23.悪役令嬢は誘われる
最終:2/5(金)修正
「それは……ラウル様の婚姻は、一切認められないということですか?」
ハーランド王国もバーリ王国も、貴族の婚姻には国王の承認がいる。
下級貴族に関しては書類上の手続きで終えることも多いが、上級貴族ともなれば話は別だ。
「公言はされていませんが、その通りです。臣籍降下し、毒にも薬にもならない――いえ、毒にしかならない相手なら、お認めになるでしょうけどね」
毒、というフレーズに、身請け話に納得がいった。
元公爵令嬢の娼婦など、ラウルにとって毒にしかならない。
正妻でもバーリ王国で話が通ったのは、そのためだったのだ。
「このままでは、一生独身を強いられるのですか?」
「ラウル自身が貫くかもしれません。何せ女性が苦手ですから」
肩を竦め、手を振ってレステーアは重くなった空気を払う。
けれど流石に笑えなくなっていた。
そんな中でも、レステーアは羨望の眼差しをクラウディアへ向ける。
淡い碧眼が艶めく熱量に、居心地の悪さを覚えた。
クラウディアにしてみれば、ラウルの嗜好を掌握しているのだから、褒められるほどのことじゃない。
「けれどあなたは、クラウディア嬢、あなただけは違うんです。あなただけは唯一、女性としてラウルを癒やせます。あっ、変な意味に取らないでくださいね!?」
「もちろんです。というより、変な意味とはどういったことでしょう?」
「イジワルですね。クラウディア嬢は、シャーロット嬢より大人の知識があるとお見受けしたんですけど」
「ちょっと男性の興味の引き方について、知識があるだけです」
あれがちょっとですか、とレステーアは笑うけれど、クラウディアは取り合わない。
シャーロットへの助言を、しっかり聞かれていたらしい。
「あぁ、でも、その知識でラウルを弄んでもらうのもいいかもしれません。いい息抜きになりそうです」
「謹んでお断りいたします」
シルヴェスターの耳にでも入ったら目も当てられない。
それにクラウディアには、シルヴェスターと交わした誓いがあった。
男性との接触は許されない。
「ダメですか。では、お茶には付き合っていただけますか? 女子寮でなら、クラウディア嬢も安心ですよね?」
「女子寮ですか?」
「いつまでも大人数で王城に居座っているわけにもいかないので、大使館の近くに男子寮と女子寮を借りたんです。ラウルだけは大使館で暮らしますけど」
バーリ王国から留学する令息令嬢の数は限られるものの、彼らの世話人を含めると同行者の数は二桁を超える。
留学中、その数が王城にずっと留まるには無理があった。
新しく借りた女子寮でのお茶会ならどうかと誘われる。
クラウディアが開催したのと逆パターンだ。
バーリ王国の令嬢たちのお茶会にラウルと、ハーランド王国からはクラウディアだけが招かれる。
「大使館でお茶会をとなると、バーリ王国の威厳を保つため、ラウル主催の大規模な催しにせざるを得ません。けれどぼく主催で女子寮を使う分には、私的に催すことができます」
あくまで小規模なお茶会に留めたいと、レステーアは言う。
ラウルの心労のためにも、招待客は限定したいと。
「私的といっても、隠れてするわけじゃないですよ? バーリ王国側の令嬢は全員参加しますし。クラウディア嬢だけだと角が立つでしょうから、他の婚約者候補の方も順番にお誘いします」
日付は違えど、四人同時に招待状を送れば、開催は周知できる。
レステーアとしても試験的におこなうので、これで様子を見たいらしい。
とりあえず一度、ラウルとクラウディアが話せる機会を設けたいようだ。
「ハーランド王国側のお茶会の返礼も含めて、クラウディア嬢だけに限らなければ、変な噂は立ちません。最初からラウルの参加を伝えておけば、ハーランド王国は政治的に判断してくださるでしょう」
ラウルは女好きと知られているものの、現在の立場で問題を起こせばどうなるかは明白だ。
そしてラウルが人道的であることは、ハーランド王国も把握している。
「加えて、ぼくたちは国王陛下の監視下にあります。好き勝手できないのは、ご存じですよね?」
「ラウル様のお立場については聞き及んでいます」
「こうして今日、ぼくがクラウディア嬢とお会いしたのも、国王陛下への報告書に書かれるでしょう。それぐらい国王陛下は、ぼくたちが問題を起こすのを待ち望んでおられます」
バーリ王国では、国王への反感が募っている。
それを沈静化させるには、ラウルに問題があることを証明するしかない。
「幸い、国民が味方してくれているおかげで、今のところ確固たる証拠がない限り、国王陛下はラウルを罰せません。こんな状況下ですから、ぼくたちも周囲に怪しまれるようなことはできないんですよ。ラウルも一つの家門と懇意にすることを、よしとしていません」
だからレステーアも、お茶会を複数回開催する必要があった。
開催は早くても、シルヴェスターの婚約者候補たちのお茶会が終わってから。
少人数のテーブル席を複数設ける形で予定しているという。
「更に四回、お茶会が開催されるとなると、かえってラウル様の負担になりませんか?」
「同行している令嬢たちとは気心が知れているので大丈夫です。全く負担がないとは言えませんけど、クラウディア嬢と会える機会が増えて、嬉しくないはずがありませんから」
「でしたら普通に、ご招待いただければよろしかったのに」
招待状が届けば、外交上、無視はできない。
リンジー公爵家としても応じる可能性が高かった。
「クラウディア嬢が一番特別なんだと、伝えておきたかったんです。ラウルの話も聞いてやって欲しいですし。そうだ、侍女のヘレンさんでしたか? 彼女も招待させていただきます。流石にこちらの人間しかいない場所はご不安でしょう?」
「ご配慮感謝いたします」
侍女の同伴が許されたのは、お茶会中、護衛騎士は別室で控えることになるからだろう。
リンジー公爵家のお茶会でも、バーリ王国側の護衛騎士は別室で待機していた。
だからといって一人だけで参加するのは、レステーアの言う通り不安が残る。そのための配慮だ。
(こちら側のお茶会が終わったあとなら、シルも帰ってきているでしょうし……)
現在引っかかりを覚えていることと合わせて相談できる。
ラウルのことは心配だ。
でもレステーアの話だけを聞いて判断するのは、危うく感じられた。
政治的な配慮で、お茶会には参加することになるだろう。
ハーランド王国側に、ラウルを蔑ろにする考えはないのだ。あったら婚約者候補たちでお茶会など開催しない。
けれど、情報のすり合わせは必要だった。




