてもここはダンジョンで、人とモンスターとの戦闘が行われるはずですから」
「つまりさ……僕が作ったダンジョンで、酷い目に遭う人が出るかもしれないんだよね?」
「それは、まぁ……」
それは……イヤだな。そんなことは起こってほしくないな。
「特にここはメイユ村とルクミーヌ村の間だしさ……。いや、知らない人なら酷い目に遭ってもいいってわけでもないんだけど……。とにかくここで人に死んでほしくない」
例えるなら、僕はこのダンジョンのオーナーなわけだ。
施設のオーナーとして考えるなら、施設内に死亡事故が起こりそうなアトラクションがあったら、普通は止めるだろう。というか、作っちゃダメだろそんなの。
というわけで僕としては、どうにか人死にが出ないようなダンジョンを設計したい。
「モンスターを全部歩きキノコにしてみようか?」
「いや、さすがにそれは……」
「ダメかな? さすがに歩きキノコなら死ぬ人はいないと思うんだけど」
「うーん……」
どうしたものかな、なんとかセーフティネットを整備したい。
「できたらモンスターが手加減してくれたらいいんだけど……」
「…………できますよ?」
「できるの!?」
「はい。しかしそうなると、モンスターのコストがかなり上がってしまうと予想されますが」
「いいよいいよ。安全のためだ、それでいこう。どんな感じに手加減してくれるのかな?」
「そうですね、対象が死亡しそうな場合、そこで攻撃を中止すればいいわけですから――」
「ふんふん」
「ちょっと設定してみましょう『ダンジョンメニュー』」
ナナさんがメニューを開いた。……というか、ナナさんも開けるのか。
ナナさんが開いたメニューは、僕のより大きめだ。幅が二十五センチ、高さは十五センチくらいかな? 横長なメニュー……って、なんかメニューが二つあるけど?
「ナナさんのは、なんで二つ?」
「キーボードですよ」
「キーボード……? そういうのもあるのか」
「少し待っていてください、今設定してみます」
ナナさんはそう言うと、カタカタとキーボードを高速でタイピングし始めた。
「おー。なんだかすごいねナナさん。こうしていると、ナナさんが有能に見える」
「見えるってなんですか。見えるだけじゃなく、有能ですよ。有能なナナです」
今まではあんまり有能な部分は見られなかったけど、さすがはダンジョンのナビゲーターさんだ。ここからが本領発揮といったところか。
「とりあえず、対戦相手の状態をモンスターに判断させて、危険なら攻撃を中止するようプログラムしてみます」
「なるほど……。モンスターをそんなふうにカスタマイズできるんだね、すごいなダンジョン」
「そうでしょうそうでしょう」
ナナさんはどことなく自慢げだ。
にしても、僕のダンジョンメニューにはそんな複雑な設定項目はない。僕には設定できないのかな?
「メニューに――あれ? 消えた」
僕のメニューが消えてしまった。なんでだ? 『ダンジョンメニュー』とは言っていないよね?
「マスターは今、『ダンジョン』と『メニュー』を、続けて口にしましたからね、なので消えました」
「あぁ、そういえば言ったかも。時間が開いてもダメなのか……」
言わないようにしていたのにな、なんだか悔しい。
これが『ダンジョンメニュー』と言ったら魂を取られてしまう頭脳戦漫画だったなら、僕は負けていたな……。
「それで、どうかしましたか?」
「うん。まぁいいや、なんでもないよ」
「そうですか?」
ナナさんがやってくれるんだし、別にいいや。そんな複雑で細かい設定は、ナナさんに任せてしまおう。
「よし、一応できました――たっか」
「うん?」
「モンスターのコストが、異常なことになりました」
「そうなんだ」
「モンスターにかなり複雑な判断をさせることになりますので、そのための判断能力を備え付けると、コストが……」
「お高くなっちゃったんだ」
そうかー……。とはいえ、それは仕方ない。僕としては譲ることのできないラインだ。
問題は、どのくらいお高くなっちゃったかだけど……。
「マスターの好きな大ネズミをカスタマイズしてみたのですが、コストがケルベロスを超えています」
「それはすごいね……」
ネズミのくせに、地獄の番犬を超えるのか……。
……いや、待ってナナさん。別に僕は大ネズミが好きってわけでもないのよ?
「どうしましょうか?」
「うーん……。だけど、もう僕はそれで死亡事故を防げると知ってしまったからさ。今更高いからやっぱなし――なんてことはできないよ」
「そうですか。ではこれで……はい、マスターのメニューにも反映しました」
「ん? じゃあ、『ダンジョンメニュー』」
ナナさんに言われてメニューのモンスター欄を覗くと、『大ネズミ』の下に『不殺大ネズミ』が追加されていた。
「不殺大ネズミ……?」
……なんかイラッとした。
大ネズミ如きが、偉そうに殺さずの誓い立てていることに、軽くイラッとした。
「どうかしましたか?」
「このネーミングは……ナナさんが?」
「はい」
「そっか……まぁいいや。それじゃあ買っちゃおうかな……って、高いな」
「そう言ったじゃないですか……」
なんか普通の大ネズミと桁が違う。なんだこれ、いくつ違うんだ? 十以上桁が違う。
「ちなみにそちら、大ネズミ一体の値段ではなく、『ポップ機構』の値段となっております」
「ポップ機構?」
「モンスターが出現する機構です」
「あぁ、じゃあ一回買えば、無限に湧いてくるんだ?」
「そうなります」
殺さずの誓いを立てた大ネズミが、無限に湧くのか……。
「どうしますかマスター? なんなら不殺大ネズミではなく、不殺歩きキノコにしますか?」
「いや、不殺大ネズミでいいよ。不殺大ネズミを買う」
キノコ嫌いだしね。
……というか、なんだ不殺歩きキノコって。歩きキノコに殺されてたまるか。むしろ歩きキノコなんて、デフォルトの状態が不殺歩きキノコだろうが。
「えーと、じゃあ不殺大ネズミを……あ、確認ダイアログが出るんだ、親切」
『不殺大ネズミ』の文字をタッチしたら、メニューに『不殺大ネズミを購入しますか』の文字が出現した。
なんだか『え、本気でこれを購入するんですか?』と聞かれたような錯覚を起こしつつも、僕は『はい』をタッチ。
「えーと、エリアの選択? 選択も何もこのエリアしかないんだから、ここで」
「ちなみに、別のエリアにも配置したい場合は、エリアごとに別途購入が必要です」
「そうなんだ、じゃああんまりエリアを増やせないかもなぁ……」
とりあえず現在僕たちがいるエリアを選択。再度現れた確認ダイアログに『はい』と答えた。
「設定したけど?」
「ではどこからか、不殺大ネズミが出現するはずです」
「ふむ」
というわけなので、ナナさんと一緒に周囲を警戒していると――
「あ、ナナさん。あれかな?」
「あれですね」
突然地面の一部がうねうねと脈打ち始めて、縦方向に伸び出した。
「あんな感じでポップするんだ」
伸びた地面は、瞬く間に大ネズミの姿をかたどり、色づいていく――
「キー」
「おー。完成だ」
「このダンジョンの初モンスターですね」
「そう思うと感慨深い……うん? なんかこっちに向かってきてない?」
「モンスターですから」
「え、え、え」
そうなの? 僕にも襲いかかるの? まずい、なんの準備もしていなかった。
「く、僕はダンジョンマスターなのに! 飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ!」
「ネズミですけどね」
冷静にツッコんできたナナさんを庇うように立ち、僕は慌ててマジックバッグから世界樹の剣を引っ張り出して――
「てーい」
「キー!」
目前まで迫った大ネズミを、横なぎに斬り払った。
「キー……」
「よし。倒し……うん?」
斬られて地面に倒れ伏した大ネズミが、突然うねうねと脈打ち始める。
そして、まるで出現した時の逆再生のように、脈打ちながら溶けるように地面に吸収された。
「消えちゃった……。あ、けど何か残ってるよ?」
少し警戒しながら大ネズミの遺品を確認すると――
「皮かな? 大ネズミの皮?」
「ドロップ品です。このようにダンジョンのモンスターは討伐されると、なんらかのドロップ品を遺したのち、ダンジョンに吸収されます」
「へー」
「これにより、探索者は解体の時間を節約できます。また、ダンジョン側も一部を除き回収できることで、エネルギーの節約になります。win-winです」
「なるほど。まぁ欲しい素材が手に入らないってこともありそうだけど……」
というか、僕も大ネズミの皮とかいらない。
「あ、それでナナさん。さっきのは不殺大ネズミだったんだよね?」
「そうですよ?」
「なんか普通の大ネズミと同じように感じたけど?」
「相手が死にかけたら攻撃を中止しますが、それ以外は普通の大ネズミです」
「そうなんだ……」
あんな普通の大ネズミが、ケルベロス以上のコストなのか……。
正直無駄遣いをしてしまった感がすごい。
「あ、あと僕にも襲いかかってきたけど? そういうものなの?」
「そうですよ? まぁお望みとあらば、マスターを判断して襲わないようにプログラムした『従順不殺大ネズミ』を作りますが?」
「いや、それはいいや……」
さすがにこれ以上高い大ネズミは、もういらない……。
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