第102話 VS大ネズミ5
大ネズミによる蘇生薬の動物実験から二週間、僕は比較的のんびりとすごしていた。
一応は剣の訓練や、森での狩りもしている。父の狩りに付いていったり、レリーナちゃんと一緒に狩りをしたり、ソロでの狩りではこっそりディアナちゃんに会いに行ったりもした。
ただ、しばらくはスローライフを送ろうと決めていたので、戦闘はそこそこに抑え、基本はのんびりだ。
その中で、等身大の母人形の製作なんかにも着手した。
大きくて質の良い木材が手に入ったのでなんとなく作り始めたが……完成したらどうしようこれ。
作っている現在でもそうとう邪魔だ。完成してもきっと邪魔だろう。どっかに寄贈できないかな……。
そんな二週間を送っていた僕だったけど、いつものようにユグドラシルさんが遊びに来たので、さっそく僕は遺言を伝えることにした――
「ふむ。お主が死んだら蘇生薬を……」
「はい、お願いします」
「ふーむ。まぁ構わんが」
「では……あの、お渡ししたいのですが?」
ユグドラシルさんが二つ返事で僕の遺言を了承してくれたので、僕はユグドラシルさんに蘇生薬を渡そうとした。
渡そうとしたのだけど……ユグドラシルさんが回しているフラフープに阻まれて、渡すことができない。
相変わらずユグドラシルさんは僕の部屋に来るとフラフープを回し始める。
現在ユグドラシルさんは三つのフラフープを同時に回している。さすがにこの三重の輪をくぐり抜けて渡すのは不可能だ。
「む? あぁ、すまぬ。帰るときに渡してくれればよい」
「そうですか? わかりました、じゃあ帰るときに」
「うむ」
「どうです? 一緒にフラフープも持って帰りますか? プレゼントしますよ?」
「ん? うーむ…………。いや、やめておこう」
「そうですか」
ユグドラシルさんがどハマりしているフラフープを、プレゼントしようとしているのだけど、毎回遠慮される。
ユグドラシルさんは神であり、『森と世界樹教会』のトップ。普段は教会の信徒に世話をしてもらっているそうだ。
そんな信徒にフラフープを回している姿を見せるわけにはいかない、なんていう矜持があるらしい。
「ときにアレク、その蘇生薬なのじゃが」
「はい?」
「死んだばかりの大ネズミで実験したのじゃな?」
「ええ、無事に生き返りまして……というか、しばらく生き返り続けました」
「うむ。……じゃが、わしがお主に使う場合、死んだ直後に使えるわけではないじゃろ?」
「え? あ、そうですね、確かに……」
確かにそうだ。蘇生薬が有効な時間には、制限があるかもしれない。
死んだばかりなら効いたけど……数時間後ではどうだろう? 数日後ではどうだろう? 数週間後では?
夏の暑い日なんかに死んだら、僕の体はすぐに腐ってしまうかもしれない。腐ってもちゃんと復活できるんだろうか……?
それに大ネズミでの実験では、死んだ大ネズミに薬を飲ませた。
まぁ『飲んだ』と呼べるかはわからないけど、とりあえず口に含ませた。その結果、蘇生薬の効果が発動したのだ。
もし僕の体が腐って……下手したら口とかそういうのもなくなってしまった場合、僕はちゃんと復活できるんだろうか?
「わしも忙しい身じゃ、お主が死んだことにしばらく気付けぬかもしれん」
「……そうですね」
一月のうちに何度もこの村へ遊びに来るユグドラシルさんを、そこまで忙しい身だとは思わなかったりもするけど……。
「ユグドラシルさんの言う通りですね。これは――もう少し大ネズミでの実験が必要ですか」
「大ネズミ?」
◇
ユグドラシルさんと一緒に森へやってきた。
さっそくこれから蘇生薬の追加実験を行う。
今回の実験では、死後時間が経過した大ネズミでも復活できるのかを調べようと思う。
自分で倒した大ネズミの死体を保管しておいて、しばらくしたら蘇生薬を垂らす――なんてことも考えたけど、時間がかかるし面倒くさい。そもそも大ネズミの死体を保管しておきたくない。
というわけで、せっかくユグドラシルさんがいるのだから、もっと手っ取り早く実験を行おうと思う。
「これはどうですか?」
「うーむ……トードじゃろうか?」
「じゃあダメですね」
現在僕とユグドラシルさんは、大ネズミの骨を探している。
骨に蘇生薬をかけて、効果を確認しようという魂胆だ。
これでもし大ネズミが復活したならば、時間経過とか腐敗とか……そんな些細な条件は全くもって無意味、すべて吹き飛ばせるのだ。
「あ、ユグドラシルさん、この骨は?」
「む? んー……鹿かのう?」
「あ、モンスターですらなかったですか」
案外ないな、大ネズミの骨。
しかし、ユグドラシルさんが手伝ってくれて助かった。骨格標本みたいに全身が揃っている骨なんてそうはないので、さすがに僕にはなんの骨かわからない。
ユグドラシルさんは骨の一部だけでもなんの骨かわかるらしい。これならうっかり大ネズミ以外の骨に蘇生薬をかけて、とんでもないモンスターを復活させてしまうこともないだろう。
「む、おーい、アレク。これじゃ、これは大ネズミじゃ」
「あ、ありましたか」
「というか別に大ネズミでなくてもよいじゃろうに……」
「それはそうなんですけど……」
なんだかんだ今までは全部大ネズミだったので……。
それに、死なない大ネズミや、死んでも生き返る大ネズミとの戦闘には慣れているから。
あとはまぁ、やっぱり大ネズミならひどいことをしても別にいいかなっていう……だってネズミだし……。
「それで、これが大ネズミですか?」
「うむ。下顎の部分じゃな」
「なるほど、これで復活したらすごいですね」
ユグドラシルさんが見つけてくれた地面に転がっている骨。下顎の部分らしいが、十センチほどの骨片だ。
果たして本当にここから復活できるのだろうか? 自分で始めた実験だけど、正直かなり半信半疑だ。
「じゃあ、蘇生薬をかけてみます」
「う、うむ。少しドキドキするのう」
僕は骨の近くで腰をかがめ、蘇生薬のフタをあける。慎重に慎重に蘇生薬のビンを傾け、数滴だけ骨に蘇生薬をかける。……スポイトが欲しいな。
「かけましたー」
「う、うむ」
無事にかけ終わったので、ユグドラシルさんと一緒に骨から距離をとって、様子をうかがう――
「お、おおおぉ……」
「なんと……」
十センチほどの骨片が、見る見るうちに縦横に伸びて、下顎の骨の一部だった物が――下顎の骨になった。
さらに下顎から骨は伸び、あっという間に頭蓋骨が完成する。
頭蓋骨からは背骨が伸び、背骨からは肋骨が伸び、手足が伸び……。次から次へと新たな骨が形成されていく。
骨が伸びるのと同時に、骨から浮き上がるように受肉される。筋肉がつき皮がつき――見守ること一分程度で、あの小さい骨のかけらから、大ネズミが復活した。
「キー」
「すごいな……」
「すごいのう……」
◇
「さらば大ネズミ。お前もまさしく強敵だった」
やはり死んでも死んでも復活してくる大ネズミとの戦闘を終え、僕は心の中で合掌した。
「終わったのか?」
「そのようです」
「そうか、うむ、お疲れじゃったの」
「ありがとうございます」
後ろで大ネズミとの戦闘を眺めていたユグドラシルさんが労ってくれた。
「しかしすごいのう。まさかあの骨から生き返るとは……」
「そうですね、僕も驚きました……」
自分でもかなり半信半疑な実験だったけど、まさか成功するとは。
「今日はありがとうございましたユグドラシルさん。これで僕は下顎だけの存在になっても復活できることがわかりました」
「う、うむ……」
しかし、下顎の骨だけでも復活できるとはなぁ……。
こうなると、下顎の骨と上顎の骨、同時に別の骨に蘇生薬をかけた場合とかも気になるよね。
というか、回復薬セットはかけただけで発動するのか。
今まで苦労しながらバルムンクで大ネズミの口を開かせていたのは、いったいなんだったんだろう……。
next chapter:二年ぶり四回目
これにてアレク君(11歳)の冒険は終了です。
「三回目の景品は、かなりのチートだったね! 四回目も良いものが当たるといいね!」
――そう思われた方は、是非とも↓の評価をお願いします。
アレク君がきっと、次回もすごいチートを手に入れます!




