第106話 ダンジョンコア
ナビゲーターさんの名前は――ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田さんに決まった。
というか、やっと決まった。無駄に時間が掛かってしまった。
『アコ』にはダメ出しをくらい。『ジョン子』はボツをくらい。次の『ヴァネッサ』は『まぁまぁ』の判定を貰った。その次に彼女の髪型から着想を得た『パッツン』を提案したところ、彼女には無言で睨まれた。
そんなふうに僕は一時間くらい候補を出し続けた。最終的にどれに決まるんだろうと思っていたら――ナビゲーターさんは気に入ったものを全て名前にぶち込んだらしい。
なんだかんだ最初に提案した『アコ』も採用してくれた。……『山田』も入っているのが少し謎だけど。
「それで、ナナさん――」
「ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田です」
「いや、さすがに毎回フルネームを呼ぶのはちょっと……」
ちょっと無理だ。そもそも全部覚えられるか自信がない。下手したら最初の『ナナ』と、最後の『山田』しか覚えられないかもしれない。というか『山田』のインパクトが強すぎる。
「仕方ありませんね、ナナでいいです」
「えぇと、ありがとう……? それじゃあナナさん、さっそくダンジョンのことを教えてほしいんだけど」
「はい。これからマスターには、ダンジョンのデザインをしていただきます」
「デザイン?」
「ダンジョンの区画、配置するモンスターや罠などの決定ですね」
「ふんふん」
「『ダンジョンメニュー』――この言葉を口にすれば、マスターの目の前にウィンドウが開きます。このダンジョンメニューで、現在の状況確認や設定の変更が可能です」
「へぇ! じゃあ、ダンジョンメニュー。……あれ? ダンジョンメニュー! ……あれ?」
何も出ない……。
「……まだダンジョンを設置していませんので」
「そう……」
恥ずかしいな。ついつい先走って叫んでしまった……。
なんとなく『ステータスオープン』と叫び続けていた幼少期を思い出した……。
「そういえばマスターは『ステータスオープン』と叫ぶのが好きでしたね」
「別に好きで叫んでいたわけじゃないけど……」
しかし『キーワードを唱えたら、目の前にウィンドウが出現』は、ある意味昔からの夢だった。それをいよいよ体験できると思うと、なんだか感慨深いものがあるかもしれない。
「じゃあ、まずはダンジョンを設置しなければいけないのかな? どうやって設置するんだろう?」
「こちらご覧ください」
ナナさんが自分のブラウスの中に手を突っ込んで、直径五センチほどの小さな赤い水晶を取り出した。……どこに入っていたんだろう。
「これがダンジョンコアです」
「なるほど、これが――ヒッ」
「おっと」
差し出されたダンジョンコアを受け取ってすぐに、手から落としてしまった。
僕の手から転がり落ちたダンジョンコアは、床に激突する前にナナさんが素早くキャッチした。
「なんですか、急に」
「な、なんだかビクンビクン動いていたから、驚いて……」
あと妙に生暖かくて……。まぁこれはナナさんの体温が移ったのかもしれないけど。
「そりゃあ動きますよ、生きていますから」
「生きてるんだ……」
まぁそうか、なんだか納得できる気もする。水晶が生きているとなれば驚くけど、ダンジョンコアなら、むしろ生きていて普通なような?
「乱暴に扱わないでください、いわば私の母です」
「そっか、ごめん」
「いわばマスターの妻です」
「それは違くない?」
確かにナナさんからしたら僕は父で、ダンジョンコアは母。
つまりナナさん的には、僕とダンジョンコアは両親なのかもしれないけど……。
「しかし危ないところでしたね、危うく地面に落ちるところでした」
「え、もしかしてナナさんがキャッチしなかったら、割れちゃっていたのかな?」
「割れはしません。ただ、この部屋にダンジョンへの入り口ができていたと思われます」
「えぇ……」
地面に落とすだけでダンジョンになっちゃうんだ……。というか地面じゃなくて部屋の床なんだけど、それでもダンジョンにしちゃうのか。
「あ、それならむしろ部屋に作って、自分だけのダンジョンっていうのもありなんじゃないかな?」
「そんなものが部屋にあったら邪魔じゃないですか? ただでさえマスターのお部屋は物で溢れているのに」
ナナさんが僕の部屋に陳列されている人形群や、等身大母人形をちらりと見てからつぶやいた。
「すごいですねこれ、すごい迫力です。今にも動き出しそうです、怖いです」
「怖いのか……」
「これを作るマスターにも恐怖を感じます」
「…………」
等身大母人形は、完成まで数カ月を要した力作だ。
せっかく等身大にしたのだから、胸の部分もきちんと実在の母に合わせようかと迷ったけど、母の希望からやはりボリュームアップすることにした。
そうして完成した新型等身大母人形。作り始めた当初から邪魔だったが、完成してもやっぱり邪魔だった。なんとか自室から追い出したいと思った僕は、人形を玄関に設置しようとした、狛犬的な感じで。
母は置いても構わないと言ってくれたのだが、父からの猛烈な反対に合い、やむなく『新型等身大母人形狛犬化計画』は中止を余儀なくされた。
その結果、やっぱり新型等身大母人形は僕の部屋に安置され、僕の部屋を圧迫し、僕の邪魔をする。
「まぁこの母人形も、そのうち外に置きたいんだけどね……。さておきダンジョンコアもさ、僕の部屋じゃなくて、例えば庭とかに設置するのはどうかな?」
「もしマスターがダンジョンを個人の地下室的に使いたいと言うのなら、それでも構いませんが」
「個人の地下室?」
「人目を気にせずカラオケを楽しんだり、誰かを監禁したり」
「そんなことはしないよ……」
例えが両極端すぎる……。
「確かにマスターは、監禁されそうな側ですね」
「怖いこと言わないでよ……」
言われた瞬間、幼馴染の顔が浮かんでしまった……。
「まぁ部屋でも庭でもよいのですが、それだと『ダンジョンポイント』を稼げません」
「ダンジョンポイント?」
「侵入者を撃退することで、ダンジョンポイントを取得できます。このポイントを使って、ダンジョンを発展させるのです」
「あーなるほど、そういう仕組みなんだ」
そうなると敷地内にダンジョンはダメだな。ポイントが稼げない。
自分だけの空間ってのも少し憧れたけど、仕方がないな。
まぁいいさ。どんな空間だろうと、きっと女神ズは覗いてくるだろうし、どうせ僕が本当の意味で自分だけの空間を手に入れられることはないさ……。
「じゃあやっぱり外だね。外に設置して、たくさんお客さんに来てもらおう。そしてダンジョンを大きくしよう」
「それがよろしいかと」
「うん。それでダンジョンを大きくして…………大きくしてどうするの?」
「はい?」
「いや、目標というか目的というか……。ダンジョンを大きくして、最終的に何をするの?」
「そう聞かれましても……。特に何もしませんが」
「何もないの?」
ひょっとすると他のダンジョンマスターとバトルでもするのかと思ったけど、何もないのか。
「強いて言うなら大きくするのが目的ですよ。盆栽を育てるような感覚で楽しんでいただけたら」
「盆栽……」
そんな感じなんだ……。
いや、別にいいけどね、盆栽もなんか奥が深いって聞くし。なんだかスローライフっぽい気がするし。
……いや、盆栽はスローライフっぽいのかな? スローライフを送ろうと決めてしばらく経つけど、未だにスローライフが微妙によくわからない……。
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