29.悪役令嬢は女子会を楽しむ
窓から入った光が艶のある黒髪にあたり、光輪の花を咲かせる。
そのままクラウディアが微笑めば、ふわりと芳香が放たれたように感じられた。
お茶に招かれたルイーゼとシャーロットは、部屋の中にあっても公爵家の庭園を見た心地になる。
「本日はようこそおいでくださいました」
「こちらこそ、お招きありがとうございます」
「クラウディアお姉様からお誘いいただけて光栄ですの!」
屈託なく笑うシャーロットに目尻が下がる。
いつかの背中を丸めた彼女は、もういなかった。
そんなシャーロットの変化にルイーゼも好感を抱いたようで、以前の苦手意識は薄らいだように見える。
「ウェンディ様もこられたら良かったのですけれど」
ウェンディ・ロイド侯爵令嬢。
ここにはいない、一つ年上の婚約者候補だ。
深窓の令嬢を絵に描いたような物静かな彼女からは、体調不良を理由に欠席の連絡が届いていた。
避けられているのは薄々感じているものの、クラウディアがウェンディから敵対心を感じたことはない。
それはルイーゼも一緒で、扇をはらりと広げて溜息を隠す。
「ロイド侯爵家の意向でしょうね。クラウディア様がお気になさる必要はありませんわ」
ロイド侯爵家は歴史ある家門だが、昨今は新興貴族である貴族派との繋がりが深い。
家の事情から壁ができてしまうのは仕方のないことだった。
(ウェンディ様に嫌われていないだけ、よしとしましょうか……嫌われてないわよね?)
多分、きっと。
いかんせんウェンディは自己主張に乏しいので確証が持てない。
普段から口数の少ない女性だった。
これ以上は考えてもキリがないと、気持ちを切り替える。
「何はともあれ、ルイーゼ様もシャーロットもお茶会の主催お疲れ様でした」
先日、ラウルへの接待を兼ねた四回にわたるお茶会は、無事に終わりを告げた。
クラウディアはお茶会を主催した婚約者候補たちの慰労のため、この場を設けたのだった。
「クラウディア様が見本となってくださったからこそですわ。わたしも帰ってから修正を加えさせていただきましたもの」
「そうですの! 王弟殿下の好みもわかって、とても助かりましたの」
「お役に立てたのなら本望だわ」
父親に言って、一番手になった甲斐がある。
けれどクラウディアには心に引っかかっていることがあった。
ここだけの話、と口を開く。
「各お茶会での、バーリ王国の方々の反応は意外でしたわ」
大きな問題はなかった。
婚約者候補によるお茶会は成功したといっても過言じゃない。
それでも、なぜ? と首を傾げたくなることが、毎回起こっていた。
一つ一つは些事でしかなく、気に留めることでもない。
「シャーロットへの令息の強引な態度もそうですし……」
ラウルは事前にハーランド王国のマナーを予習したと言っていた。
にもかかわらず、シャーロットは傷つく結果になった。
そもそもラウルに同行している令息令嬢たちは名家の出だ。社交マナーは叩き込まれているはずである。
もてなしに気を良くして浮かれたと言われれば、それまでだけれど。
「ルイーゼ様主催のお茶会では、対立を煽られた気がしてなりません」
バーリ王国の令嬢たちは、ルイーゼに聞こえるよう明け透けにクラウディアを持ち上げた。
社交界ではよくあることだとしても、やり方があまりにも露骨だった。
ルイーゼが頷く。
「確かに、わたしも違和感を覚えました」
クラウディア主催のお茶会が大成功に終わったのは言うまでもない。
ルイーゼのお茶会に不満があったなら理解もできるが、彼女たちが口撃したのはルイーゼ個人についてだった。
その場はクラウディアが取りなしたものの、目の前でおこなわれた悪口大会にはルイーゼ以上に怒りが湧いた。
「同意を求められたときは、いつも以上に目がつり上がってしまいましたわ」
鬼気迫るクラウディアの表情を見た令嬢たちは何を思っただろうか。
何を考えて、ルイーゼをけなしたのだろうか。
また怒りがこみ上げてきて、クラウディアは長く息を吐く。
問題は、そんなお茶会の雰囲気を壊すような所業が、あとにも続いたことだ。
「取り立てて責めるほどではありませんけれど」
王弟殿下の同伴者としては、お粗末な印象が残る。
ハーランド王国側の招待客は毎回変わるので、気付いているのは一握りだが。
納得できていないのはシャーロットも同じだった。
うーんと小さく呻りながら、ピンク色の頭を傾ける。
「あたしが気になったのは、強引だった令息が、次に会ったときは別人のようだったことですの」
気持ちを入れ替えたにしても違い過ぎるという。
これに相槌を打ったのは、ルイーゼだった。
「わかる気がします。わたしを非難していたご令嬢方も、別のお茶会では一切悪口を言われませんでしたわ」
どれも当人たちが反省した、と言えばそれまでだ。
けれど、どうしてもちぐはぐな感じが拭えない。
小さな違和感が積み重なって、クラウディアのなぜ? は大きくなっていく。
「クラウディア様は、バーリ王国の方々に何か意図があるとお考えなんですね?」
ルイーゼの問いかけに、静かに頷く。
不確かな勘でしかないけれど。
「お二人ともそれぞれ違和感をお持ちだったと知れて、その考えが強くなりました。念のため、気に留めておいてくださるかしら?」
ただの思い過ごしならいい。
でも考えを自分の胸に秘めた結果、二人に何かあるのだけは避けたかった。
「元から王弟殿下を含めて、難しい立場の方々です。わたしも彼らの動向に注意しますわ」
「あたしも! 何かあったらお姉様に知らせますね!」
打てば響く二人の反応に、自然と顔が綻ぶ。
疑わず、信じてもらえるのが嬉しかった。
心を許せる女友達なんて、娼館に行き着くまでは幻想でしかなかったから。
胸が温かくなり、気持ちが溢れる。
青い瞳がとろりと蕩けた。
それを目の当たりにしたルイーゼとシャーロットは一瞬動きを止め、そわそわと居住まいを正す。
クラウディアの視線は、二人を照れさせるほど甘く優しかった。
「ご、ごほん。ところでシャーロット様、前向きになられたのは良いですけど、クラウディア様に対して馴れ馴れしいのではなくて? 伯爵家のあなたが、公爵令嬢をお姉様と呼ぶだなんて」
「いいのよ、ルイーゼ様。わたくしが許したの」
クラウディアとシャーロットの付き合いは短い。
急速に発展した二人の関係に、ルイーゼは納得できないようだった。
扇で口元を隠し、眉根を寄せる。
「クラウディア様は、お心が広いのね」
棘のある言い方だ。
礼節を重んじるルイーゼにとって、シャーロットの姿勢は受け入れがたいのかもしれない。
頭ではそう考えつつも、クラウディアは頬が熱くなる。
(も、もしかして、嫉妬されてるのかしら? ルイーゼ様に!?)
なんとなく。
なんとなくだけど、仲の良い友人を取られたような雰囲気を感じる。
娼館時代、ヘレンが他の先輩娼婦と親しげに話していると、クラウディアも妬いたものだ。
まさか自分が妬かれる側に回るとは思ってもみなかった。
「わたしとは変わりありませんのに」
呟かれた声は、どこか寂しそうで。
思考を高速で巡らせ、答えを探す。
(シャーロットとは変わって、ルイーゼ様とは変わらないもの……もしかして)
「ルイーゼ様、わたくしたち、入学当初より距離が縮まりましたわよね?」
異母妹の件を経て、今では気の置けない仲だと自負している。
それでも態度を変えなかったのは、厚かましいと嫌われたくなかったからだ。
翠色の瞳をじっと見つめる。
クラウディアの決意を感じたルイーゼは、金色の睫毛を震わせた。
「そ、そうですわね」
「こうして面と向かって言うのは、わたくしも照れるのですけど……よろしければ、今後はディーと呼んでくださらない?」
甘酸っぱい。
照れくさいのは本当で、頬の火照りは最高潮に達していた。
ヘレンやシャーロットとは違う、同い年の友人。
だからだろうか。
精神年齢ではクラウディアのほうが、うんと高いはずなのに。
ずっと見守る姿勢だったのに。
ドキドキが治まらない。
ルイーゼにも初心な気持ちが伝染したらしく、目尻が熱で染まっていた。
「で、でしたら、わたしのこともルーと……」
か細い声音に胸がかき立てられる。
けれど衝動に反し、クラウディアは静かに頷くことしかできなかった。
珍しく不器用なクラウディアを見て、何故かシャーロットまで顔を赤らめる。
見てはいけないものを見てしまった気になったのかもしれない。
こうして女子会には、甘ったるい空気が漂い続けた。




