第100話 勘違い
ジスレアさんとローデットさんにお金を払って会話してもらった僕は、竹を購入してから帰宅した。
家に着いてからすぐに父を探したけど、父は不在だった。母に聞いたところ、まだ帰ってきていないらしい。
ルクミーヌ村での顛末を聞きたかったのだけど、まだなら仕方ない。帰ってくるまで待つとしよう。
父が帰ってくるまで、竹製の釣り竿を作りながら待つことにする。
自室に戻り、買ってきたばかりの竹をマジックバッグから取り出して、さっそく作業を始めた。
今日使った釣り竿――というかただの棒だったり釣り竿だったりした魔竿バルムンクは、ニスを除去して釣り糸を外し、魔剣バルムンクに戻しておいた。
『ニス塗布』で塗布したニスは、『ニス塗布』をかけ直して除去することもできるのだ。やっぱり『ニス塗布』は便利。
まぁ『ニス塗布』なのに、ニスを除去できることに疑問はあるけど……。
とりあえずバルムンクは、一応再度ニスを塗り直してから――やっぱり適当にその辺に転がしておいた。
そして、今度はちゃんとした竹製の釣り竿作りに着手した。
父に教えてもらった作り方を思い出しながら作業を行い、釣り竿を作り上げる。一度作ったものだし、特に問題もなく完成した。
というわけで、釣り竿はあっさり完成したのだけど……未だに父は帰ってこない。
なので僕は引き続き、木片でルアーなんかも作ってみた――
「おー、できた。なんかそれっぽい」
『木工』スキルと『ニス塗布』をフル活用して作ったハンドメイドルアーは、中々の完成度を誇っている――見た目は。
正直それっぽいだけで、魚が食い付いてくれるかは未知数だ。思い付きで始めたので、素材の木片もマジックバッグ内にあったものを適当に選んだ。
「こんなんでちゃんとルアーの役目を果たしてくれるのか謎だ……。とりあえず明日試してみようかな?」
「ただいまー……」
「あ、帰ってきた」
ぼんやりルアーを眺めていたところ、帰宅を知らせる父の声が聞こえた。どうやらルクミーヌ村から無事に帰還したようだ。
いや、まだ無事かどうかはわからない。なんとなく声が疲れているようにも感じる……。
僕は完成したルアーもどきをテーブルに置いてから、父のもとへ向かった。
「父ー、おかえりー」
「あー、アレクー、ただいまー……」
父はリビングの椅子にもたれかかってグデっとしていた。
これはかなり疲れているな……。息子らしく肩でも揉んであげようかな。
「父、大丈夫?」
「うん、なんとかね……」
「あんまり大丈夫そうじゃないね。とりあえずお茶でも入れるね?」
父のためにハーブティーを入れてあげようと思った僕は、キッチンへ移動し、魔道具でお湯を沸かす。
そして沸かしたお湯と草をポットに入れてから、カップと一緒に父に差し出した。つい『草』とか言ってしまったけど、僕のハーブティーの知識や認識なんてそんなもんだ。
「ありがとうアレク」
「うん。それで、ルクミーヌ村ではどんな感じだったの?」
「そうだね……。とりあえず僕はルクミーヌ村をブラブラしていたんだけど、レリーナちゃんとディアナちゃんが争っている声を聞いて急行したんだ」
「そうなんだ……」
のっけから争っているのか……。
僕の考えでは、レリーナちゃんがディアナちゃんを発見するまで、しばらく時間があると思っていた。
ルクミーヌも小さな村だけど、一日やそこらで僕と仲の良い女の子を特定するのはさすがに不可能だろうと、僕はそう考えていた。
「レリーナちゃんはすごいね。どうやってディアナちゃんが僕と仲の良い女の子だと特定したんだろう?」
「まぁ、『ディアナ』って名前と、彼女の容姿や年齢は知っていたから」
「え? 知っていたの?」
「その…………僕が教えちゃった」
「えぇ……」
「い、いや、違うんだ。教えたというか……なんか気がついたらレリーナちゃんに喋ってた」
なにそれこわい。
「アレクがレリーナちゃんを放ったらかしにしていた三週間、僕はレリーナちゃんの狩りに付き添っていたんだけど――」
「放ったらかし……」
僕は僕なりに、一生懸命狩りをしていただけだというのに。
「どうもね、レリーナちゃんは勘違いをしていたみたいなんだ」
「勘違い?」
「この三週間、アレクが毎日ルクミーヌ村の女と密会しているって」
「ルクミーヌ村の女て……」
「その愚痴をね、僕は毎日レリーナちゃんから聞かされたんだ」
「それはまた……」
きっついなぁそれ。父はレリーナちゃんのヤンデレオーラを、三週間も全身に浴び続けたのか……。
「もちろん僕はアレクが毎日真面目に狩りをしていたことを知っているから、そんなことはないとレリーナちゃんに伝えていたんだけど――」
「うん。毎日は会いに行っていないよ」
「……毎日は?」
「二日に一度くらい」
「それ、レリーナちゃんに言ってはいけないよ……?」
「う、うん」
……その助言もどうなんだろうな、どうなんだろうなぁそれ。
さておき、ディアナちゃんに会っていたのはそれくらいだと思う。
だってモンスターに会わずルクミーヌ村に着いてしまうんだから仕方がない。モンスターが悪い。大ネズミが悪い。
「とにかくさ、三週間そんなレリーナちゃんと会話をしていたら……いつの間にかディアナちゃんのことを喋っていたみたいなんだ。ごめんねアレク……」
「いや、別にそのことで父を責める気はないけど……」
なにやらレリーナちゃんは、父を高度な誘導尋問に引っかけたらしい。
まぁ父は素直な性格をしているし、隠し事もできない人柄だからね、仕方ない。顔にもすぐ出ちゃうしさ。
「それで、レリーナちゃんは父から入手した情報をもとに、ディアナちゃん特定して襲撃――話し合いにいったんだね?」
「うん。ディアナちゃんはずいぶん困惑していたね」
「そりゃあねぇ……」
「どうもね、ディアナちゃんは勘違いをしたみたいなんだ」
「勘違い?」
「レリーナちゃんのことを、アレクの妹だと勘違いしたみたいで」
「……うん? あぁ、レリーナちゃんは僕のことを『お兄ちゃん』って呼んでいるから」
たぶん『お兄ちゃんと仲良しなの?』みたいな感じでディアナちゃんに尋ねたんだろう。
……まぁ実際の口調や雰囲気がどんなだったかは知らないけど。とにかくそれならディアナちゃんも勘違いしそうだ。
「それでね、ディアナちゃんが『アンタはアレクの妹なの? じゃあ私のことはお姉ちゃんって呼んでいいよ?』って言ってね」
「うわぁ……」
すごいな、すごいこと言うなぁディアナちゃん。
父が声色を変えてディアナちゃんのモノマネをしているのが少し気になったけど、それ以上にびっくりだ。なんて煽りっぷりなんだディアナちゃん。
「すごかったよ……。その瞬間レリーナちゃんの髪がブワッって逆立ってね、超怖かった」
「超怖かったんだ……」
「直後にレリーナちゃんがディアナちゃんに向かって駆け出したから、僕は間に入ってレリーナちゃんを止めたんだ。それで――彼女の右手を掴んだ」
「右手?」
「マジックバッグに手を伸ばしていたから」
「それは……。父すごいね。さすがだね、よく止めてくれたね」
レリーナちゃんがマジックバッグから何を取り出すつもりだったのかはわからないけど……むしろそれを知らずに済んだことが、なにより嬉しい。
「とりあえず僕はレリーナちゃんを担いで、いったんルクミーヌ村から去ろうとしたんだけど……」
「したんだけど?」
「どうもね、僕は勘違いをされたみたいなんだ」
「勘違い?」
「僕のことを人攫いだと……レリーナちゃんを攫おうとしているのだと勘違いされちゃったんだ。それで、なんだかルクミーヌ村の人たちに囲まれちゃって……」
「えぇ……。それでどうしたの?」
「…………」
父は言葉を止め、突然テーブルに突っ伏した。
「ち、父?」
「とりあえず叫んだんだ。『剣聖ですー、僕は剣聖ですー』って……」
「それは……」
「怪しい者じゃないと伝えようとして……」
父に、とてもつらい経験をさせてしまった……。父は『剣聖』という自分の職業に不満を抱えている。言われるのも嫌なんだ。
だというのに、公衆の面前で父自らに叫ばせてしまった……。その場面、ちょっと見たかった。
「僕のことを知っている人がいてくれて、なんとか誤解は解けてね。レリーナちゃんも僕のことを証言してくれたから」
「そう、それはよかった……」
「それで、とりあえずレリーナちゃんを説得して、なんとかメイユ村まで帰ってきたんだ」
「お疲れ様、父……」
「うん……」
本当に疲れた様子の父、一度顔を上げて僕の入れたハーブティーを飲んでから、またテーブルに突っ伏した。
こうして、ルクミーヌ村での騒動は終わった。
父は心に若干の傷を負ったけれど、本当の刃傷沙汰にはならず、なんとか無事に終幕を迎えた――
「……あれ? それで結局レリーナちゃんは納得したのかな? レリーナちゃんは何か言っていた?」
「ディアナちゃんとあんまり話せなかったから、明日またルクミーヌ村に行くって言っていたね」
……なんの解決にもなっていなかった。無駄に父が心に傷を負っただけだった。
どうやら降りたのは終幕ではなく、第一幕。
明日には、第二幕が上がるらしい……。
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