表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/441

36.悪役令嬢は決意する

4/24:ヴェラルドの名前を「ラウル」に変更しました

 天井から視線を戻す。

 シルヴェスターは、クラウディアが話の内容を消化するまで待ってくれていた。


「ねつ造された証拠はどう扱われるご予定ですか?」


「まだ審議中だ。公表した場合、我が国はラウル及び王弟派の支持に回ることになるからな」


「中立という立場では……? あっ」


 尋ねている間に答えが出た。

 第三者として中立の立場をとったところで、ハーランド王国には何のうまみもない。

 公表することで王弟派に貸しを作り、王位を継いだラウルに貸しを返してもらうほうが利になる。

 クラウディアが答えに行き着いたことを察し、シルヴェスターは首肯する。


「何も見つからなかったと証拠を握りつぶせば、現状維持といったところだ」


 日和見するか否か。


「私としては巻き込んだ対価を支払わせたい」


 握りつぶす前に、王太子派に証拠を買い取らせる手もあるという。

 王弟派、王太子派のどちらに対価を求めるのか、今も王城で会議が続けられていた。


「ラウルの人徳か、思いの外、王弟派の旗色も悪くないのが悩ましいところだ」


 バーリ王国へ潜ましている諜報員の情報だと、ハーランド王国の人間が想像している以上に、国民のバーリ国王への反感は強いという。

 王城へは毎日のように抗議が寄せられ、現場担当者は疲弊しているとか。


「バーリ国王は人の感情より合理性を優先させる。今回も非難に焦っているのは王太子派の貴族だけで、国王自身は気にしていないだろう」


 問題が長期化すれば王太子派が有利だ。

 国民の義憤が一過性のものである以上、動じないのもわかるけれど。

 ハーランド王国が即決できない程度に情勢が読めないのは、バーリ国王にとって由々しき事態じゃないだろうか。

 それこそハーランド王国がラウルを支持し、証拠を公表すれば王位を脅かされかねない。


「国王のあり方として間違っているわけではない。だが国民感情を過小評価し過ぎるのは、バーリ国王の欠点だろうな」


 シルヴェスターの話が一段落したところで、侍女たちを部屋に戻す。


「次はディアの話を聞かせてくれ」


「わたくしもシルに相談したいことがあるの。それとは別に、気になることも耳にしたわ」


 先日、ブライアンから聞いた話だ。

 彼は化粧水と一緒に、情報も持ってきてくれた。

 本人はただ目に付いたことをクラウディアに報告しただけだが。


「どうやらバーリ王国の行商人に、貴族が同行しているらしいのです。わざわざ変装までして」


「貴族という身分を隠して、我が国にやって来ているのか。変装はどうやって見抜いた?」


「靴です。行商をしている割りには、やたら靴が綺麗で目に付いたのだとか」


 商会の仕事を手伝いながらも貴族であるブライアンには、その靴の状態に見覚えがあった。


「お帰りになる前に、我が家の執事とお兄様の靴を見比べてみてください。シワの深さや傷の違いが見て取れるはずです」


 長距離を歩いたり屈んだり、動き回る者の靴にはどうしても深いシワや傷ができてしまう。

 一方、優雅な所作を求められる貴族は、靴のシワが浅くなる傾向にあった。


「なるほど。王城でも情報を掴んでいるか確認しておこう」


 その貴族には隠れて入国する理由があるのだ。

 今の情勢を鑑みれば無視はできない。


「私に相談したいこととは?」


 シルヴェスターに促され、お茶会で引っかかっていたことを打ち明ける。

 クラウディアの話を聞き終えたシルヴェスターは、思案げに視線を横へ流した。


「ふむ、レステーア嬢か」


「やはり彼女の動向が気になります」


 王弟派に時間がないと聞けば尚更だ。

 ラウルとの時間を持たせようとするのも。

 誘いを受けたときのレステーアを振り返れば、急いでいるが故の行動だと思えなくもない。


(でもラウル様と話す機会は必要だわ)


 尋ねたいことがあった。

 問題は、公の場では訊けない内容であることだ。


(果たして今のわたくしに聞き出せるかわからないけれど……)


 好意を向けられてるといっても、娼婦時代とは共に過ごした時間に大きな差がある。

 けれどこのまま何もしないで静観するのは耐えられない。

 何故ラウルは臣籍降下することになったのか。

 その一端を掴めれば、ハーランド王国の判断材料にもなるはずだ。


「シル、わたくし悪い女になるわ」


 シルヴェスターが視察に赴いてから、ずっと考えていた。

 悪の定義について。


 領民に暴動を起こさせる工作には衝撃を受けた。

 けれどハーランド王国とて、諜報活動はおこなっている。

 自国を守るためなら、同様の工作だってするかもしれない。

 綺麗事だけで国は守れないのだ。


 異母妹を頭に浮かべる。

 クラウディアにとって、フェルミナは悪だった。

 フェルミナにとっては、クラウディアが悪だった。

 国家間では、それが顕著になる。

 どちら側の視点かで、正義と悪は簡単に入れ替わった。


 明確に犯罪は悪だと謳うことはできる。

 でも情状酌量の余地があったら?

 二元論で語れるほど、世の中は簡単じゃない。


(完璧な淑女であることもそう。わたくしにとっての正義は、誰かの悪になり得る)


 正義と悪が表裏一体というのなら、自分は自分のやり方で。

 フェルミナとは違う、完璧な悪女を目指す。


「完璧な淑女はやめるのか?」


「いいえ、ハーランド王国の淑女であることに変わりはないわ」


「待て、何を考えている?」


 クラウディアを窺う黄金の瞳に、微笑みを返す。


「ラウル様と二人で話す機会を設けてください」


「ならぬ! ディア、それは許せない」


 シルヴェスターの激高した様子は、毛を逆立てた猫のようだった。

 黄金の瞳が赤みを帯びたように感じる。

 気迫に押さえ込まれそうになるものの、クラウディアも負けじと向き合う。


「密室で二人っきりになりたいわけではありません。第三者に聞かれない場で話がしたいのです」


「ダメだ」


「シル、わたくしなら聞き出せることがあるかもしれません」


「ダメだ、ディアが動く必要はない」


 シルヴェスターが頭を振り、揺れる銀髪が光を散らす。

 眩しい感情の発露に、クラウディアは少しだけ目を細めた。


「話をするだけです。接触はしません」


「だとしてもだ。君でなければならない理由があるのかっ」


「ラウル様は女性が苦手です」


「何……?」


 流石のシルヴェスターもこれは勘付いていなかったらしい。

 驚きで、張り詰めていた怒気が薄れる。

 秘密を勝手にバラしたことを、クラウディアは心の中で謝った。


(ごめんなさい、酷い友人よね)


 ラウルからの好意だけを理由にした場合、クラウディア似の女性を仕向けられる可能性があった。

 そうなれば、どちらにとっても無益どころか、ラウルにとっては有害だ。


「ですからハニートラップは効果がありません。けれどわたくしなら大丈夫そうですの」


「ディア、頼むからこれ以上、私の心を乱さないでくれ」


 クラウディアがラウルから好意を抱かれていると察したのだろう。

 シルヴェスターの顔が歪む。


「君は魅力的だ。例外的にあいつが君を思っても不思議ではない。それを知ったところで、私が二人で話すことを許すと思うのか?」


「わたくしにしかできないことよ。シルが反対する理由を聞かせて」


「ディアを愛している。私以外の男と過ごさせたくない」


「本当にそれだけ?」


 嫉妬だけが理由とは思えなかった。

 情報の有用性はシルヴェスターが一番理解しているはずだ。


「……君を、政治に巻き込みたくない」


 道具として使いたくない。

 それがシルヴェスターの本音だった。


「王太子妃になれば、そんなこと言っていられないわ」


「なったとしてもだ。私はバーリ国王ではない!」


 絞り出された声を聞いて、気付いたときには席を離れていた。

 シルヴェスターの頭を胸に抱く。

 撫でれば、絹のように滑らかな銀髪が指の間を通り抜けた。


 気遣いが嬉しかった。


 大切にされているのを実感し、同じ気持ちが募っていく。


「知っているわ、わたくしの愛しい人。これはわたくしのわがままよ。あなたの役に立ちたいの」


 シルヴェスターの、国の役に立ちたい。

 クラウディアにはハーランド王国の国民である自負があった。


「これでも公爵令嬢ですもの。政治の道具になる覚悟はあるわ」


 政略結婚然り。

 貴族令嬢には、常にそれが付きまとう。

 令嬢が社交界の華であろうとするのも、家にとって政治的な利点があるからだ。

 シルヴェスターもそれはわかっている。

 この件は、本来令嬢が担う役割から外れるため反対されているのだ。

 それでも。


「単に話をするだけよ。わたくしを信じて」


 ハーランド王国の完璧な淑女は、バーリ王国にとって完璧な悪女になる。

 クラウディアの決意は固かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませていただいてましたが、二章にはいって、もう内容とタイトルが合わなくなっちゃったなぁとか思ってました。 今回、シルベスターと国のために悪女になるってことで、なるほどー!となんか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ