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14.悪役令嬢は王弟殿下をもてなす

「あはは、これほど楽しいお茶会はいつぶりだろう」


 一人掛けのソファで、ラウルが目を細める。

 彼の視線の先では所属する国に関係なく、話が――ときには熱く――盛り上がっていた。

 共通の話題があるのは、双方にとってとても心強かった。何せ長年愛用しているだけに、知識も豊富だ。

 また飲食に関しては、性別で経験が偏ることがない。

 自然と男女混合のグループが出来上がっていた。


「気に入っていただけたなら、これほど嬉しいことはありませんわ」


「あぁ、感動しているくらいだ。オレと一緒に来てはくれたが、みんな慣れない土地に不安があった。それが今や大きく口を開けて、バカみたいに笑ってるんだからな!」


「ラウルも今しがた、バカみたいに口を開けてましたしね」


「オマエはすぐそうやって人のあげ足を取るから疎まれるんだぞ」


「物怖じせず、殿下に進言できるなんて素敵だ、と言われますけど?」


「なんだそのご令嬢に限った反応は。ここは良いから、オマエも好きにしろ」


「ご安心ください。好きでクラウディア嬢の隣にいますから」


「安心できるか!?」


 ラウルとレステーアに挟まれる形でソファに座ったクラウディアは、自分の頭上で交わされる会話の気さくさに笑みを漏らす。

 シルヴェスターとトリスタンとは違った主従関係が面白かった。

 常にシルヴェスターから一歩下がるトリスタンに対し、レステーアは真っ向からラウルへぶつかっていく。


(これだけ仲が良いのに……)


 娼婦時代、どうしてレステーアは話題にのぼらなかったのだろうか。

 話を聞く限り、付き合いも長そうだった。


「お二人は遠慮がないのですね」


「レステーアがなさ過ぎるんだ。クラウディア嬢も、同性だからと気を抜かないでくれ」


「ぼくは誰かさんと違って、ご令嬢とはいつも真摯に付き合っています」


「まるでオレが遊んでいるみたいじゃないか」


「誰かさんがラウルだとは一言も言ってませんよ。語るに落ちましたね」


「この……! ほら、向こうでオマエに視線を送ってるご令嬢がいるぞ。とっとと期待に応えてこい」


「わかりやすい追い立て、ありがとうございます。すみません、とても名残惜しいですが、主君の命により席を外させていただきます」


 一礼してレステーアは席を立つ。

 生意気な受け答えをするレステーアだが、ラウルと気心が知れているからこそ許されているのは、説明されなくてもわかった。

 ただそれだけではなく、会話のあとにはレステーアの態度を許す、ラウルの懐の深さが印象に残る。


(シルとは違ったカリスマよね)


 レステーアも指摘していたが、ラウルは感情のままに口を開けて笑う。

 楽しそうな彼を見ていると、こちらまで楽しくなってくるから不思議だ。

 シルヴェスターと一緒にいるときは背筋が伸びる感覚がするけれど、ラウルの場合は肩から不要な力が抜ける。


(二人っきりのときはシルも……いえ、今は考えないでおきましょう)


 うっかりハンカチを受け取ったときの笑顔を思いだしそうになり、軽く頭を振って浮かんだ光景を追い出した。

 不自然にならない――髪を払う――程度だったにもかかわらず、ラウルの注意を引いてしまったのか、上げた視線の先で目が合う。


 一瞬、思考が止まった。


 いつもは無意識に苦みさえ感じてしまう瞳が、甘かったから。


(どうして?)


 覚えのある親愛の情を向けられて戸惑う。

 まだ会って二回目だ。

 娼婦時代だって、会話が弾むようになるまで時間がかかったというのに。


(わたくしのようなタイプは苦手なはずでしょ?)


 反射的に笑みを浮かべたものの、頭の中は混乱していた。

 もしかして、このときのラウルは、それほど女性が苦手ではないのかもしれない。

 それか女好きを演じるのが、想像以上に上手いのか。

 答えが出ないクラウディアに対し、ラウルは屈託なく笑う。


「用意された菓子類も口に合うものばかりだ。クラウディア嬢が選んだのか?」


「はい、深煎りを飲まれる方が好まれるものを調べました」


 全てラウルの好みに合わせてしまうと変に疑われかねない。

 身近にスパイでもいるのかと考えられたらことだ。

 カフェのオーナーに訊いて、メニューはバーリ王国で一般的なものに限定した。


「紅茶に合わせるには濃いと思うが、こちらに寄せてくれたんだな」


「紅茶も種類が多岐にわたりますから、甘みの強いお菓子に合う銘柄を探すのも楽しいですわ」


「そうか、ハーランド王国でも我が国の菓子が一般的になると嬉しい」


 何気ない会話。

 内容も天気の話のように軽い。

 けれどラウルは、ふいに視線を泳がせた。


(クセは一緒なのね)


 この瞬間、やはりラウルは女性が苦手なのだと、クラウディアは確信した。

 どれだけ女性と密に接していても、心では距離を置いてきたからか、いざ正面から向き合うとなるとラウルは照れる。

 落ち着いて話すのが下手で、身請けを切り出されたときも唐突だった。


「クラウディア……と呼んでもいいか? オレのこともラウルでいい。レステーアだって気軽に呼ぶし、国のヤツらも敬称では呼ばない。ハーランド王国では、シルヴェスターもそうだ。だから気にしなくていい」


 一息で告げられ、色々とつっこみたい気持ちを抑えるのに苦労する。


(だから、わたくし相手に照れてどうするのよ!?)


 いつもの気怠げにさえ見える余裕は、どこへ忘れてきたのか。

 とりあえず無難に微笑みを浮かべる。

 シルヴェスターが穏やかな笑みを保つ理由がわかった気がした。これだと角が立たない。


(ソファのおかげで、気が大きくなっているのかもしれないわね)


 一人掛けのソファは誰でもない、ラウルのために用意したものだった。

 全て一人掛けで統一したのは、複数人で座れるソファがあると、ラウルは体面を気にしてそちらを選択するからだ。

 娼館ならともかく、ソファにまで侍る貴族のご令嬢はいない。

 物理的な距離が確保されて、安心している可能性はあった。


「幸甚の至りに存じます。では、ラウル様と呼ばせていただきますわ」


「あー、接し方も、もっと楽にしてくれていい。オレも、連れてきたヤツらも、堅苦しいのは疲れるんだ。それにクラウディアには感謝している」


「大層なことは何もしておりませんけれど……」


「会話のとっかかりを作ってくれただろう? おかげで次のお茶会も、肩肘張らずに参加できそうだ。ハーランド王国のマナーを学ぶにあたっては、みんなピリピリしてたからな」


「みなさん名だたる家の方ですから、心配はいらないと思いますわ」


 むしろこちらが気を使うぐらいだ。

 ラウルに付き添ってきた令息令嬢たちは、全員王弟派の有力貴族だった。

 身分こそ下級貴族でも、家名には聞き覚えがあるものや、国境沿いを守る辺境伯のものまでいれば、いかに国王が反感を買ったのかが窺える。


「だが、オウラーでは終わらないだろ?」


「ふふっ、そうですわね」


 それはバーリ王国でも同じだと思うが、肩を竦めるラウルのおどけ方が可笑しい。

 視界の隅では、空いたレステーアの席に誰が座るか攻防がおこなわれているものの、まだ決着はつきそうにない。


「ご歓談中、失礼いたします。クラウディア嬢、お庭を拝見してきてもいいでしょうか?」


 レステーアへ顔を向けると、後ろに馴染みのご令嬢たちの姿があった。


「訪問時の話をしたら、興味を持たれたようで」


「構いませんわ。案内をつけますわね。今日は日差しがあっても寒いですから、無理はなさらないでください」


 馴染みのご令嬢たちには、勝手知ったる庭だろうけれど。

 既に彼女たちとは「冬のお茶会」もしているし、デビュタント前からの付き合いだ。

 十中八九、レステーアとお近付きになりたいだけだろう。


(もうファンができているのね)


 そこへは触れず、楽しんできてとご令嬢たちを見送る。

 この寒さの中、外へ出てでもレステーアを独占したいという彼女たちの気概を認めたい。

 こうした動きも従来のお茶会では難しく、クラウディアは改めて自分の選択が間違っていなかったことに頷いた。


 しかし、それでも問題は起こる。


 穏やかな様子ではない年下の婚約者候補の姿が目に入った。一緒にいるのはバーリ王国の令息だ。

 ラウルから了解を得て、クラウディアは席を立った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何せ長年【愛用】しているだけに、知識も豊富だ。 こちらの愛用が、何を指されているのか分かりません。 コーヒーでしたら、愛飲かと。
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