第103話 二年ぶり四回目
気が付くと、僕は会議室にいた。以前三度のチートルーレットを行った、天界の会議室だ。
「昨日かー」
この会議室に呼ばれたということは、僕は昨日レベルが上ったということ――昨日レベル15に到達したということだ。
そろそろかなーと、教会へ通うペースを上げていたのだけれど、結局教会の鑑定でレベルアップを確認する前に、天界に呼ばれたことでレベルアップを確認してしまった。
「やぁ、アレク君。レベル15到達おめでとう」
「ありがとうございますミコトさん」
会議室に設置されたチートルーレット、その前に佇んでいたミコトさんが、レベルアップを祝福してくれた。
「ここへアレク君が転送されたのも、もう四回目か」
「そうですね」
無言で椅子を運んできたディースさんに手を引かれながら、僕はミコトさんに応えた。
「今回で四回目のチートルーレット、アレク君ももう十二歳だ」
「はい」
「なんだかこの十二年間はあっという間だった気がするよ」
「そうですね、僕もそんな気がします」
椅子に座ったディースさんの膝に座らされながら、僕はミコトさんに応えた。
「どうだい? 十二年間ディルポロスで生活してきて」
「ええ、いろいろ大変なことはありますけど、楽しくすごしています」
ディースさんに後ろからぎゅうぎゅう抱きしめられて、背中に胸の感触を得ながら、僕はミコトさんに応えた。
「そうだね。私たちも君のことは時々見守っているけど、いつもアレク君は楽しそうにしているね」
「はい。――いえ、というかですね」
「うん?」
「ディースさんのことなんですが」
「…………」
なんだかミコトさんと会話しているうちに、僕はまたしてもディースさんの膝の上に座らされていた。
どうやらディースさんは未だに僕のことを息子だと思い込み、ミコトさんはそんなディースさんの病を治療することはできなかったらしい。
「その、すまない。私もなんとかしようと努力したんだけど、どうにも聞いてくれなくて」
「いえ、ミコトさんが謝ることでもないのですが……」
「ディースがずっとこんな状態なのは、私もまずいと思っているんだ。なにせ一日中『アレクちゃん視聴室』にこもりっぱなしの日もあるくらいだ」
……アレクちゃん視聴室ってなんだろう。
「ディースはディルポロスの他にも管理している世界がたくさんあるのに、最近はそれもおざなりだ」
「え、それは本当にまずいのでは?」
僕のせいだろうか? もしかして僕のせいで、他の世界がヤバイ?
「大丈夫よアレクちゃん、ミコトは大げさなのよ。世界の管理だってちゃんとやっているわ、アレクちゃんを見守る片手間に」
「片手間に……」
世界って、片手間で管理できるのか。
「それより、レベル15おめでとうアレクちゃん」
「はぁ、ありがとうございます」
「前回が十歳で、今回が十二歳。ずいぶんペースが上がったわね。こんなに早く再会できて嬉しいわ」
「自分でもまさか二年でここへ来られるとは思いませんでした。やっぱりモンスターとの戦闘は経験値が多いんですね」
レベル5到達が六歳。レベル10到達が十歳。レベル15到達が十二歳。それぞれかかった年数が、六年、四年、二年。確かにずいぶんなペースアップだ。
「戦闘しているアレクちゃんは見ていてハラハラしちゃって、私としては寿命が縮まる思いなんだけど……」
神様に寿命ってあるのかな……?
「そういう意味では回復薬セット――蘇生薬を引き当ててもらったのは僥倖ね。安心して応援できるわ」
「そうだな。私も蘇生薬があるからアレク君の戦闘シーンを安心して見ていられる。のんびりおままごとをしているアレク君も好きだったけど、アクションはアクションでいいな」
ミコトさんは僕の戦闘を、アクション映画的な感覚で見ているらしい……。いや、別にいいけどね。
「蘇生薬ですか……というか、えげつないですね回復薬セット。えげつなさすぎて、初めて回復薬を試したときには本気で死ぬかと思いましたよ」
三時間に及んだあの大ネズミとの激戦を、僕は生涯忘れないだろう。あれはつらかった、あれは大変だった。
「そうねー。私もミコトと一緒に見ていたけど、ビンの回復薬を三分の一くらい大ネズミに与えたときには、二人揃って『あっ……』って言葉を漏らしたわ」
「あのときはさすがに心配したな。下手したらあのまま負けて、アレク君が死んでしまうかもしれないと焦ったよ。その点、今なら蘇生薬の保険があるから安心だ」
「そうですね。もし死んじゃっても、ユグドラシルさんがそのうち助けてくれると思います」
……というか、何気にこれって結構ありがたい助言じゃないか?
確かに大ネズミで行った蘇生実験は成功した。
しかし、自分自身で試したことも、他の人間で試したこともなかった。人間でも問題なく蘇生できるのか、少し不安に思っていたのだ。
先の発言は、『蘇生薬があるなら、僕は生き返ることができる』――このことを女神ズが保証してくれたことになる。
なにより、真面目な性格のミコトさんもこのことに同意してくれたのが大きい。もし僕が蘇生薬を使用する羽目になったとしても、酷いことにはならないだろう。おそらく問題なく生き返ることができるはずだ。
蘇生薬はすでにユグドラシルさんに渡してある。ユグドラシルさんは相変わらずメイユ村にちょくちょく訪れるので、僕が死んでしまってもすぐに気付いて生き返らせてくれることだろう。
ちなみに当初の想定では、死んで土葬された僕を、ユグドラシルさんに掘り起こしてもらってから蘇生薬を飲ませてもらおうと考えていた。
しかし大ネズミでの追加実験によって、骨のかけらからでも蘇生できることを発見した。
なのでユグドラシルさんには蘇生薬と、切った僕の髪を一房渡してある。
下顎の骨のかけらでも大丈夫だったんだから、たぶんこれでもいけるだろう。僕にもしものことがあったら、渡しておいた髪の毛に蘇生薬をふりかけて蘇生させてもらう算段だ。
余談だが、渡した髪の毛から蘇生できるのならば――自ら命を絶ち、髪から蘇生することで、ユグドラシルさんのもとへワープできることに、僕は気が付いた。
……まぁ、あまりにも面倒すぎるワープ方法だ。ユグドラシルさんと事前に打ち合わせておかなければいけないし、事前に死んでおかなければいけない。
正直使い道はないと思うし、やる気もない。けれどなかなか画期的な蘇生薬の使い方、画期的なワープ方法だと思う。
僕はこのワープ方法を、『デスルーラ』と名付けた。
……名付ける前はとても画期的なワープ方法だと思ったのだけれど、この名前を付けた瞬間、なんだかひどく古典的なワープ方法になってしまった気がした。
next chapter:チートルーレット Lv15




