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20.悪役令嬢は意識改革をおこなう

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、ご協力に感謝いたします」


 レステーアを迎え、早速本題に入る。

 議題は、大きな胸にシャーロットの対するコンプレックスについて。

 しかし話を進める前に、シャーロットからレステーアへ質問があった。


「レステーア様は、その、胸に興味がないんですよね?」


「はい、ありません。ご令嬢の善し悪しは、胸で決まるものではありませんから」


「そうですよね……! クラウディアお姉様の言った通り、興味のない方もおられるんですの!」


 シャーロットは笑顔を見せて喜ぶものの、クラウディアはその反応に違和感を覚える。

 思い返してみれば、レステーアにどう協力してもらうのか、詳細は伝えていなかった。


「ねぇシャーロット、もしかしてレステーア様が、男装の麗人だとご存じないのかしら?」


「へ……?」


 クラウディアが看破した場に、シャーロットはいなかった。

 それでも噂になっていそうだけれど、あえてレステーアを女性だとは言わず、ご令嬢方が夢を見ている可能性も否めない。


「男装の麗人……ということは、男性じゃ、ないんですの?」


 シャーロットの大きい目が、こぼれ落ちそうだった。

 愕然とする彼女に、レステーアは微笑む。


「えっ、だって胸もぺたんこですよ!?」


「シャーロットは、女性が男役を演じる演劇を観たことはない?」


「は、初耳です……」


 なら、すぐに理解できなくても仕方ないわね、と頷く。


「この場合、俳優は胸を布で押さえて、膨らみを隠すのよ。レステーア様には、布の巻き方をご教授いただくの」


 馴染みの劇団に声をかけても良かったが、彼らが演じるのは舞台の上に限る。

 それより私生活でも男装を続けるレステーアのほうが、実用的な方法を知っているように思えた。


「じゃあ、あたしの胸もぺたんこにできるんですの!?」


「残念ながら平らにするのは無理だと思うわ。とりあえず移動しましょうか」


 興奮気味のシャーロットを落ち着かせながら、応接間を出る。

 あまり期待させてしまっては申し訳ない。

 シャーロットの胸の大きさでは結果は芳しくないと、クラウディアには予想できていた。


 向かったのはダンスホールだ。

 部屋が広い分、どうしても足元が冷えるけれど、ここには全身が映る大きな鏡があった。

 鏡に気付いたレステーアが、珍しく目を瞠る。


「これは……! 流石リンジー公爵家ですね、これほど大きな鏡を用意できるなんて凄いです」


「わああっ、全身が映るんですか!? わああ……!」


 シャーロットに至っては、鏡の前で跳びはねている。

 無理もない。

 クラウディアも娼館で鏡の価値を知って、開いた口が塞がらなかったのだから。


 鏡の製作には手間暇がかかる。

 大きくなればなるほど、美しい鏡面を保つのは難しい。

 そして一番の問題は、出来上がった鏡の運搬方法だった。割れやすい鏡を、振動の大きな馬車で運ぶのは至難の業だ。

 おかげで巨大な鏡の所有は、権威の象徴となっていた。


「どうやって王都まで運搬したか、クラウディア嬢はご存じですか?」


「人足を雇ったと聞いています。人足には、警備もつけて……途方もない話ですわ」


 鏡は、ハーランド王家の姫がリンジー公爵家に降嫁する際、当時の当主が贈りものとして用意した。

 人の手によってゆっくり運ばれたため、納期には間に合わなかったらしいが、新妻となった姫は泣いて喜んだという。

 クラウディアが生まれる、ずっとずっと前の話だ。


「古いものですが、今でも使えます。さあ、シャーロット、こちらへ来てくださる?」


「はい……!」


 鏡の正面にシャーロットを立たせ、彼女の両肩に手をのせる。


「胸を隠したい気持ちの表れでしょうけど、猫背になるとぽっちゃりして見えるし逆効果よ」


 言いながら肩を開き、姿勢を正させた。


「でもクラウディアお姉様、これだと胸を強調してるように見えませんか?」


「気分的にはそうかもしれないわね。けれど鏡を見て? 胸だけじゃなく全身をね」


「全身……」


「ここへ連れてきたのは、あなたに全体像を把握させるためよ。いい? 胸だけでシャーロットを判断する人は、ほぼいないわ」


 巨乳が好きな人も。

 胸が大きいだけだと蔑む人も。

 シャーロットの姿勢を見て、人となりを判断する。


「どうしても大きい胸には目が行ってしまうわ。口撃するときも、目立つ場所を狙うでしょう。けどね、考えてみて? シャーロットは、わたくしのつり目だけを見て、怖い人だとは判断しなかったでしょう?」


「はい、お姉様は美人な上、頭もスタイルも良くて、あたしの憧れですから!」


「ふふ、ありがとう。結局のところ、欠点も自分の一部でしかないのよ。だから鏡を見て、全体像を頭に叩き込んで」


 そしてこれから言うことを覚えておいて、と言い含める。


「わたくしのつり目のように、シャーロットも大きい胸とは生涯付き合っていかないといけないわ。これから試そうとしている対策は、あくまで欠点と付き合いやすくするためのものよ」


 体の一部である以上、なくすことはできない。

 ならば嫌いでいるより、好きになれるよう努力したほうが建設的だ。


「今日はシャーロットが将来、自分に自信が持てるように、大きい胸を認められるようになるための、第一歩にするの」


「はい……!」


「良い返事ね。じゃあ、布を巻く方法から試していきましょうか」


「では、ぼくが実際どうしているのかお見せしますね」


 上着を脱いだレステーアは、そのままシャツのボタンに手をかける。

 一つ目のボタンが外されると、シャーロットがきゃっと小さく声を漏らした。


「レステーア様も女性よ?」


「は、はい……でも、その、人が服を脱ぐところを見たことがなくて」


 頬を染めるシャーロットに、クラウディアは雷に打たれたような衝撃を覚える。

 娼婦だった記憶のあるクラウディアにとって、人の着替え――それも同性の――で恥じらうという発想がなかった。


(こ、これが普通のご令嬢の反応なのね……考えてみれば、経験がないのだから当然だわ)


 クラウディアも逆行してから、人の肌を見た記憶がない。

 レステーアがためらいもなく脱いだので、すぐには気付けなかった。

 しかし今更恥じらうのも不自然だ。


(女性だから大丈夫、ということにしましょう!)


 令嬢らしくなかったかと焦ったものの、シャーロットはレステーアに釘付けだった。

 この場にシルヴェスターがいなかったのが救いだ。


(いっそお風呂にヘレンを誘って、女性の裸は見慣れているという事実を作ろうかしら)


 そんなことを考えている内に、レステーアがボタンを外し終える。

 露わになった上半身は、ほとんどが布で覆われていて色気も何もない。

 レステーアが恥ずかしがらないわけだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「胸もぺったんこ」…シャーロットさん!あなたの性格上、そうじゃないって分かるし、相手がレスティーアだからよかったものの、知らない人が聞けば嫌味に聞こえるわ!笑 気をつけて笑 そしてクラウ…
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