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07.悪役令嬢は根回しを怠らない

「お父様、おかえりなさいませ」


 使用人を従えたヴァージルと共に、微笑を湛えて父親を出迎える。

 子どもながらも貴婦人然としたクラウディアの佇まいに、父親は目を見開いて動きを止めた。

 そして何かを確認するように視線を彷徨わせる。


(ふふ、驚いてる、驚いてる)


 前までは他人行儀だった子どもたちに温かく出迎えられれば、戸惑わずにはいられないだろう。

 ヴァージルの表情は無に近いが、それでも隣にクラウディアがいることで雰囲気は柔らかくなっていた。

 クラウディアも家庭を蔑ろにしている父親に思うところはある。

 けれどこうして虚をつけるなら、夕食は楽しめそうだ。


「夕食の支度はできております。どうぞ」


「あ、あぁ」


 父親は食事だけして愛人宅に行く予定だと、執事から聞いていた。

 見れば荷物もないので、そのまま食堂へと促す。

 淀みないクラウディアの案内に、父親はされるがままだ。


 家族全員が席に着けば、前菜が運ばれてくる。

 久方ぶりの当主の帰宅に、使用人たちは緊張していた。

 自然と食卓の空気も張り詰める。

 だからクラウディアは、それを壊すことにした。

 あえて空気を読まず、明るく楽しそうな声を出す。


「どうでしたっ? わたくし、きちんとお出迎えできていましたか?」


「うむ、見違えた」


 水を向ければ、ちゃんと返答がある。

 全く興味がないわけではない父親の反応に、クラウディアは満面の笑みを浮かべた。


(やっぱり厳格だったのはお母様とマーサだけで、お父様はその息苦しさから逃げただけなのね)


 関わらないようにしていただけで、クラウディアもヴァージルも嫌われてはいない。

 父親としてそれもどうかと思うけれど、これならできてしまった溝も埋められそうだと光明を見る。

 今更父親に愛されたいわけじゃない。

 けれどフェルミナに対抗するには、父親からの信頼は必要不可欠だった。


「良かった! 安心しました」


 ほっと胸に手を置き、子どもらしい仕草を意識する。

 出迎え時のそつのなさは、めいいっぱい背伸びした結果だと印象付けるためだ。


(お母様は公私を分けることを知らなかったのね)


 礼節が求められるのは「公」のときで、私生活はその限りじゃない。

 「昼は淑女、夜は娼婦」という言葉には、男性の本音がよく現れている。

 母親はそれを見抜くことができなかったため、口に出された言葉を鵜呑みにし、邁進した。


(もしかして前のクラウディアの単純思考は、お母様の遺伝なのかしら)


 だとしても愚かだったのはクラウディア自身だ。

 今度はそうならないと、決意を新たにする。

 よし、と頷くクラウディアを見る男性陣の目は温かい。

 都合良く勘違いしてくれるのは有り難いが、公爵令嬢としては少しばかり心配が残った。


(裏を読めるようになって気付いたけど、お兄様もお父様もチョロいわ。妹や娘相手に警戒していないのも大きいのでしょうけど)


 以前の幼稚さを知っていれば尚更だろう。

 しかしそれを差し引いても、女性に騙されやすいのではと勘ぐってしまう。

 実際フェルミナには騙されていた。

 気を付けるよう忠告したいけれど、それでクラウディアまで疑われてしまえば本末転倒だ。

 さじ加減の難しさに頭が痛くなる。


「ディーは本当によく頑張っています。家庭教師からの評価は、父上にも届いているでしょう?」


「あぁ、報告を受けている。だからこの目で確認したいと思ったのだ」


 それが帰宅の理由なのかと、父親を窺う。

 フェルミナへの対策は追々していくことにした。


(現状、お兄様はわたくしを大切に思ってくださっているから、まずはこれを維持しましょう)


 父親が愛人と妹を連れてきた当初はヴァージルも警戒していた。

 次第に絆されていったが、警戒を保つよう誘導できれば、一方的にヴァージルがフェルミナの味方になることはないはずだ。

 クラウディアの視線に気付いた父親は、表情を引き締める。


「クラウディア、王太子殿下とのお茶会に参加しなさい」


(えっ、何それ)


「今のお前なら婚約者候補として、しっかり認められるだろう。詳細はおって知らせる」


「わ、わかりました」


(前のときにはなかったわよ!?)


 これが本題かと、食卓の下で手を握った。

 不安を覗かせるクラウディアに、ヴァージルが微笑みかける。


「今のディーなら大丈夫だ。殿下を前にすれば緊張するかもしれないが、それは相手も承知の上だからな」


「地理や歴史の成績を見れば、話が合わないこともないだろう。殿下もこの年で孤児院の視察に赴かれるほど聡明な方だ、粗相さえしなければ問題ない」


 珍しく父親からも勇気付けられれば、頑張りますと気合いを入れるしかない。

 むしろこれはチャンスだと、意識を切り替える。

 経験豊富な今のクラウディアが、同年代の令嬢に後れを取ることはないのだから。


「以前のクラウディアは、じっとしているのも苦手だっただろう?」


「はい、これもマーサ……侍女長の指導のおかげです」


(お父様から話しかけられるなんて、はじめてじゃないかしら?)


 顔には出さず、心の中だけで驚く。

 忘れているだけかもしれないけれど、父親とは事務的な会話をした記憶しかない。


「厳しくはないか?」


「厳しいです! 何度心が折れかけたことか……けど、だからこそ、やりがいがあります」


 マーサが母親同様に厳格なのは父親も知っているので、否定はしない。

 しかし自分には必要なのだと訴える。クビにされるわけにはいかないのだ。


「お父様も、わたくしが自分を甘やかしてしまうのをご存じでしょう? 侍女長がいてくれるから、怠惰な自分を律せられるのです。それに挫けそうになったときは、お兄様が支えてくださりますから」


 にこりとヴァージルに笑顔を向ければ、優しい眼差しが返ってくる。

 兄妹が仲睦まじい様子を見せる頃には、食卓の雰囲気も和やかなものになっていた。

 その後、父親は予定通り愛人宅へ帰っていったが、ヴァージルとも会話が弾み、少しは家族間の距離が縮まったように思う。

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