第112話 削ぎ落としてやる
僕とナナさんは、ダンジョン設置予定地へ到着した。
「何事もなく着いてよかったね?」
「あったでしょうが」
「…………」
まぁ……あったといえばあった。
少しエキサイトしてしまったレリーナちゃんとの遭遇イベントが、あったといえばあった。
「その『何事もなく着いた』って、ユグドラシル様のときにも言っていましたよね? もしかして幼馴染を庇おうをしているのですか? それとも幼馴染の狂気から目をそらそうとしているのですか?」
「……分析しないで」
たぶんどっちもだ。
「それにしても恐ろしかったです。思わず腰が抜けるかと思いましたよ」
「え? いや、抜けてたでしょ。ナナさん立ち上がれなくなって、ずっと僕にしがみついていたじゃないか」
「そう……でしたか? 無我夢中だったので、あまり覚えていないのですが……」
「しがみついていたよ、正直すごく邪魔だった。『邪魔だ』って叫んでも全然離してくれなかったし」
「それも記憶にありません……。なんとなくマスターが『山田ー! 山田ー!』と叫んでいたのは覚えていますが」
「『山田』……?」
いや、そんなふうに叫んだ記憶が僕にはないんだけど……。
あれ……? もしかしたらナナさんは、『邪魔だー』と『山田ー』を聞き間違えていたのか? まさかそうなのか? そんなことってあるのか……?
「しかし、あれがレリーナ様ですか。もちろん知識としては知っていましたが、実物はあんなにも恐ろしいのですね。生は迫力が違いました」
「そう……」
まぁそんなわけで僕とナナさんは、仲良く手をつないで自宅を出発する場面を、そんな決定的瞬間を、レリーナちゃんに見られてしまった。
ヤキモチを焼いたレリーナちゃんは、すぐさま僕とナナさんをころ――こらしめようとした。
その剣幕に驚いたナナさんは腰を抜かし、僕にしがみついた。その行為により、さらにレリーナちゃんは激怒する。
僕は襲いかかってくるレリーナちゃんをなんとか食い止め、マジックバッグに伸ばした彼女の右手を抑えこんだ。
そして僕は、なおも暴れるレリーナちゃんと必死に格闘しながら、しがみついてくるナナさんに『邪魔だー』だか『山田ー』だか叫び続けることになったわけだ。おそらく結構な地獄絵図だったであろう……。
「トラウマになりそうですよ。生まれて初めて自分が爆乳であることを後悔しました」
「なんかレリーナちゃんは、そこが気になったみたいだね」
レリーナちゃんはナナさんの爆乳――エルフ比で爆乳――が気になったようで、そこに突っかかっていた。
「思いっきり掴まれてしまいました」
「掴まれていたねぇ」
「『削ぎ落としてやる』って言われました」
「言われていたねぇ」
どうやらレリーナちゃんは、僕がナナさんの爆乳に魅了されてしまったのだと考えたらしい。
拘束されていない左手でナナさんの胸を掴み、『これか! 削ぎ落としてやる!』と叫んでいた。
とても怖かった。もしかしたら削ぎ落とすための道具がマジックバッグに入っていて、それを取り出そうとしていたのだろうか? 怖い、とても怖い。
「たぶんマスターが、豊胸したお祖母様の人形ばかり作っているせいですよ?」
「え、あれのせいなの?」
「マスターが胸の大きな女性に並々ならぬ関心を抱いていると、レリーナ様はそう考えたのではないでしょうか?」
「別に新型母人形は、僕の性的嗜好を反映したものではないというのに……」
というか、もし僕の好みだったとしても、母親の人形には反映しないよ……。
「しかし、自宅を出た直後に遭遇したのは不幸中の幸いでしたね。お祖母様もお祖父様も、すぐに駆けつけてくれました」
「うん。それは助かった。助かったけど……」
「けど?」
「ナナさん、母のことを『お祖母様』って呼んでいたよ?」
「……え?」
ナナさんは半泣きで『おばあさまー』と言いながら、駆けつけた母に抱きついていた。
「無我夢中だったので……」
「まぁそうだろうね……」
たぶん母的にはあまり嬉しくない呼び方だったと思う。けれど、かなり切羽詰まった様子のナナさんを、母は怒りはしなかった。
しかし、微妙に怖い顔にはなっていた。おそらく昨日今日でナナさんが貯めた母の好感度は、全て吐き出す結果になってしまったのではないだろうか。
「そういえば、マスターもお祖父様を『剣聖さん』と呼んでいましたよ?」
「……え?」
「駆けつけたお祖父様に『剣聖さん、レリーナちゃんの右手を! 右手を抑えて! それは剣聖さんの役目でしょ!』とかなんとか叫んでいました」
「……僕も無我夢中だったから」
「お祖父様は無表情になっていましたね」
「そうなんだ……」
そうか、そんなことを言ってしまったのか……。ルクミーヌ村で『僕は剣聖ですー』と叫んだ父の逸話を、ふと思い出してしまったせいだろうか。
かなりひどいことを言ってしまった気もするけど、それでも剣聖さんがレリーナちゃんの右手を抑えてくれたのは覚えている。剣聖さんはしっかりと役目を果たしてくれたんだな。
ちなみに僕と剣聖さんでレリーナちゃんを抑え込んでいる間に、ナナさんは母と一緒に退避させた。
「それで、レリーナ様はあれからどうなったのですか?」
「ちゃんと説得したよ? 繰り返し『削ぎ落としてはダメだよ?』と伝えたから、たぶん削ぎ落とさないでくれると思う」
「たぶんでは困るのですが……」
「あと、ナナさんがうちに泊まっていることも一応伝えたよ?」
「伝えたのですか?」
「黙っているわけにもいかないでしょ」
そのことを伝えると、レリーナちゃんは驚いた様子を見せてから――またもやマジックバッグに右手を伸ばそうとした。
しかしすでにレリーナちゃんのマジックバッグは取り上げ、父に渡しておいた。……むしろ、だからこそ話を切り出したのだけど。
レリーナちゃんは伸ばした右手が空ぶったことを不思議そうにしてから、自分のマジックバッグを父が持っていることに気付き、父を睨みつけた。父は怯えていた。
とりあえず僕はレリーナちゃんに、『ナナさんはユグドラシルさんの友達で、うちで預かっているだけ』『別に僕とナナさんは特別な関係じゃない』ということを、しっかり力説した。
だがレリーナちゃんはあまり納得してくれず、『何故手をつないでいたのか』『何故お兄ちゃんは新しい女を増やすのか』『何故私だけを見てくれないのか』『私だけを見てくれない目は、本当に必要なのか』を問われた。
僕はその問いひとつひとつに対し、丁寧に答えた。
特に最後の質問は、丁寧に丁寧に丁寧に答えた。目は大事だと、必死で訴えた。
「最終的に、これからはレリーナちゃんとも手をつなぐことになったよ。それで納得してくれて、帰ってもらった」
「そうですか。それで私の爆乳が守られるのなら、よかったです」
「そうだね、僕の目も守られる」
「目?」
それにしても、レリーナちゃんの説得に時間がかかったことで、ずいぶんと出発が遅れてしまった。
早めにダンジョン設置を終わらせて、ナナさんに村の案内をしたかったんだけどな。
メイユ村の人にもナナさんを紹介したかった、僕は架け橋になりたかったのに。
下手したら、今日ナナさんを紹介できたメイユの村人は、レリーナちゃんだけなんてことになりかねない。
……まぁ、ある意味一番難易度の高いミッションを、今日で達成できたと言える。もしかしたら、それはとても満足すべき成果なのかもしれない。
とはいえ、『ナナさんを削ぎ落とそうとしたレリーナちゃんと、それを恐れて半泣きで逃げ帰ったナナさん』――そんな先程の出来事を、『レリーナちゃんにナナさんを紹介した』と言えるのかは、ちょっぴり疑問だけど……。
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