28.王弟殿下の側近は綺麗に笑う
4/14 国王→王太子派に変更+一部改稿しました
「もう鎮静化されてしまいましたか」
バーリ王国の工作員による煽動は、想定以上に早い幕引きとなった。
行政官の報告で、即座にハーランド王家が動いた結果だろう。
これでは地元住民ですら、暴動の兆しがあったことを知らないのではないか。
「何のために僕が人目を忍んだのかわかりませんね」
実行犯である工作員と同じく、レステーアもハーランド王国の人々と見分けがつかない。
王都を歩けば、こちらが故郷なのではないかと勘違いしそうになるほどだ。
それだけあって褐色の印象が強いバーリ王国でも色白のものがいると目撃されれば、すぐに潜入することになる工作員の足を引っ張ると思った。
情報で知るのと、実際に目にするのとでは、認識が大いに異なる。
だからレステーアは船を下りるなり、隠れるようにして王都へ発ったのだ。
早馬で届けられた報告書を暖炉に焼べる。
音を立てることもなく消し炭となるそれを眺め、ふっと口元が緩んだ。
「シルヴェスター殿下の元に、指示書は届いたでしょうか」
元々、工作が成功する必要はない。
そのような工作があったという事実を作るのが目的だったからだ。
欲を言えば、暴動が露見する程度には騒ぎになってもらいたかったが。
世情が混乱すればするほど、中立の立場を保つのは難しくなる。リンジー公爵家も王族派か貴族派か決断を迫られるだろう。
切り崩しをおこないたい者にとって、派閥は二極化しているほうが都合が良い。
バーリ王国の王弟派と王太子派のように。
「王太子派の連中もさぞがっかりしているでしょうね」
折角、ラウルの船に工作員を紛れ込ませたというのに。
王太子派は工作員に暴動を起こさせ、ラウルを犯人に仕立てる腹積もりだった。
本物にしか見えない偽の指示書をハーランド王国に握らせたのは、疑いようのない証人にするためだ。証拠をハーランド王国が持っているとなれば、国民もラウルを庇えない。
ハーランド王国もラウルに対し、疑念を持たざるを得ないだろう。
何せ用意された指示書は偽物でも、本物と差異がないのだから。
国王の権力があれば、完璧なねつ造も不可能じゃない。
しかしこれは一度だけ使えるカードだ。使ったが最後、相手をより警戒させ、同じ手段は通用しなくなる。
今となっては、「完全な偽物」となった指示書だが。
王太子派の画策に気付いたときは声を出して笑ってしまった。
それほど切羽詰まっているのかと。
想像以上に、国民からの突き上げが厳しいらしい。
こうして逆に利用できるのだから、レステーアとしては有り難い限りだが。
王太子派の息がかかった工作員は、既に海の藻屑となっている。
グラスターで自決したのは、レステーアが用意した工作員だ。
特に今回の任務は機密扱いで、指示が下ったあとは一人で動くしかないため、入れ替わりにも気付かれにくい。
「シルヴェスター殿下は……ハーランド王国は、入手した指示書をどうするでしょうね?」
レステーアとしては、このまま王太子派が失敗に気付かず騒ぎ立ててくれると助かる。
手が加えられ、精査すれば偽物とわかる指示書が明るみになれば、立場が悪くなるのは国王のほうだ。
だがハーランド王国が指示書を握りつぶす可能性も否定できない。
彼らにしてみれば、自国の王族派と貴族派のように、バーリ王国も王太子派と王弟派で分裂しているほうが都合が良かった。
今回の件で雌雄を決するのを、よしとしないきらいがある。
「どちらにしても、ラウルの痛手にはなりませんが」
早く心を決めて欲しいものだ。
ラウルは王太子の誕生で国王が変わったと思っているようだが、レステーアにしてみれば、外に向いていた思考が内に向いただけである。
合理的な国王の人間性は、なんら変わっていない。
治世においては誉れ高き王は、その合理性ゆえに、臣下の心には寄り添わなかった。
それを今まで助けていたのがラウルだ。
人好きする人柄で、ずっと反感を持つ臣下たちを宥めてきた。
国王の締め付けに喘ぐ臣下たちも、ラウルが王位に就けば、自分たちの意を汲んでもらえると信じて従ってきたのだ。
けれど王太子の誕生で、彼らの望みは潰えた。
まだ国王がラウルに心ある対応をしていたのなら別だっただろう。
けれど現状はこうである。
実の弟を、国外へ追い出した。
これには臣下たちだけでなく、国民の反感をも買った。
バーリ王国のはじまりは、南部の氏族たちが集まってできた連合王国だ。
一大勢力だったバーリ一族が舵取りをおこない、次第に王国として一つになっていったものの、国民は未だ根底にある氏族時代の血族意識を強く持っている。
(合理的な国王陛下にとっては、理解できない考えかもしれませんけど)
縁故はときに癒着を生む。
昨今では不正の温床となり、悪い面ばかりが目立つのも事実だった。
親族だからという理由だけで無能が上に立てば、下につくものにとっては悲運でしかないだろう。
是正するのは正義だが、正義をおこなうだけで国が成り立てば、誰も苦労などしない。
(人に心があることを、国王陛下はお忘れになっている)
長らくラウルが「国王の良心」を務めてきた弊害か。
その良心を真っ先に切り離したのは、何という皮肉だろう。
自然と口角が上がる。
「いい加減ラウルにも決心してもらわないと」
何よりも平和を望む主人を思う。
次いで、クラウディアの知性ある笑みを脳裏に描いた。
「彼女は気付いてくれるでしょうか」
淡い碧眼が細められる。
綺麗な笑顔を浮かべるレステーアは、花を慈しむ少女のようであり、花を愛でる少年のようでもあった。




