表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/441

28.王弟殿下の側近は綺麗に笑う

4/14 国王→王太子派に変更+一部改稿しました

「もう鎮静化されてしまいましたか」


 バーリ王国の工作員による煽動は、想定以上に早い幕引きとなった。

 行政官の報告で、即座にハーランド王家が動いた結果だろう。

 これでは地元住民ですら、暴動の兆しがあったことを知らないのではないか。


「何のために僕が人目を忍んだのかわかりませんね」


 実行犯である工作員と同じく、レステーアもハーランド王国の人々と見分けがつかない。

 王都を歩けば、こちらが故郷なのではないかと勘違いしそうになるほどだ。

 それだけあって褐色の印象が強いバーリ王国でも色白のものがいると目撃されれば、すぐに潜入することになる工作員の足を引っ張ると思った。

 情報で知るのと、実際に目にするのとでは、認識が大いに異なる。

 だからレステーアは船を下りるなり、隠れるようにして王都へ発ったのだ。


 早馬で届けられた報告書を暖炉に焼べる。

 音を立てることもなく消し炭となるそれを眺め、ふっと口元が緩んだ。


「シルヴェスター殿下の元に、指示書は届いたでしょうか」


 元々、工作が成功する必要はない。

 そのような工作があったという事実を作るのが目的だったからだ。

 欲を言えば、暴動が露見する程度には騒ぎになってもらいたかったが。

 世情が混乱すればするほど、中立の立場を保つのは難しくなる。リンジー公爵家も王族派か貴族派か決断を迫られるだろう。

 切り崩しをおこないたい者にとって、派閥は二極化しているほうが都合が良い。

 バーリ王国の王弟派と王太子派のように。


「王太子派の連中もさぞがっかりしているでしょうね」


 折角、ラウルの船に工作員を紛れ込ませたというのに。

 王太子派は工作員に暴動を起こさせ、ラウルを犯人に仕立てる腹積もりだった。

 本物にしか見えない偽の指示書をハーランド王国に握らせたのは、疑いようのない証人にするためだ。証拠をハーランド王国が持っているとなれば、国民もラウルを庇えない。

 ハーランド王国もラウルに対し、疑念を持たざるを得ないだろう。


 何せ用意された指示書は偽物でも、本物と差異がないのだから。


 国王の権力があれば、完璧なねつ造も不可能じゃない。

 しかしこれは一度だけ使えるカードだ。使ったが最後、相手をより警戒させ、同じ手段は通用しなくなる。


 今となっては、「完全な偽物」となった指示書だが。


 王太子派の画策に気付いたときは声を出して笑ってしまった。

 それほど切羽詰まっているのかと。

 想像以上に、国民からの突き上げが厳しいらしい。

 こうして逆に利用できるのだから、レステーアとしては有り難い限りだが。

 王太子派の息がかかった工作員は、既に海の藻屑となっている。

 グラスターで自決したのは、レステーアが用意した工作員だ。

 特に今回の任務は機密扱いで、指示が下ったあとは一人で動くしかないため、入れ替わりにも気付かれにくい。


「シルヴェスター殿下は……ハーランド王国は、入手した指示書をどうするでしょうね?」


 レステーアとしては、このまま王太子派が失敗に気付かず騒ぎ立ててくれると助かる。

 手が加えられ、精査すれば偽物とわかる指示書が明るみになれば、立場が悪くなるのは国王のほうだ。

 だがハーランド王国が指示書を握りつぶす可能性も否定できない。

 彼らにしてみれば、自国の王族派と貴族派のように、バーリ王国も王太子派と王弟派で分裂しているほうが都合が良かった。

 今回の件で雌雄を決するのを、よしとしないきらいがある。


「どちらにしても、ラウルの痛手にはなりませんが」


 早く心を決めて欲しいものだ。

 ラウルは王太子の誕生で国王が変わったと思っているようだが、レステーアにしてみれば、外に向いていた思考が内に向いただけである。

 合理的な国王の人間性は、なんら変わっていない。


 治世においては誉れ高き王は、その合理性ゆえに、臣下の心には寄り添わなかった。


 それを今まで助けていたのがラウルだ。

 人好きする人柄で、ずっと反感を持つ臣下たちを宥めてきた。

 国王の締め付けに喘ぐ臣下たちも、ラウルが王位に就けば、自分たちの意を汲んでもらえると信じて従ってきたのだ。


 けれど王太子の誕生で、彼らの望みは潰えた。


 まだ国王がラウルに心ある対応をしていたのなら別だっただろう。

 けれど現状はこうである。


 実の弟を、国外へ追い出した。


 これには臣下たちだけでなく、国民の反感をも買った。

 バーリ王国のはじまりは、南部の氏族たちが集まってできた連合王国だ。

 一大勢力だったバーリ一族が舵取りをおこない、次第に王国として一つになっていったものの、国民は未だ根底にある氏族時代の血族意識を強く持っている。


(合理的な国王陛下にとっては、理解できない考えかもしれませんけど)


 縁故はときに癒着を生む。

 昨今では不正の温床となり、悪い面ばかりが目立つのも事実だった。

 親族だからという理由だけで無能が上に立てば、下につくものにとっては悲運でしかないだろう。

 是正するのは正義だが、正義をおこなうだけで国が成り立てば、誰も苦労などしない。


(人に心があることを、国王陛下はお忘れになっている)


 長らくラウルが「国王の良心」を務めてきた弊害か。

 その良心を真っ先に切り離したのは、何という皮肉だろう。

 自然と口角が上がる。


「いい加減ラウルにも決心してもらわないと」


 何よりも平和を望む主人を思う。

 次いで、クラウディアの知性ある笑みを脳裏に描いた。


「彼女は気付いてくれるでしょうか」


 淡い碧眼が細められる。

 綺麗な笑顔を浮かべるレステーアは、花を慈しむ少女のようであり、花を愛でる少年のようでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ