22.悪役令嬢はお願いされる
2/3(水)後半を加筆修正し、分割しました。
あれからシャーロットは、デザイナーと意気投合して、今後も服のデザインに関わっていくことを決めた。
母親については、地道に説得するとのこと。
そこでクラウディアは一つ、助言する。
「シャーロットは嫌かもしれないけれど」
服のデザインで胸を小さく見せられても、本当に小さくなるわけじゃない。
シャーロットより背の高い男性が近くから見れば、上から見下ろす視点になり、錯視も効果を発揮しないだろう。
「ギャップを狙ったデザインだと、これなら恥ずかしさを覚えることなく、胸を強調できると言い張るの」
娼婦時代、クラウディアが使っていた手の一つだ。
遠目では小さく見せて、近距離で大きさに驚かせる。
効果は実証済みだった。
実際にドレスを着てパーティーへ参加すれば、それを体験する人は増えるだろう。
しかし胸にコンプレックスを持っているシャーロットには、嬉しくない話だ。
「実は上から見られた場合の対処を、デザイナーさんとも悩んでいたんです。あたしは身長が低いので、基本的に見下ろされることになりますから。けど、そういう効果があるなら、あえて対処しないのも有りですの!」
「シャーロットはそれでよろしくて?」
「はい! 全てが一気に解決できるなんて思っていませんから。色んな方法を試して、胸との付き合い方を考えていきますの」
「応援するわ」
「クラウディアお姉様に応援していただけるなら、百人力ですの!」
シャーロットなりに得るものがあったようで、ほっとする。
少しでも早く、彼女がコンプレックスを解消できる日を祈って、帰りをレステーアと共に見送った。
そのまま自室へは戻らず、応接間へ移動する。
歩きながらも、改めてレステーアは感謝を口にした。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「いいのよ、ラウル様のことなら、わたくしも放っておくのは忍びないですから」
「前回は、茶化してすみませんでした」
「気にしていませんわ。レステーア様なりにお考えあってのことでしょう?」
そう言っていただけると助かります、とレステーアは肩から力を抜く。
応接間へ着くと、レステーアに合わせてコーヒーがテーブルに並べられた。
クラウディアはコーヒーも好きだった。ただしミルクは多めに入れる。
一方レステーアは砂糖だけのブラックだ。
足を広げて座り、前傾姿勢で手を組む姿は、男性にしか見えない。
「相談というより、これはお願いに近いんですが」
「何でしょう?」
「クラウディア嬢には、ラウルを癒やしてもらいたいんです」
「癒やし、ですか?」
口で言うほど簡単なことではない。
ここは娼館ではないのだから。
「もちろん、無理を言うつもりはありません。クラウディア嬢が、シルヴェスター殿下の婚約者候補として、最有力なのも知っています。その上で、お願いしたいんです」
「具体的には、どうすればよろしいのかしら?」
「話を聞いて、こんな風に一緒にコーヒーを飲んでやってください。ラウルには今、それが必要です」
そこまで精神的に追い詰められているのかと目を見開く。
お茶会でも、そのあとでも、切迫している様子は窺えなかった。
クラウディアの反応に、レステーアは苦笑をこぼす。
「あの人は、人のことは心配するクセに、自分のことは棚上げにしますから。不慣れな土地に不安を抱いているのは、何もぼくたちバーリ王国の令息や令嬢に限ったことではありません。ラウル自身もです」
「仰る通りだわ……」
言われるまで気付けなかった自分に愕然とする。
外交慣れしている印象があったけれど、彼は今、自国から追い出されている身だ。
不安でないはずがない。
(どうしてラウル様は大丈夫だと、思ってしまったのかしら)
「気付けなくとも無理はありません。本人が省みていないんですから。自分の中にある不安や心配事など、負の感情を彼は無視するんです」
何故だかわかりますか、と訊かれて首を振る。
「為政者となるためです。ラウルは物心がついてからずっと、上に立つものが自信のない姿を見せてはならないと教育されてきました」
あぁ、だから。
女性が苦手なのを隠しているのかと腑に落ちる。
女嫌いは恥じゃない。
けれど頑なに――娼館に通ってまで――体面を守ろうとするのは、彼にとってそれが負の感情であるから。
認めて表に出すのは、為政者として相応しくないから。
感情を隠すという点ではシルヴェスターも同じだけれど、ラウルの場合は、根本的に生まれた感情を認めないようだ。
生まれているのに。
「それは、とても心に負担を強いるやり方だと思いますわ」
「ラウルにとっては、もうそれが普通になっています。ぼくは、いつか蓄積したものが決壊するんじゃないかと心配なんです」
「だからわたくしに癒やしを?」
頷いたレステーアは、眩しそうに碧眼を細めた。
視線の先にいるのはクラウディアだ。
「あなたは凄い。適度にラウルと距離を保つことで、彼を安心させた。ぼくは彼の苦手を知ったとき、見た目を変える方法しか思いつきませんでした。まぁ男装については、好きでやっているところもあるんですが」
固定観念に縛られるのが嫌なのだと、レステーアは言う。
「女らしく、男らしくっていう考え方が性に合わないんです。別に刺繍が苦手だからって、言い訳で言ってるんじゃありませんよ?」
後半、おどける姿に笑いが漏れた。
レステーアは空気が重くならないよう、調整するのが上手い。
「はい。固定観念については、シャーロットにも通じるところがありますわね」
「胸が大きい女性は男好き、ですか。バカバカしいにもほどがあります。ぼくが男装する理由はそんなところです。それに女としてではなく、男としてラウルを支えたいんです」
側近としてラウルの一番近くにいる女性だ。
婚姻の話が上がっていても不思議じゃない。
けれどレステーアは、家庭ではなく、仕事でラウルを支えたいのだという。
「今となっては、他のご令嬢も含めて、ラウルとの婚姻はあり得なくなりましたけど」
「どういうことです?」
「国王陛下がお認めになられません。シルヴェスター殿下のように、ラウルにも婚約者候補には何人か上がっていました。けれど王太子の誕生に伴い、全て白紙に戻されました」
あまりの内容に、目が回る。
思わずクラウディアは、額を手で支えた。




