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31.悪役令嬢は念願を叶える

「ブライアン、お待たせしたわね」


「いいえ! 待つのは慣れていますから。むしろクラウディア様は早いぐらいです」


 権威を見せ付けるためか、上位の貴族には毎回待たされるという。

 それでも貴族になる前に比べればマシだとか。


(やっぱり大きな尻尾を振っているように見えるわ)


 嬉しそうな表情といい、前のめりの姿勢といい、ブライアンは全身でクラウディアと会えた喜びを表す。

 これが演技なら、劇団に入ることを薦めたい。

 ニカッと人好きする笑顔を見せられると、つられてクラウディアの顔も綻んだ。


「今日は、朗報をお持ちしました!」


「あら、それは楽しみね」


 ブライアンが携えた木箱を机に載せ、蓋を開ける。

 緩衝材から顔を出した瓶に、クラウディアは目を輝かせた。


「やっとクラウディア様にお贈りできる品質になりました」


 今までは商品を運べても、かかる日数などから品質の劣化が激しかった。

 ついに理想的な輸送路を開拓できたらしい。

 木箱から取り出された化粧水が入った瓶も、心なしかキラキラして見える。

 今夜から早速試そう。


「まずは手で試して様子を見てください。問題がないようならお顔にもお使いいただけます」


「手順は心得ているから安心して。あとは肌質に合うかどうかね」


「クラウディア様のご要望にお応えできるよう、商会を上げて取り組みます。それと……」


「それと?」


 ブライアンの視線を追うと、ヘレンへ行き着く。

 提案するようでいて、まごつくブライアンに照れが混じっているのをクラウディアは見逃さなかった。


(ヘレンも美人だものね)


 加えて性格も良ければ、スタイルも良い。

 胸の大きさでいえば、クラウディアよりも大きいくらいだ。


(今後、更にエバンズ商会は発展するでしょうし……)


 嫁ぎ先としては悪くない。

 むしろ最良といっても過言ではなかった。

 爵位こそ低いものの貴族である上、下手をすれば中級貴族より贅沢ができるほどエバンズ男爵家には資産がある。


(何よりブライアンは優秀だし、人柄も良いわ)


 仮に事業に失敗しても、彼なら立て直せるだろう。

 悪くはない、けれど。


(一番はヘレンの気持ちよね)


 見た感じ、ブライアンの熱のこもった視線を、ヘレンは歯牙にもかけていない。

 恋路へ向かう道のりは、まだまだ遠そうだ。


「クラウディア様の分はオーダーメイドになりますから、一般向けに侍女の方々にもご使用いただいて、ご意見をいただければと」


「わかったわ。ヘレンと、あと何人かに試してもらいましょう。希望の年齢層はある?」


「年齢層ですか?」


 クラウディアの問いかけに、ブライアンは小首を傾げた。

 質問の意図が伝わっていないことに、クラウディアは溜息をつく。


「あなたは十代と五十代の肌質が同じだと思うの?」


「あ……!」


 加齢によって肌も衰える。

 購買層をどの年代に設定するかで、客が求めるものも変わってくるはずだ。

 クラウディアの指摘に、ブライアンは頭を抱えた。


「どうして気付かなかったんだろう。そうですよね、同じはずがない」


 しかしブライアンが見落とすのも無理はなかった。

 現状、世に出ている化粧水は年齢ごとの区分がない。

 貴族の婦人や令嬢は、盲目的に王室御用達の品を利用するか、年齢で肌質が変わるごとに合うものを探すかで行動が分かれた。

 また上級貴族であればお抱えの薬師に依頼することもあり、商会にまとまった要望が集まりにくいのだ。

 更に貴族から散文的に集まる要望には、オーダーメイドで答えるのが通例だった。


「使えないわけじゃないから安心して。ただ意見を集めるなら、年齢も意識しておくべきね」


「はい。では十代から三十代の方でお願いできますか?」


 このあとリンジー公爵家では、侍女たちによる化粧水争奪戦がおこなわれることとなる。

 確定枠であるヘレンは参戦しなかったものの、争奪戦の苛烈さをクラウディアに語った。


「最終的にマーサさんが審判になって試験者が決まりました」


「ケガ人が出なくて良かったわ。でも、みんな自分の化粧水は持ってるわよね?」


 公爵家で働く侍女のほとんどは貴族に縁あるものたちだ。

 平民出身でも、公爵家の給金があれば化粧水は買える。


「試験的でもクラウディア様と同品質のものが使えるんですから当然です」


「今後、侍女の手当にエバンズ商会の化粧水も追加しようかしら?」


「いいんですか!?」


 いつにないヘレンの食いつきっぷりに、クラウディアは目を瞠る。

 何がそれほど彼女を惹き付けたのかわからなかった。


「エバンズ商会のものは質が良いけれど、化粧水よ?」


「主人と同じ品質のものを使えるなんて名誉に等しいですから! それもクラウディア様と同じものとなれば更に価値が上がります!」


 完璧な淑女と称されるクラウディアだが、その評価は所作に限らない。

 美貌もまた広く知れ渡っていた。

 少しでもその美しさに近付けるならと、欲しがらない令嬢はいないとヘレンは断言する。


「きっとご令嬢方の間でも争奪戦が起こります。数に限りがある以上、中級貴族でも購入は難しくなるでしょう。希少価値がつくことは必至です。侍女には、手当というより報奨にしたほうがいいかと」


 そのほうが侍女たちのモチベーションも上がると言われ、頷く。

 提案を受けた執事はピンときていなかったものの、侍女長のマーサからも強く推されたことで、この報奨は認められることになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヘレンさん、クラウディア第一で離れなさそうですし、クラウディアもヘレンさんには幸せになって欲しいでしょうし、なんなら自分が幸せにしてみせるくらいの意気込みでいそうな気がするので、ブライアンの…
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